第8話14歳編②

 1995年1月6日―スイーツ界シュガトピア王国ブランシュ領


「………」

 パーティーが揃い、カルマン達一行は徒歩でブランシュ領と隣接しているビルベリー領へと向かおうとしている。だが、パーティーのリーダー同然のカルマンの機嫌はとても悪い。

「おい…」

 不機嫌な表情のまま、カルマンはセレーネの手に持っていた地図を強引に奪い取り、ヨハンの持つコンパスで確認するや否や、セレーネを睨みつける。


「なんでブランシュ領の地理を知らねぇ巫女が地図持ってんだよ!!!」


「それは、私が最年長ですから…」

「最年長だからって、道に迷ったら元も子もねぇじゃねぇかよ!!!」

 セレーネの言葉に、カルマンは間髪入れずにツッコミを入れる。

「そもそもこの先は精霊の森。ビルベリー領とは正反対の方角やで?」

「セレーネの方向音痴がここまで酷いとはな…私たちの意見も聞きやしない。」

 ジュリアとヨハンは呆れた表情でセレーネに対する不満を述べる。

「やだわ、ヨハン…私は方向音痴なんかじゃないわよ?」

「自覚しろよ!!!今日中にブランシュ領出られなかったら、全部巫女のせいだからな?」


 カルマンの言う「今日中にブランシュ領を出る」こと…それは、国王ベルナルド3世から言われていた事であり、今日中にブランシュ領を出なければ「旅の許し」を撤回されてしまう。スイーツ界の勇者としては絶対にあってはならない事なのである。おまけに、ブランシュ領は日没後の子供のみでの外出を禁止している。現在の時刻は夕刻…もう時間がない。



 旅に出て早速、カルマンの不安が的中してしまった。だが、カルマン達にはそれをどう乗り越えねばならない。カルマンは地図をぎゅっと握りしめ、啖呵を切る。


「こうなったら、俺が地図を持つ!!!こんな方向音痴に地図を持たせてたまるか!」


 パーティーのリーダーの言葉に、ヨハンとジュリアは何も言わずに同意するが、セレーネだけは不満な顔をする。そんなカルマン達一行に、精霊の森から1人分の精霊の光がやって来て、カルマンの目の前で止まった刹那、ピンク色に白い花の模様が入った器に身体を入れた小人が現れる。煌めく金髪を器と同じ色のリボンを左耳側にまとめ、小麦で作ったパンをじっくりこんがりと焼いたような肌に、パッと見派手な化粧に服装の少女…精霊のヘーゼル・ナッツだ。

「道理で騒がしいと思ったら、カルっちじゃん!今日から旅に出るのに、のんびりしていいの?」

「ヘーゼル!!!」

 昔からカルマンとヘーゼルは気が合うのか、とても仲が良い。お互い周囲から容姿について揶揄されることが多かったからか、時折シュガトピア城を一望できる丘でお互いの容姿を褒め合ったり、魔法の練習に付き合ったりしていたのである。

「相変わらず、派手なお化粧やねぇ…」

「人間界のトレンドを取り入れちった♪んで、誰?そこの痴女…」

 勿論、ヘーゼルはジュリアやヨハンとも仲が良い。それは2人がカルマンの幼馴染おさななじみであり、カルマンの容姿について受け入れているのを、ヘーゼル自身が知っているからだ。だが、そんな彼女はカルマン達や、派手な恰好の人間以外には心を開かなかったりする。精霊の少女は怪訝けげんそうな表情で、セレーネを指さす。

「紹介しよう。私のいとこのセレーネだ。巫女の仕事をしている。」

「は、はじめまして…セレーネ・ノエル・ブランシュ…です。」

 初めて「痴女」呼ばわりされたのか、セレーネの表情は悲し気だ。

「ふーん…あーし、ヘーゼル・ナッツ。シクヨロ~」

 セレーネに対してけだるそうに自己紹介をしたヘーゼルは、カルマンの近くに移動するや否や、コロリと表情を変えた。


「カルっちぃ…大嫌いな年上の女と旅するなんて、ちょーツイてなさげ~」


 ヘーゼルはそう言うが、そんなヘーゼルもカルマンと誕生日が同じではあるが、実はカルマンが生まれた時刻よりも1時間程度早く生まれている。だが、生まれた時刻に関しては、カルマンにとって関係のない事らしい。

「それに、あーし…こんなナリだけど、痴女だけは嫌いなんだよねー。こんな痴女がカルっちと一緒にいるなら、あーしも一緒に行くし!!!今日の目的地はドコ?行先によっては、あーしの力が使えるかもだし!!!」

 かなり強引ではあるが、これ以上精霊の森の近くで長居するワケにはいかない。カルマンはぐっと息を呑み、ヘーゼルにブランシュ領と隣接しているビルベリー領へ向かう事を告げる。

「今日の目的地はビルベリー領!早くしねぇと、俺達ブランシュ領から出られなくなっちまう!!!」


「おっけ!!人間界の本でちょうどいいの見つけたから、今…それっぽいもの出したげる!!!」


 ヘーゼルはそう言うや否や、自らが生成したナッツを砕くと、砕いたナッツに息を吹きかける。すると、砕いたナッツはみるみるうちに洒落た赤い絨毯じゅうたんに変化した。ヘーゼルは砕いたナッツに魔法をかける事で、ナッツを自らが想像した物体に変化させることができる能力を持っている。勿論、性能は実物と殆ど一緒だ。


「絨毯は絨毯だけど、コレは魔法の絨毯!今更ブランシュ領のど真ん中を馬車で突っ切るワケにいかんっしょ?乗って!!!」


 ヘーゼルの言葉に、カルマン達は咄嗟に絨毯に乗る。すると、絨毯はカルマン達の体重を気にすることなくふわっと浮かび上がり、ビルベリー領の方角へびゅんと飛んで行った。




 魔法の絨毯によって、カルマン達は日没前にブランシュ領の門を抜け、ビルベリー領の宿屋に到着する事が出来た。なりゆきでヘーゼルも一緒に旅に出る事になってしまったが、合流してしまった以上、ヘーゼルもカルマンと同じパーティーのメンバーだ。事情はさておき、パーティーのムードメーカーが現れた事で、カルマンの不安も少しばかりは軽くなったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る