第3話12歳編②
2023年8月8日、
「ドスン!!!!!」
大きな物音と共にカルマンが再び目を開ける。幸いにも祖母の大剣は手元に残ったままだ。
「いててて…ここ…は?」
痛みをこらえながら起き上がる。現在カルマンがいる場所は、少し洒落たカフェで、今はカルマン以外誰もいないようだ。
「この文字…人間界の文字?」
祖母から教えてもらった人間界の文字…辛うじて平仮名とカタカナは読めるが、漢字は祖母が万が一のために用意した人間界での名前以外は全く読めない。
「ドタドタドタ…」
誰かが近づいてくる音が、カルマンのいる場所へと近づいてくる。恐らく3人分の足音だろうか。カルマンは人間界の文字に気を取られたまま、誰かが近づいてくることに気づいていない。
「アラン…あんた、警察官になった方がいいんじゃない?」
「やだよ…殺人事件の現場とか見るの…」
男女の会話も聞こえてくる。そして、カフェにあるドアの一つが開く音がする。
「ガチャッ…」
開いた扉から3人の男女が現れ、カルマンは驚いた拍子に尻もちをうってしまった。扉から現れたのは、赤い髪の20代の女性と、同じ赤い髪で青い瞳の少女…そして、あんず色の髪の青年の3人だ。
「うわっ…」
「お…男の子?」
カルマンは思わず、この中で一番年上と思われる女性と目が合った。祖母と瓜二つの容姿に、祖母と同じ甘い香り…多少の体格の違いは気になるものの、カルマンはどことなく安心感を感じ取った。
「って、その大剣…ひいばあちゃんのじゃねぇかっ!!!」
青年はカルマンの持つ大剣を見るや否や、思わず声を荒げ、カルマンは彼の声に驚き、思わず大剣をぎゅっと抱きしめる。青年の髪の色に、不意に先刻の事を思い出す…
自身に暴力を振ってブランシュ卿の教会から追い出した暴力巫女の事を…
「お兄ちゃん…あの剣のこと…知ってるの?」
「知ってるも何も…あの大剣は…」
やり取りからして3人は姉弟のようだが、今のカルマンにはそんな事などどうでもいい事だったのだ。
「アランはんから預かっとった勇者モンブランの大剣なら、ここに持ってきたんやけどなぁ…」
今度は3人姉弟の背後から、落ち着いた口調の女性の声がした。カルマンと対峙している3人が振り向くと、そこにはカルマンが持っている祖母の大剣を持った30代後半ぐらいの見た目の女性と、その夫と思われる男性、そしてその男性と瓜二つの容姿の女性が立っている。
「そいで、そこの坊や…ウチは大賢者・テリーヌや。あんさん、名前は?」
女性はカルマンの姿を見るや否や、自らの名を名乗った。「テリーヌ」…
「カルマン…カルマン・ガレット・シュヴァリエ…」
カルマンが自らの名前を名乗るや否や、3人姉弟とブランシュ卿に似た女性の4人は、声を上げて驚きの声を上げる。
「道理で学が足りてなさそうな顔立ちをしているワケだ…」
「だいたいあってるが、本物の大勇者ガレットの前では言うなよ?」
「それじゃあ、ひいおばあちゃんの大剣を大賢者様が持ってるって事は…この子は…」
祖母とよく似た女性はそう言いながら、カルマンに近づこうとする。彼女が
「本人気づいてへんけど、29年前の勇者ガレット…つまり、勇者として覚醒する前のセーラはん達のお父さんや♪」
にこりと微笑む大賢者の言葉に、今度はカルマンも言葉にならない程の驚きの声を上げた。確かに、彼らの恰好は祖母が見せてくれた人間界の写真の服装とは、大分違っている。それに、祖母が好んで着ていた「着物」を誰も着ていない。自分は確かに未来の人間界に来たのだとは思うが、カルマンの理解がますます追い付かなくなってくる。
「た、確かに言われてみれば…」
戸惑いを隠せないカルマンに、祖母と瓜二つの女性が段々近づいてくる…
祖母…そう言えば、俺の目の前で黒フードの怪しい存在に背後から刺されたんだった…今すぐにでもブランシュ卿に伝えないと…
『ばあちゃん、ゴメンっ!!!』
そう思ったカルマンは、咄嗟に祖母の大剣の柄を女性が着ている膝上丈のワンピースの裾に引っ掛け、ぐいっと引っ張り上げる。
「セーラはん…結婚式控えた娘はんが、そないな丈の短いワンピースなんて着たらあかんえ?」
「えっ…」
大賢者にそう言われた女性が目線を下の方へ向けると、パステルグリーンのリブニットのハイネックワンピースの裾は、大剣の柄に引っかかってめくれ上がっており、めくれ上がった裾からは、ピンクの布地に黒い花柄レースで彩られたデルタ地帯がカルマンの前で晒しものとなっていたのである。咄嗟に女性の隙を突いたカルマンは、ガラス張りの扉の方へ後ずさりを始めながら…
「わ、わけのわからねーこと言うんじゃねぇっ!!!お前ら…どうせ、ばあちゃんの事で…王族の奴らに頼まれて、俺を殺しに来たんだろ!!!お前らのいう事なんて、信じられるわけ、ねーだろっ!!!!!」
そう罵ったカルマンはガラス張りの扉を開け、カフェから飛び出した。
………
どれくらい走っただろう…想像を絶するような高温に、カルマンは思わずへばってしまった。
「ここまで来れば、大丈夫だな…とにかく、休まねぇと…」
たまたま目についたフェンスの大穴をくぐり、中へ入るが、そこには広い平坦な砂地に、見た事もない白い大きな2つの骨組み…その骨組みには、黒いネットが張られている。広い砂地の先に見える白い大きな建物からして、ここは「学校」だろうか。祖母が人間界に居た頃の写真で見た「学校」よりは頑丈そうな作りだ。白い骨組みの間を、変わった格好をした少年たちがボールを蹴りながら駆け回る。何だか楽しそうだ…カルマンは気が抜けそうになりながら、そう思った。
「おや?見かけない坊やだね…」
気の抜けそうな思いも束の間、カルマンの背後から怪しい声がして、振り向くと、そこには祖母を剣で貫いた黒フードの怪しい存在と瓜二つの人物が立っていた。
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