12歳編
第2話12歳編①
1993年8月8日、スイーツ界―
「カキン」
「キィン」
シュガトピア王国ブランシュ領の一角にある広い空き地。その空き地に50代の女性が10代前半の少年に剣の稽古をつけている。彼女の名は「レイラ・モンブラン・クラージュ・シュヴァリエ」―かつて「勇者モンブラン」としてスイーツ界の危機を救った女性である。
そんな彼女も50歳を迎えた頃から、徐々に老いの兆候が目立つようになってきた。勇者として活躍していた頃は炎を連想するような真紅のロングヘアだった髪も、色はくすみ、白髪も混じり、以前は軽々と抱えていた剣も、鍛えているとはいえ、長い時間振り回すのもしんどく感じるようになってきている。それでも、彼女は勇者としての家系を絶やさぬよう、自身の孫である赤い髪の少年を後継者として育てなくてはならなかった。
今、スイーツ界に勇者は「彼女」しかいないのだから…
「カァンッ!!!」
少年が持つ剣が、勇者モンブランが持っている剣を弾き飛ばし、弾き飛ばされた剣は地面に突き刺さった。祖母の剣を初めて弾き飛ばした事に嬉しさを覚えた少年は、思わず両肩を震わせ、ガッツポーズを決めた。
「いよっしゃあああああああ!!!遂に…遂に…ばあちゃんから一本取れたあああああああああ!!!!!」
歓喜に沸き立つ少年だが、祖母は無表情のまま孫に近づくと、そのまま黙って握りこぶしを振り上げた。
「ドスッ!!!!!」
「剣を交えた戦いでガッツポーズとは何事だい!!!本番で同じことをしてみな、一瞬にして隙が生まれて、相手に返り討ちにされるよ!」
祖母の叱責に対して、少年はふくれっ面で祖母を見つめる。「どうせこのあとに「人間界では云々」言うんだろ」と言わんばかりの表情だ。
彼の名は「カルマン・ガレット・シュヴァリエ」―勇者モンブランの長男・ブライアンとシュガトピア国王ベルナルド2世の前妻の娘・ペネロペとの間に生まれた少年で、勇者モンブランとは孫と祖母の関係にあたる。大抵、剣の稽古は父親か祖父が指導するのがシュガトピア王国の通例なのだが、去年の水難事故でカルマンの父と祖父はどちらも亡くなってしまい、そのため彼の剣の稽古は、祖母である勇者モンブランが引き受けることになったのだ。
説教を覚悟し、身構える孫に、勇者モンブランは自身の腰につけていた大剣を鞘ごと少年に手渡した。
「アタシの前でガッツポーズをした報いだ…いいかい?絶対にその剣をブランシュ卿以外の者に渡すんじゃないよ。この剣は、ブランシュ卿に預けておかねばならないんだ。」
「で、でも…この剣がなけりゃ、ばあちゃんは…」
「勇者になるべき子が、こんなところで弱音を吐くんじゃない!!!」
突然大剣を渡されて戸惑う孫に、勇者モンブランは声を荒げる。
「いいから、行くんだよ…振り向くんじゃない…」
そう言いかける勇者モンブランの背後に黒いフードをまとった怪しい存在が現れ、彼女の背後から1本の大剣を突き刺した。
『逃げなさい、カルマン!!勇者の血筋を決して絶やしてはいけない…』
今にも事切れそうな祖母の姿に、思わず足がすくみそうになるが、今のカルマンにできる事…
それは、ブランシュ卿の下へ行き、救いを求める事…それだけだった。
「ブランシュ卿!!!」
「バンっ!!!!!」
大きな叫び声と共に教会の重い木製の扉を開ける。そこにブランシュ卿の姿はないが、今のカルマンにはその事に気づく余裕などなかった。少年は祖母の大剣を抱えながら、震える声で祖母の身に起こった事を伝えようとする。
「勇者様が…刺され…て…」
「あれれー?「呪いの子」が何か言ってるー!!」
カルマンのセリフを遮るかのように、教会にそぐわない姿の双子の巫女が、カルマンの容姿を見るや否や、嘲笑い始めた。
「どーせ、勇者を殺したのは「呪いの子」じゃないのー?あたし達がここにいるのに、空気が読めないとか、所詮は「呪いの子」だよねー?勇者って、実はマヌケ?」
「そもそも巫女がいる場所は男子禁制。よって、極刑に値する。」
シュガトピア王国では、昔から赤い色は「死」を連想とする色という理由で「呪いの色」とされ、忌み嫌われていた。だが、それは大昔の話。現在は「赤い色」=「呪いの色」という認識は薄まりつつある。それはブランシュ領でも同じ事で、勇者モンブランの活躍で赤い髪の人物を迫害、差別する行為は違法となりつつある。だが、昔の悪しき習わしを引きずる者は一定数存在するのも事実。特にカルマンの目の前にいる巫女達には「降りかかってきた災い」でしかなく、その教えはとても根深い。
「バシッ!!!」
双子の巫女み割って入るかの如く、あんず色で背の高い巫女の少女の右手が、カルマンの左頬に炸裂する。
「ここは神聖な場所よ!!嘘つきな呪いの子が来るべき場所じゃない!!」
巫女の少女はそう罵るが、彼女と対峙している少年は引き下がる様子を見せない。それどころか、両肩を震わせながら何か言いたげな様子だ。
「勇者様がどうして俺に剣を託したか、何も知らねぇ分際で…」
巫女の少女に叩かれた左頬は赤く腫れ、口元からは血が流れているが、カルマンはまるで憎しみに包まれたかの如く、3人の巫女達を睨みつける。
「俺の事をオオカミ少年みたいに扱いやがった挙句、勇者様をマヌケってほざきやがって…」
「本当に教会を出ていくのは、勇者様をバカにするお前らだろっ!!!!!」
巫女の3人に向かってそう罵ると、カルマンは教会を離れ、今度は精霊達のいる森へと走り出す。
森の中を走りながら、カルマンは突然襲われた祖母の姿、そして巫女達に言われた言葉を思い出す。「髪が赤いからって、どうして教会を追い出されなければならない?」、「ブランシュ卿なら教会に入れてくれた。なのに、よそ者である巫女に追い出す権利がどこにある?」カルマンの脳裏には、巫女達の理不尽な仕打ちに対する言葉が繰り返される。カルマンが気づいた頃には、森を駆け抜け、とうとうその先の丘へ着いていた。精霊達を呼ぶどころか、精霊達に気づかずにそのまま森を走り抜けてしまったのである。その事にショックを受けたカルマンは、思わず淡く黄色い光の玉につまずき、転倒してしまった。
「えっ…?」
カルマンが地面に激突する寸前に、カルマンの身体は何もない空間へと飛ばされた。突然何が起こったのか分からず、カルマンは思わず祖母の大剣をぎゅっと抱える。
「君は呪いの子なんかじゃない…」
突然カルマンに語り掛けるような声がして、辺りを見渡すと、そこには2人の女性がカルマンの前にいた。1人は黒と紫を基調としたコスチュームに身を包んだ、まるで人間界でいう「歌劇団」のメンバーのような銀髪の麗人で、その隣にいる金髪の少女はまるでヴィクトリア王朝時代のイギリスを思い出させるような給仕服姿で、オレンジ色を基調としている。そんな2人に、カルマンはどことなく見覚えがある事を感じ取った。
「そう…私達にとって、赤い髪は英雄の象徴。「呪い」と罵るのは、その輩が君の魅力に気づいていないからさ。」
「赤い髪にその瞳…俺達にとっては、たくさんの出会いをもたらした「思い出の色」だよ。」
「「そして、この街は…私達が英雄と過ごした思い出の街のその後の姿…」」
2人の女性がカルマンの背中をそっと押す。
黒く固そうな道に、その道を走る様々な色をした鉄の塊…様々な色をした四角い建物…
それは、カルマンが祖母の話から聞いた人間界の光景とは一味違った不思議な光景だった。
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