第6話12歳編⑤

 1993年8月8日、スイーツ界―


「見つかったか?」

「勇者モンブランは、もう…手遅れでした。」

「カルマンは?」

「見つかっていません。」

 住民の表情に、ブランシュ領領主のヨハン・ババロア・ブランシュは悲しげな表情を浮かべる。

「我々は惜しい人を失った…とにかく、ヨハンも一緒になって探している!きっと見つかるはずだ…」

 ブランシュ卿は女勇者の死を悲しみつつ、住民の男にそう諭す。そんな彼のいる書斎の外では、ブランシュ卿の娘・ソフィアが3人の巫女に説教をしている。彼女は3人の巫女がカルマンを追い出した事を目撃しており、「勇者モンブランに何かがあった」と判断した彼女は父親に報告し、現在、勇者モンブランとカルマンの捜索が行われているのである。




 一方、ヨハンはライム枢機卿すうききょうと共に、転移の祠のある森にいた。ここはブランシュ領にほど近く、森の中は精霊が暮らす小さな街に等しい。

「ここにはいないか…」

 ヨハン達は精霊達にカルマンの居場所についての聞き込みを行っている。その聞き込みによると、カルマンは精霊ヘーゼルが生成した球体の中へ入り込んでしまったとの事だった。ヘーゼルの話によると、シュガトピア王国の城下町が見渡せる丘で球体を生成しており、そこへカルマンが祖母の大剣を抱えて走ってきたのだという。それを知った2人は森を離れ、丘へと向かうことにした。


 精霊達の住処は森の中心にあり、丘は精霊達の住処を北東の方角へ抜けたところにある。そこへ駆けつけた2人は、丘にそびえる1本の大木の根元に1人の赤い髪の少年が倒れている事に気づく。そんな彼の背後には、大剣の形をした白い光が輝く。


「いたぞ!!!よかった…息がある。」


 枢機卿はカルマンを抱き起こし、安否を確認すると、安堵の表情を浮かべた。顔にけがをしているようだが、他に外傷はないようだ。重い瞼を開けるカルマンの様子に、幼馴染のヨハンも、ほっと胸をなでおろす。

「カルマン…勇者様は…間に合わなかった…」

 その言葉に、カルマンは全身を震わせつつ、憎しみの表情を浮かべ始めた。

「巫女が…取り合って…くれていたら…ばあちゃんは…」

「カルマン、巫女達を憎んでも勇者様は帰ってこない。新たな勇者が目覚めぬ限り、この世界で勇者は…」

 カルマンを諭すライム枢機卿は、彼の背後で輝く白い光が赤を基調とした大剣に変わっている事に気づく。そして、彼は赤い髪の少年に向かって叫ぶ。


「その地に刺さった剣は、君のものだ。君が勇者であるなら、その剣を抜いてみよ!勇者ガレット!!!」


 突然に枢機卿の叫びに、カルマンは咄嗟に剣の柄を握りしめ、引き上げる。大剣はすっと大地を離れ、その刹那、カルマンの姿は真紅の甲冑姿へと変わり、甲冑と大剣の重みに耐えきれなくなったカルマンは、思わずその場でひっくり返ってしまった。

「いでっ!!!」


「生まれたよ…新しい勇者が…だが、国は王位継承者の派閥争いで混乱の最中だ。ここで新たな勇者が誕生した事が知られたら、今度はカルマンが狙われ、危害が及ぶ。」

 現在、シュガトピア王国は王位継承者の事で派閥争いが行われており、前妻・リサの息子・ロバート、現妻・イライザの息子・ベルナルドのどちらを王位につけるかが争点となっている。その争点の渦中にいるロバート王子も今朝、剣の鍛錬中に暗殺されてしまったのだが。

「ロバート王子を支持していた勇者様も、そのロバート王子も共に殺害されてしまった以上、こんな幼い子がベルナルド王子派の連中に狙われるのは悲しすぎる…」

 外交関係に長け、尚且つ盤石な地位を持つロバート王子の最期を惜しみつつ、枢機卿は起き上がれないカルマンをそっと抱き起こす。


「勇者ガレット、そなたは勇者として目覚めた。だがその剣を扱うには、修練が必要だ。14歳の誕生日までの猶予を与えよう。その日まで、ベルナルド王子はには君の事を私の心の中へ閉まっておくよ。」


「つまり、カルマンには、国が混乱している間に剣に慣れて欲しいという事ですか?」

 ヨハンの言葉に、枢機卿は頷いた。

「仮にその剣が強くても、所有者には相応の経験値が必要だ。」

 枢機卿の言葉に、カルマンは黙って頷いた。




『ばあちゃん…俺、立派な勇者になるよ。だから、見守ってくれよな…』

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