第11話 討伐隊指南 鬼の白花。 〜国家内乱編〜
「ふぁ〜。…んぅ!」
欠伸をしながら伸びをするリツにシュウは声をかける。
「あんまり、夜眠れてないんですか?」
「違うわよ。今日あんたが午前中に来るから、早起きを…こほん」
リツはそこまで言いかけて咳払いをして誤魔化すと、シュウに目線を向ける。
「そう言えば、今日から別のところなんでしょ?…順番で言ったら第二区に行くの?」
「いや、それが。中央棟の壁が直るまでギンさんは第二区にいないんで、逆回りの第五区からだそうです。」
「それで今日は午前中なのね。」
時刻は朝の9時時を指しており、10時半に向こうに着く予定になっていた。
「はい。最近は何か変わった事とかないですか?」
シュウの質問にリツはリラックスしたように机に伏せながら、だるそうに答える。
「変わったことね…。今まではどうでも良かったんだけど、最近は…無性にこのガラスがうざったいわ。」
「は、破壊衝動!?閉所的な場所がストレスに?」
立ち上がり、慌てるシュウにリツも少し考えを巡らせる。
「さぁ?私もよく分からないわ。でも、いつもって訳じゃないから問題は無いわ。それと…そろそろ行かないと時間に遅れるんじゃない?」
「あ!そうですね。リツさんまた明日も来ますね!今日からお泊まりなんでいつ来れるかは分からないですけど。」
「えぇ。私はいいから早く…え?今なんて?」
突然立ち上がり、ガラス越しにこちらを凝視するリツにシュウは首を傾げる。
「あれ?言ってませんでしたっけ。今日から第五区のクロエさんの所に合宿みたいです。」
「は?聞いてないんだけど。…あんた、明日から夜と朝で2回来なさい!いいわね!」
「えぇ、どうしたんですか!突然!?」
「いい!絶対よ!絶対だからね!」
「時間があれば行きます。」
時間も差し迫っていた為、慌てて飛び出た後、先程のリツの取り乱し方を思い出し、首を傾げる。
「何だったんだろう?」
部屋を出てしばらく考えたが理由がわからず、そのまま駆け足で目的の第五区まで走った。
「そう言えば、キョウカは一日早く行ったんだったっけ?」
そう、カブトの話によれば、『飛び級で上がってしまったがために、私の訓練を受けずに現場に出ることになりましたが、キョウカさんは正式な隊員。先に受けて顔を立てた方がいいでしょう。』とクロエから言われ、一日早く第五区に向かったのだ。
第五区事務所と書かれた古い木製の看板。趣のある和風の装いに気持ちが昂る。
「確か、裏手にある道場に行けばいいんだよな?」
手渡された地図に従い裏手に回ると、お目当ての道場を目視する。
どんな所なんだろうと思いを馳せていると、中央棟を出るまで送ってくれたカブトの微笑を思い出す。
「体には気をつけるんだぞ。って言ってたけど、俺病気とかかかった事ないからなぁ。」
笑顔で扉を開け、元気よく声を響かせる。
「こんにちは!今日からお願いしまっー」
そこで何かが視界を覆い、真っ暗に染まった。
「はっ!ここは!?」
次に目覚めた時には、既に道場の中だった。
「起きたのね。」
声の主に視線を向けると、そこには正座をしているキョウカの姿があった。だが、その体はボロボロで、所々に打ち身があった。
「キョ、キョウカ?」
「しっ!来られるわ。」
妙に緊張した面持ちのキョウカの言うように、一泊遅れて道場の扉が開かれる。入ってきたのは、何度か会ったことがあるクロエだった。
「あ!クロエさん。今日はよろしくお願いします。」
シュウが丁寧に挨拶をすると、クロエはにっこりとした笑みを返してくれる。
「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。ささ、シュウさんはこちらに。」
クロエに手招きされ、シュウも嬉しそうに駆け寄ると、とんでもない速さで体を拘束される。
「あれ?クロエ…さん…?」
両手を縛られ、自由の効かなくなったシュウにクロエは笑顔のまま訓練用の妖精具を向ける。
「では、稽古を開始します。」
「へ?」
そこから一方的な撲殺が繰り広げられたことは言うまでもなかった。
「では、改めまして、クロエ・トゥ・アズキです。私の事が好きなった方からクロエと呼んでください…と言っても既にシュウさんは読んでくれていますが。」
「ーはっ!」
そこで再び目が覚めたシュウな痛む体をさすりながら起き上がる。
「あ、あのこれは一体どう言う?」
「はい。避ける訓練です。同じ妖精具でも感応数が違えば、受け手に掛かる力も違います。受けではなく、避ける事が重要になるのです。と言うわけで、シュウさんは両腕を縛り、キョウカさんは両足に重みを付けた状態でします。では、稽古を開始します。」
「はぁはぁはぁ…。もう無理。」
10分程でシュウは干からびた死骸のように倒れて動かなくなった。
「攻撃は甘いですが、避けに関してはマシだとギンが言っていましたね。ですが、マシではなく、かなり突出してます。ただそれだけに攻撃の甘さが目立ち、カウンターを受けやすいです。気をつけるように。」
「…はい。」
しっかりとアドバイスを貰った後、体を起こし、息を整えていく。
その様子をまじまじと見つめていたクロエは首を傾げる。
(息切れはある。けど、それだけだ。肩が殆ど動いていない?汗もそれほどかいていない。身体面に関しは未知数…ですね。)
「私もお願いします。」
休憩していたキョウカが鋭い目つきでクロエを睨む。クロエは笑顔で返すと、キョウカに妖精具を手渡す。
「あなたはこっちで行きましょう。さぁ、稽古を始めます。」
稽古の様子をじーとシュウは見つめる。剣先から足先まで、無駄がなく、まるで初めてから全てが分かっているかのような動き。
「目で見てないからかな?」
そんな事を考えていると、どたどたと足音が響き渡り、扉が勢いよく開かれる。
「え?」
扉の近くにいたシュウが振り返ると、ボサボサの髪に刺すような目つきの女性がこちらを見下ろす。
「おいウジ虫。テメェ誰のことわりで此処にいやがる。」
寝転がったシュウの真横をドスンと踵で踏み抜く。
「…」
訳もわからず、じっと女性の顔を見つめるシュウに女性は鼻を鳴らす。
「あぁ?何だ、シャバイ野郎かと思ったら随分と気合が入ってんじゃねぇか。」
「…ラン。以前も言いましたが、その方達は私の客人です。何か問題でも?」
キョウカの稽古をしていたクロエはその手を止めると、ランと呼ばれる女性を目を瞑ったまま捉える。
一触触発の雰囲気になるかとも思ったが、すぐに杞憂に終わった。何故なら、ランの顔がどんどん情けなく緩んで行ったからだ。
「いえ!そんな事ないです、アズキねぇさん!…今日もお美しいっす!」
鼻血を出しそうな程に高揚した顔を抑え、グッと親指を立てる。
「お二人ともすみませんでした。こちら第二区の隊長を務めているイヌイ・ランです。」
「第二区の番!イヌイ・ランだ。うちは舐めた態度は許さねぇからよ。覚悟しとけ。特にテメェだ。アズキねぇさんになめた態度取ってみろ。区内引き摺り回しの刑だぞ!ゴラァッ!」
おでこのすぐ近くまで顔をずいっと突き出し、鋭く尖った目つきで睨まれる。
シュウは初め、首を傾げていたが、すぐに首を振り目を見返しながら挨拶をする。
「カイドウシュウです!よろしくお願いします!」
(意外と度胸あるじゃねぇか。うちの目を見返すわ、踵落としも瞬き一つすらしてなかった。こりやぁ、今までの奴とは一味ちげぇ。)
「ところでラン。今はパトロールの時間では?」
「んな事よりもうちもアズキねぇさんとー!」
意気揚々と語るランに、クロエは妖精具でトンと床を打ち鳴らす。
「どうやらお仕置きが必要なようですね。」
「え?アズキねぇさん。冗談でしょ?」
ランの顔はどんどん青ざめ、後退りを始める。シュウもキョウカもクロエの次の言葉を固唾を飲んで待つ。
「ラン…ご飯抜きの刑です。」
「嘘ダァァァァァ!!」
膝から崩れ落ちるランにキョウカとシュウは互いに顔を合わせる。
内心それだけとも思ったが、クロエの言葉は続く。
「いいえ、事実です。ですので、今日は休憩時間なしでお仕事頑張って下さい。…返事は?」
「はい!喜んで!」
普段から躾けられているのか、崩れ落ちた体勢から素早く直立し、両手を後ろに組む。顔は天井を向き、何とも不思議な姿勢だった。
「よろしい。ではお仕事頑張って下さい。」
「はい!行ってきやす!」
「はい、いってらっしゃい。」
笑顔でクロエは手を振り、こちらを見ずに妖精具でシュウを叩く。
「イッ…テェッ!!」
耳に直撃したシュウは身をジタバタとよじる。
「隙ありです。常に何処から来てもいいように素早く察知なさい。特に妖精具での戦いでは目に見えない攻撃が多いです。ので、私は常に目を瞑り、ほかの器官を鍛えています。あなたも自分の良し悪しをよく知るといいですよ。」
その後もクロエのスパルタ指導は続き、途中で気絶していたのか、起きた時には夕方になっていた。
「あれ?俺いつの間に…。キョウカ、大丈夫か?」
そこで辺りを見渡した時、道場中央で白く燃え尽きたキョウカが膝立ちで意識を失っていた。
「き、キョウカー!!!!!!!」
シュウの叫び声が道場に響き渡り、その声を聞いて足音が近づいてくる。
「ひ、ヒィィ!お、起きろキョウカ。来るぞ!」
「…あれ、シュウ?もう、寝ないと…次の日に…。」
「寝ぼけてる場合じゃねぇ!!」
怯えるシュウだったが、髪を一つに纏め、エプロンを見に纏ったクロエの姿に毒気を抜かれる。
「起きましたか。夕食の時間です。着替えてからどうぞこちらに。」
「…あ、はい。」
汗を流し、着替えた居間に向かうと、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「おや?良いタイミングです。申し訳ありませんが、食器を出してもらってもよろしいですか?」
「あ、はい!」
「私も手伝います。」
いつの間にか後ろいたキョウカもシュウに続くように夕食の準備を始めた。2人はそれ程大きくない丸机に食器並べていく。
「お待たせしました。では、頂きます。」
「「頂きます。」」
2人して、野菜の入った汁物に口を付けていると、クロエはクスクスと笑い出す。
「こうしていると、まるでお母さんになった気分ですね。試しにお母さんと呼んでもらっても?」
「ゴフッ!」
「な、何の冗談ですか?アズキさん。」
突然の発言にシュウは咳き込み、キョウカは戸惑うも、クロエは止まらない。
「いえ、お試しで大丈夫ですので。ささ、遠慮なさらずに。」
「いえ、そのような事をー」
「えっと…く、クロエ母さん。」
「えっ!?」
断ろうとするキョウカの横でシュウが照れながらあっさりと呼んでしまう。
その要らぬ行動力にキョウカはシュウの脇腹を小突く。
「ちょっと、あなたはもう少し礼節と言うものを学ばなさい。」
「いやだって、試しにって言ってたし。」
2人でコソコソと言い合いを続けていると、クロエはくすくすと笑い出した。
「いえ、ごめんなさい。呼ばせておいて何ですが、あまり良いものではありませんね。」
何事もなかったかのように汁物に口を付け、続ける。
「ところで、ニールの所はどうでしたか。2人共優秀ですが、失礼があったのではと少し心配もあります。」
「えっと…クロエさん?」
「どうしましたシュウ君。そんな他人行儀な呼び方をして。あ、そう言えばお友達は出来ましたか?お母さんとしては、うちに連れてきて欲しいです。いつものお礼もしたいですし。」
「ア、アズキさん。一度落ち着いて下さい。」
とうとう自身を母呼びし始め、急ぎ止めようとするキョウカだが、クロエの暴走は止まらない。
「大丈夫。母は落ち着いてますよ、キョウちゃん。」
「キョウ…ちゃん?」
そこで、キョウカはクロエの説得を諦め、シュウに近づく。
「いい!もうこうなれば、私達が彼女の空気をに飲まれないようにするしかない。シュウ下手に彼女の要求を呑まず、冷静に対応するように。」
妙に必死なキョウカにシュウはやれやれと言うように肩に手を置く。
「おう!任せたとけ!」
「しゃあ!速攻で駆け回ってやったぜ。このイヌイ・ランが戻ったからには好き勝手にさせると思うなよ!特にあの、無害顔の寄生虫ガァ!テメェはここで終わり…」
全力の早歩きで廊下を駆け、クロエがいるであろう、居間の襖を勢いよく開いた所で、ランは動きを止める。
「…あれ?なんで…俺寝てんだ?」
扉が開かれた音で起きたシュウは妙にすべすべな枕に片手を置きながら体を起こす。未だハッキリしない頭を揺さぶり、懸命に記憶を思い起こしていると、その頭を優しくクロエが撫でる。
「疲れは取れましたか?初日という事もあり、かなり疲れが溜まっていたのですね。」
そこで脳が次第に覚醒し、状況を理解していく。まず、枕だと思い手をついていたのは、クロエの膝だった。つまり、膝枕をされながら寝ていた事は明らかだ。
「おかえりなさいラン。ですが、襖は激しく開けないようにと何度も言っていいましたよ。」
「はっ!」
クロエのセリフに心臓が握られたような緊張感が走る。
「…」
無言でこちらを見つめるランに、シュウは脳をフル回転させる。
(作戦は3つ。
①自分でも分からないと正直に話す。
②誤魔化す。
③とりあえず非礼を謝る。
だめだ。どれも引き摺りの刑に遭う未来しか見えない。そうだ1人でだめならキョウカに。)
「キョウカ!」
信頼に満ちた瞳で辺りを見渡すが、そこにいたのはクロエに寄りかかるように寝ているキョウカの姿だった。
「キョウカァァァァー!????」
「おい。うちが見てる光景は現実か。」
「ヒィィ。ごめんなさい。」
怯えながらも壁際に後退りする。次第に、ランの体は痙攣し出し、激しくなっていく。そして、震えが最高潮にまで達した時、ランは顔を上げた。
「…尊い。今あるのはそれだけ。自分がどれ程矮小な生き物か知ることができた。ここに感謝を。」
(認めよう。いや、認める他ない。私の推しのメスとしての顔ではなく、母親としての顔。そんなものを見せられ、一体何を言えようか。もう、何も必要では無い。後はただその光景を傍で眺めさえできればもう他に望む物はない。)
「ラン…さん??」
昼の時とはまるで別人のような態度に面食らっていると、ランは手を合わせて数度祈った後、何やらスッキリとした顔で部屋を出て行った。
「ん?私はいつの間に。」
全てが終わったタイミングでようやく起きたキョウカはその場の雰囲気に首を傾げるのみだった。
「邪魔するぜぇ。」
数日後、訓練をしているといつもの調子を取り戻したランが戸を開ける。
「以前は失礼致しました。今後はこのような事がないように私も含め…」
「あぁ、いやいいんだ。うちも別に気にしてねぇからよ。それよりもだ。…あいつここに来て何日目だ?」
頭を下げるキョウカに首を振ると、ランはシュウを指差す。
「…5日目です。」
シュウがここに来て僅か5日。まだ5日しか経っていないにも関わらず、クロエの刀の間合いに立ちながらその全てを紙一重で避けていた。
(冗談キツ過ぎるぜ。アズキさん専用の妖精具じゃないにしろ、たった5日であそこまで避けれるか、普通?)
「フェイントも織り交ぜましたが、かなり上手に捌けています。両手の拘束がむしろ良い味を出しています。シュウ君の回避力を活かした戦法を実践の中で掴みなさい。」
「はぁはぁ…ありがとうございます。」
「よろしい。では、ラン。」
「はい!」
ランは背筋を伸ばし、まっすぐにクロエを見つめる。
「彼を頼みます。昨日、上層部より伝令がありました。不正に妖精具を手に入れている集団がお布施と称してお金を集めているそうです。他の子にも捜査を頼んでいますが…お願い、出来ますか?」
「アズキさん。うちはとうの昔から、あんたについて行くって決めてるんす。頼めるかだって?やらねぇ選択肢なんてねぇっすよ。」
「では良き結果をお待ちしております。」
クロエのセリフにランは帽子を深く被り、タンクトップの上からコートを羽織る。
「来い、カイドウシュウ!行くぞ。」
ピシッと引き締めるような一連の動作にシュウは頬を高揚しながら返す。
「はい!行きましょう!」
勢いよく、飛び出し改めて第五区の町を見回す。第一、第二とは違い、和風な建物が立ち並び、独自の空気感を放っていた。
「キョロキョロすんじゃねぇ。うちらは常に看板背負ってんだ。それとも何か心配事でもあんのか?」
ランから叱責されるも、何か大事な事を忘れているような気がしてならなかった。だが、すぐに頭を振り、両手で顔を叩く。
「すみません、こっちに集中します。…よし!とりあえず、何からしますか?」
「んなもん善良的な聞き込みに決まったんだろ。」
「わかりました!聞き込みですね!!」
「あぁ、だけど…っておい!待ちやがれ!」
シュウのやり方は手当たり次第。ランの制止も届かずに駆け回るシュウを追い掛ける。
「あっ。」
そんな僅かな言葉と共に転けたシュウは店前の机を破壊する。
「おい!大丈夫か!!」
急いで駆け寄るランだが、それより早く、眉間に皺のよった老人が近づいてくる。
「おいクソガキ。テメェどう言うつもりだ?すいませんでしたで済まされると思うなよ。」
「いや、これはっ…その…」
ランはシュウと男の間に入ると、すぐに頭を下げる。
「すいません。必ずうちが弁償します。だから今回だけは勘弁してやって下さい。」
「あぁ?何だランの所の奴か。ちっ…それじゃあ仕方がねぇな。悪かったな坊主。今回は互いに気にしねぇ。それで手打ちといこうや。」
「よっ有名な頑固ジジイもランには甘ぇな。」
「うるせーぞッ!テメェら!騒がしくすんならとっとと俺の店から出ろ!」
「んだとこら!それが客に対する態度かックソジジ!」
去って行く老人にヤジが飛び交う中、ランは頭を深く下げる。
「ありがとうございます。」
普段とは想像も付かないような丁寧な対応。呆気に取られていると、ランに連れられて路地裏に向かう。
「ランさん…」
「おい、怪我はねぇか?」
少し優しい声音に心配そうな目だった。
「あ、はい。」
「ならいい。次から気を付けろ。それと、ここの奴らには世話になってんだ。出来る限り迷惑はかけたくねぇ。頼むぞ、カイドウシュウ。」
「ランさんって優しいんですね!」
「はぁ?何言ってんだお前。」
『何でそんなにうちに構う。あんたには関係ねぇだろ!』
一瞬脳裏によぎった記憶にランは自嘲気味に笑う。
「そんなんじゃねぇよ。うちはただ、あの人みたいになりたくて、その真似事をしてるだけだ。そんなに対した人間じゃねぇ。」
「ランさん…裸足の女性があそこに。」
漠然と何処かを見つめるシュウにランも辺りを探すが、視認できずに、眼球を忙しなく動かす。
「あ…待って下さい。」
再び駆け出したシュウにランは頭を掻くと、空を見上げた。
「世話の焼ける奴…。あんたはどんな気持ちだったんだ、アズキねぇさん。」
ー昔のと言っても少し前までの私はクソみたいな奴だった。頭に血が昇りやすく、力だけで全部解決しようとする。 周りに散々迷惑掛けても知らん顔。そんなクソみたいなのが私だった。
あの時の私を支配していたのは優越と全能感とどうしようもない苛立ち。全部私の思い通りになる。そんな私の前に突如彼女は現れた。
「はぁ…はぁ…。どこだ、確かこっちに?」
裏路地を通っていると、どこからか男の声と物が激しく転がるような騒音がこもって聞こえた。
「この音は…」
「ー。ーよ。しつこいジジイだな。」
「そこだぁ!」
耳に入った音を頼りに、シュウはあるお店の横窓を蹴破る。
「おい!誰か来たぞ!」
店の中は真っ暗だったが、奥の部屋からうっすらと明かりが見える。
「動くな!お前ら!!」
素早く、奥の部屋に駆け込む。そこで倒れていたのは眉間に皺のよった昼の老人だった。
「おい…お前ら。」
だが、何よりシュウが驚いたのはその老人を襲った犯人の姿だった。
相手の背格好は130〜140cm程。幼い顔立ちでその年の瀬は恐らく12才程だ。
「こ、子供?」
「つ、捕まってたまるかァァァァ !」
2人いた子供の内、1人がシュウに飛び掛かってくる。受け止める体勢を取るが、その力は予想を遥かに超えるものだった。
「は、ははは。」
心臓が激しく脈打ったのが分かった。自然と口から笑みが溢れ、そんな自分に気付き戸惑う。
「逃げろ!」
その声にもう1人の子供がお金を手に持ち、裏口から逃げようとした所で、別の人物がその扉を開く。
「ラ…ランさん」
ポケットに手を突っ込み、眼球を少し動かす。たったそれだけで状況を理解する。
「う、うわぁぁぁ!」
腰から短剣を引き抜き、振りかぶる。だが、そこでランがポンと少年の肩を叩くと、少年は体を上手く支えられずに前に倒れ込む。
「あ、あれ?」
倒れた少年は体が床に張り付いたかのように動かなくなった。
「クソガァァ!」
シュウに飛び掛かった少年が標的をランに変え、短剣を構える。だが瞬き程の間に地に伏されてしまう。
「おい、じいさん意識はあるか?」
ランが倒れた老人と目線を合わせるように膝を付くと、老人はその目をゆっくりと開けた。
「けっ。うちは何かと悪ガキばっか集まってきやがる。全く困ったもんだぜ。」
「あぁ、遅くなって悪かったな。」
「何度も言わせんなよ、ラン。ここは店だぜ…。」
それだけ言い残すと、ゆっくりとその目を閉じた。
「オープン第五区事務所。うちだ。至急医療班を送ってくれ。」
ランはインカムで通信をしながら包帯を取り出し、慣れた様子で出血を始める。
数度のやり取りが終わり、通信と処置が終わると、ランは視線を映す。
「よし。じゃあテメェらも行くぞ。」
「やめろ!来んな!」
「助けて兄ちゃん!」
ランは少年2人の腕を後ろに回すと、床と同じようにピッタリと引っ付いて離れなくなる。
「何やってんだ、行くぞ。」
漠然としているシュウに声を掛けると、2人を抱えて、店を出て行った。
「…何だろう。」
服はボロボロ、髪はボサボサ。身なりは汚れているのに短剣は真新しいものだった。あの異常な力。間違いなく妖精具だ。
恐らく、誰かに利用されたのだろう。それでも、それに縋るしかなかった。だから、こんな事を。
「なのに俺は、一体…」
彼は必死だった。一目こちらを見た時、怯えや恐怖を抱きながらも立ち向かって来た。そんな思いを一心に受けながら、俺は…どうして。
「何をしようと…してんだよ 。」
鼓動の高まりが抑えられない。あの時、あの瞬間、俺は一体何をしようとしたんだ。自分の心の渇きを満たす為に何かを求めた。
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