第9話 最強の力 〜国家内乱編〜

 シュウはリツの周囲を回りながら、ジリジリと距離を詰めるが、ニールの時のような槍は出てこない。リツの言う通り、妖精具の力は使えないのかもしれない。


「ふっ!」


 途中で直角に曲がり、リツに一気に距離を詰め、肉薄する。リツはそれを正面から止めると、刀と刀がぶつかり合い、火花が散る。


「能力が使えない私なら勝てるとでも、本当に思ったわけ?いい?妖精具の力は感応数に依存するの。感応数が低いあんたとじゃ、強化された身体能力が天と地ほども違うのよ!」


 リツは力だけで弾け飛ばし、受け身後の起き上がりを狙って、洋剣を横に払う。何とか反応するシュウだが、衝撃を受け止めれずに、また地面を転がる。


「あはは!笑わせないでよ!無様に転げ回って、勝負にすらなってないじゃ無い!あんた、何しにここまで来たのよ。」


「はぁはぁ…」


 嘲笑われても、返す程の余裕がない。体力は人一倍付けた。そのはずなのに、何故こうも簡単に息が切れる。なんで、こんなにも大きく感じるんだ。


「でも…まだ、ここからだ。」


「ムカつくわね。まだ、どうにかなるって思ってんの?思い上がりも甚だしい。あんたみたいなの見てるとイライラすんのよ!」


 素早く、距離を詰めてくるリツに反応するのがシュウにとっては、やっとだった。


(何とか受けても感応数が違うから…。いや、違うだろ!そうじゃないだろ! いつから感応数で勝負するようになった。そこじゃ勝てないから必死で体を鍛えたんだろ。答えろ筋肉!研ぎ澄ませ感覚!)


「感応数なんかっに負けるか!…気合いじゃぁぁぁぁぁッ!!」


 体中の筋肉に力を入れて、何とか受け止めるが、突然ふわっと前方から圧力が消える。


「甘いのよ!脳筋バカ!」


 ローヒールで鳩尾を蹴られ、肺の中の空気が暴れ出し、息が詰まる。


「カハッ!?」


 リツは膝から崩れるシュウの前に立つと、大きく拳を振りかぶる。


「見てなさい。感応数が高いとこんな事もできるのよ。」


 リツの上空に空気が集まり、透明な拳のようなものが見えた気がした。


 避けようとするが、上手く体に力が入らず、見えない拳で殴り飛ばされる。


「ポンポン飛んで、随分と軽いのね。それで?どうする?ごめんなさいって謝りながら靴でも舐めれば見逃して上げても良いわよ。」


 高笑いしながらリツがカツカツと一定のリズムを刻みながら近づいてくる。


(もうダメだ。呼吸は少しずつ回復してきたけど、まだ立てる程回復できた訳じゃない。時間稼ぎもほんの少ししかできなかったな。)


 そこで、今まで一定のリズムを刻んでいた音が乱れ、バタンとリツが膝を着き、目を見開いていた。


「…あれ?」


倒れた自分が信じられないと言うような目で、瞬きを数度繰り返し、そして。


「どうなって…うっ。」


 リツは嗚咽しながら両手を地面に付く。


「これは…何で?」


 困惑したシュウにシキから通信が入る。


『何が起こっているのか?だろ。今問題が起きているのは、彼女の身体ではなく、感応数だ。調べたところ、1300あった感応数が今は900程だ。結果、900という感応数が1300を基準にした使用量に付いていけずに、身体に異常をきたした。』


「でも、まだ900もあるんですね。」


 値は減ったが、それですらキョウカの3倍近くもある。危機的状況には変わらなかった。


『その通りだ。だが、今現在、彼女が体感している状態不良は壮絶だ。元々900の人間と戦えば勝負にすらならないほどに弱っている。』


 胃液を吐き出しながら、リツは驚きを隠せないでいた。


(なにこれ。あいつの能力?毒?いや違う。あいつの色は黒だ。毒の可能性は低い。そもそも脳にある装置で調べたあいつの感応数は平均以下。あいつの毒なんて効くはずがない。情報不足だけど、…こいつは危険だ。)


「上手く騙せてさぞ、気分が良かったでしょうね。けど、私は負けない。あんたみたいな小石に躓いてられないのよ!」


『…まずい。能力を使ってくるぞ!』


「了解」


 シキの言葉に答えながら、地面に生えた黒槍をかろうじて避ける。ニールはあれだけの数を全て避けてたけど、この槍、生えてくる寸前まで全く分からない。


 ニールのような回避はシュウには出来ない。なら、その場に留まらず、変則的に動く事で攻撃を避ける。


(なんで、当たらないのよ!無駄に勘が鋭い。どうする。装置も全部こいつに集中させて倒す?でも、それだとまた部屋の干渉を奪われて初めからになる。)


「あと一歩なのになんでこんな小石に!」


 さらに数が増えるが、どれもシュウからズレている。だけど、修正されるのも時間の問題だ。速攻で決めないと。


 鋭角に読みにくい軌道を描きながら近付く。


 精度の落ちた攻撃と、自分よりも明らかに格下の相手にいいようにやられていることが無性に神経を逆撫でする。


「こうなったら!…うっ…おえっ…。」


 リツが嘔吐してしゃがみ込んだ瞬間、シュウは一気に距離を詰める。刹那、全身の鳥肌が立つように、言いようのない悪寒が走る。


 ガンガンと響く頭の中でアサの顔が浮かび上がる。いや、顔だけではない。やがてそれは映像となってより鮮明さを帯びていく。


『私はリツと友達じゃない。友達にはなれない。だって…私は』


 古びれたメモ帳に書かれた、ただの文字が音声となり、彼女の声で再生される。


「私も本気なのよ。ー槍壁。」


 げっそりとした顔に重くなった瞼。なのに、その目には揺るがぬ決意があった。


 シュウの前に大きな壁が現れる。まずい。これは知っている。警戒していたのに、チャンスだと思って油断してしまった。


 背後から死神の声がする。活路は前にしかない。


『要は妖精石が作り出したよく似た何かよ。』


『黒妖石は吸収するぞって力で白妖石は出すぞって力だ。』


 走馬灯のように頭の中に記憶が集まっていく。イメージはある。ニールの力がこの壁を打ち壊していた瞬間を鮮明に覚えている。


 どんなに少なくとも無いことはないんだ。なら全部を絞り出せ。たった一回で、一振りでいい。ここに俺の全部を込める。力も思いも感応数だって。


『ーの?なし…の。…いた…い。』


 刹那、ノイズが脳内に流れる。世界から放り投げ出されたように、全く知らない場所に立っていた。何処からか聞こえる声は日本語ではなく、別の何かだ。


『りー。ど…にも…いで。』


 だがそれも瞬きほどの間に現実に引き戻される。


 シュウは気を引き締めるように全身に力を入れ、歯を食いしばる。


「これが!今の俺の全部だぁぁぁ!」


 両手の大振りで刀を大きく動かす。シュウの言葉に答えるように、妖精具の刀身に白い輝きが灯る。そして、その一撃を振り下ろし、壁に当たった瞬間、辺りは眩い光に包まれた。


 いつもの間にか倒れていたのだろう。床に寝そべり、頭に響く耳鳴りに叩き起こされる。煙が辺りに広がり、視界を悪くしていた。


「すげー、俺の人生。必殺技名とか考えた方がいいのかな?人生爆弾とかにしようかな」


 足や手は殆ど動かなかったが、耳鳴りが収まっていき、インカムからうるさいほどに聞こえていた声がようやく脳に入るようになっていった。


『ーろ。ーれろ。…シュウ、離れろ!』


「やってくれたわね。このクソガキ。」


 聞こえた時には既に遅かった。視界の煙が晴れ、あの一撃を受けながらも彼女は立っていた。その顔に怒りの色を浮かばせながら。


「ふん。あんな奥の手を隠し持ってるなんてね。おまけに、色塗って誤魔化すなんてとんだ役者ね。けど、力も使い果たしたって所かしら。せいぜい後悔しながら逝きなさい。」


 刃をシュウに向けた瞬間だった。シュウの姿が靄となり消える。


「よく、頑張ったね。」


「遅ぇよ。手柄全部持って行く所だったぞ。」


 聞き馴染みのある声。間違えようがない。


「あなたはいつも無茶ばかり。…でも、もう大丈夫。」


(今のは幻覚?いや、違う。今のは光の錯覚だ。と言う事は、防衛として自動で発動するこの部屋とは違い、彼女の意思で能力を行使してきたと言う事?)


「でも、まだ声を聞けてないし、今更引き返せもしない。」


 リツはボソッと呟くと、キョウカに向けて刀を向ける。だが、キョウカは妖精具を抜こうとすらしない。


「なに?やる気ないならそいつ連れて何処へでも行きなさいな。ただそこにいられても目障りよ。」


「キョウカ?」


 心配そうに見上げるシュウを寝かせたまま、キョウカは労わるように、丁寧に頭を撫でる。


「あなたはゆっくり休んで。後は全部、彼らがやってくれるわ。」


 キョウカが言うや否や、リツが作った槍のバリケードが中央から溶け、次第に辺りに広がっていく。


「ん?やっとですか。イアンさん、構えて下さい。敵は目と鼻の先ですよ。」


「コホコホ。…りょー。」


 クロエとイアンが後方の壁穴から飛び降りる。そして、2人だけでなく、コツコツと杖の音を響かせながらカブトとギンが横扉から入る。


「あれ?バリケード少ない道を選んだのに、同じタイミングになっちゃったね♪」


「あぁ。だが好都合だ。…逃すなよ。」


 二方向からの敵意を受けながら、リツは息を吸い込み、考えを巡らせる。


(後方、右と塞がれた。じゃあ前方と左から逃げる。)


「…無理ね。この部屋での視覚はもう頼りにならない。おまけに体調も最悪。あーあ、どうしてこうなっちゃったのかしら。」


「…降伏するか?」


「確かに窮地ね。けど…燃えるわね。少し数が増えたぐらいでもう勝ったつもり?悪いけど、私の敵は初めからこの国全部よ!ー黒槍!」


 リツの言葉と共に、上空に無数の槍が展開される。


「ならば仕方ないな。…シキ、解析は。」


『あぁ分かっている。彼女の能力についていくつか予測を立ててみた。結果最悪なお知らせだ。彼女の妖精具は音声認識で行なっているが、その能力は原子にすら作用している可能性が高い。つまり、彼女の能力は…』


「四つの力のどれかか?」


『なんだ?よく勉強しているじゃないか。中でも強い力や電磁気力も考えられるな。だが恐らくかなりの制限をかけている。でなければ体や脳が保つわけがない。だがもしそうでないなら負けだ。世界は滅ぶ。』


「それもそうだな。どちらにせよ、やるしかないか。」


「いつまで喋ってんのよ!ーウロボロス!」


 痺れを切らしたリツが攻撃の体制に入る。だがー。


「ー鎌鼬(かまいたち)。」


 ギンのその一言で龍はその場で弾け飛ぶ。


「う、嘘。あり得ない。引き離せる訳がない。」


「あれれ?やっぱり弱くなってる♪国取るだのなんだの言ってたけど、もしかして口だけだったりする?」


(弾けた?どれ程力を加えられても、負けるはずがないのよ。…まさか、私が維持出来なかった?だから僅かな力で崩壊した?そんなことって…)


「ほんと…イライラするわね。これも全部…あんたのせいよ!」


 リツはその言葉と共に、シュウを睨むと、空中の黒槍数本を放つ。しかし、それら全てが銀色の球体から出された棘によって弾かれる。


「コホコホ…好きにはさせねぇよ。」


 激しく舌打ちをすると、真後ろから白銀の刃が光る。


「おや?反応されてしまいました。私もまだまだですね。」


「言ってなさい、細目。あんたなんか、すぐに…」


 力で押し返そうとするリツだが、視界が歪み、前に倒れ込む。その絶好の機会にクロエは首に刃を走らせる。


「ちっ!集まれ!」


 リツの言葉に周囲にあった黒槍が一斉にリツの周囲に降り注ぐ。


「やはり一筋縄では行きませんね。ですが限界も見えてきたようですし…次で決めます。」


(あぁ、もううざったい!あの雑魚のせいでこんな事に!やっと免疫が付いたのか、少しずつ回復はしてるけど、あまりに遅い!あいつを殺したいのに、眼鏡達が邪魔をしてくる。いや、手数の多さは驚異だけど1人ずつ確実に潰せばいい。だったら狙いは…)


 一瞬で空中、地面に無数の槍を展開すると、それらの照準を合わせる。


「はぁはぁ…私はまだ負けてない。こんな奴らに!」


『まだ…負けてない。』


 そこで、ニールの前に立つシュウの姿が一瞬脳裏を過った。


 リツの言葉と共に放たれた槍が、風を切りながら一目散に飛んでいく。シュウの元に。


「な!?」


 その行動に全員が目を見開くが、誰よりも先に驚きの声を上げたのは、槍を放ったリツ本人だった。


「う、嘘でしょ。」


(何をやってるの私は?なんで槍が…)


「仕掛けるぞ。」


 カブトの声に全員が一斉に動き出す。


「くっ!ーこ、黒槍!」


「させないよ。ー疾風♪ 」


 再度槍を展開し、近接戦を仕掛けてくるカブトとクロエに放つがそれらは全てギンの風により、軌道が逸れ、地面に突き刺さる。


「あぁもう!ー槍壁!…ゴフッ」


 巨大な壁で周囲を覆った瞬間、血反吐を吐き出す。だが、この隙を瞬時に付けるものなどいない。


「ー焦熱。ん?これは…」


 クロエが目前の壁を一振りで灰にするが、リツに届くまでにもう一つの壁が作られていた。


「流石だ。だが相手が悪かった。…ニール。」


 カブトの声と共に、放たれた一本の刀が槍の束を貫く。


「…敗因を教えようか?」


首筋に当てられた刃に、リツは悔しそうに俯く。


「私の驕りだ、とでも言いたいのかしら?」


「違う。この国を1人で落とす。君にはその力があった。敗因は、我々の力をカイドウシュウの力を見誤った事だ。」


「黒髪地味男とあの雑魚をすぐに倒しておけばって事?そんなの結果論じゃない。勝った人間は好き勝手に言えて良いわね。…殺しなさい。あんたらの実験動物になる気はないわ。」


「同感だ。君を拘束するには我々は弱すぎる。」


(ごめんなさい、アサ。私失敗しちゃった。あなたは辛い時に歌うって言ってたけど、あなたとの思い出は全部楽しいものだから。嬉しい時に歌いたかった。けど…それももう叶いそうにないわね。…すぐ、そっちに行くわ。)


「待って下さい!」


「シュウ…?」


 たった1人、ボロボロに傷つきながらも立ち上がり、異議を唱えた。


「えーなになにどうしたのさ、シュウ君。まさかとは思うけど、この状況で見逃してくれーとか言わないよね。…どれだけの人が犠牲になったと思ってんの?」


 いつも通りの軽い口調のはずなのに、何処か重さがあった。


「違います。…まだ、勝負が付いてません。」


「どう言う意味だ?カイドウシュウ。」


 問い返すカブトの目をシュウは真っ直ぐに捉える。


「ニールさんが負けて、彼女と元々戦っていたのは俺です。特使の人達は手柄を横取りするんですか?」


 全員がシュウの言葉を理解し、誰も何も返さない。彼の真意を測ろうとそれぞれが思考を巡らせると、そこでカブトに一つの通信が入る。


 時間にして10秒にも満たないやり取りの後、カブトは顔を上げた。


「…いいだろう。お前はどうする?こちらはこのまま首を刎ねてもいいが?」


 リツは静かにカブトを睨み上げる。


「はぁ?見せ物になれって言いたいの?私はごめんよ。どうせ勝ったところでどうにもー」


 シュウは妖精具を納めながら彼女の言葉を遮る。


「…逃げるのか?俺にムカついてんだろ?それとも、放り投げて死を選ぶのか?俺もニールさんも逃げなかったぞ。構えろよ最強。」


 遮られ、シュウに一方的に捲し立てられる。リツは言葉を途中で止めると、視線を移す。


「そう、気を遣ってくれてありがとう。死ぬ前の憂さ晴らしが出来るなんて、随分と気が利いてるじゃない。」


 リツも妖精具を鞘に戻し、構えを取る。


「もし、加減を間違えて殺しちゃったらごめんなさいね。あっ!でも文句は言わないでよ。その時はあんたが自業自得のバカだったて話でしょ。」


(どうせ、逃げられない。特使を周囲に散りばめて、あの黒髪地味男も姿が見えない。なら、とことんぶっ潰してやる。)


「カブトさん、どう言うつもり?」


 インカム越しに個人通話が繋がり、ギンの不満気な声が聞こえる。


「…さぁな。ただの知的好奇心だ。それと、油断するなよ。いざとなれば、また戦闘になる。その時は責任を持って俺も妖精具を使う。」


「…はいはい。」


 そこで通話が途切れる。カブトは目の前のシュウに視線を戻す。ふらふらのシュウとまだ顔色が優れないリツだがやはり、勝敗は火を見るより明らかだった。問題は彼女だ。


「…」


 カブトの考え通り、シュウの行末を誰よりも案じているのはキョウカだった。自身も向かいたいと言う意思を必死に抑えていた。


『心配するな、キョウカ。君は私の助手を信じているのだろう?』


「…確かに、彼の可能性は信じていますが、その力によって傷つく事は心配です。彼に何か吹き込むましたね。」


『…』


 キョウカの質問に、シキは沈黙を持って返す。


 遡る事数十分前。リツと特使が戦闘を開始した時の事だ。倒れるシュウのインカムにシキの声が響く。


『私だ。気絶している所悪いが、研究員の家にあった資料の確認が終わった。君は一応私の助手でもあるから情報は共有しようと思ってな。そこで、今から朗読会を行う。彼女の家にあったのは、複数の資料と一冊の日記だ。では読むぞ。』


 彼に聴こえているのか定かではないが、起きるのを待っていれば全てが手遅れになってしまう。たがらシキはここで伝えるしか無かった。


『⚪︎月×日


明日私は、この施設で飼われている殺人鬼と会わなければならない。殺人鬼と仲良くなったフリをしていれば、私は解放されるそうだ。何のためにそんなしたくもない事をしなければならないのだろう。


カウンセラーの先生に何度も行きたくないと泣き付いた結果、先生から日記を付けるように言われた。あぁ、明日なんて来なければいいのに。




⚪︎月×日


今日初めて殺人鬼と会った。初めは凄く怖かったけど、無防備な寝顔に思わず笑ってしまった。初めて話した彼女は化け物なんかじゃなく、普通の女の子みたいだった。


先生達に言われていた任務でもある、ニックネームを付けるという項目も達成できた。順調に行ってると思う。これならやって行けそう。




⚪︎月×日


今日は任務で言われていた一緒に本を読むをした。初めは文句を言っていたのに、本を引っ込めたら、急に私の前に広げて、読み始めた。文句ばっかり言ってるのに、行動が素直。本当は気になってたのかも。でも、考えてる事はまだよく分かんない。




⚪︎月×日


今日もリツに怒られてしまった。「同じ歌ばっか歌うな!」って、怒ってた。私も自然と歌ってたから二度びっくり!


悲しい時とか辛い時に歌ってた歌のはずなのに、最近は楽しい時に歌ってしまう。何でだろう。でも、気をつけないと。リツに嫌われるのは嫌だから。




⚪︎月×日


今日はリツの元気がない。いつも怒ってるけど、今日は迫力がない。私が頭を撫でてあげると、少し鼻声になった。リツは「風邪よ!」って言ってたけど、ぜっっったいに嘘!!


そのまま近くにくっついてたらいつの間にか寝ちゃってた。リツってば今日は甘えん坊。でも、凄い可愛くて、何だか胸が痛かった。どうしてだろう。』


「…」


 シュウは静かに目を開け、シキの朗読に耳を傾ける。


『⚪︎月ーー


私はもうすぐ解放される。全部嘘だった。自由になれると思ってたのに、私は殺されるらしい。とても悲しい。…リツも同じ気持ちなのかな。 私に騙されてって知ったらリツはなんて言うかな。嘘がこんなに痛いなんて思いもしなかった。私はリツと友達じゃない。友達にはなれない。だって…私はずっと、リツを騙していたから。今までの事を全部謝ろう。




ーーー


私の人生は今日で終わり。でも、リツが前に言ってた。人生は死んだ後も続くって。でも良い人と悪い人は行き先が違うらしい。この短時間で意見が変わるなんて変だと思われるかも知らないけど、私はリツに話さない事にした。私は大切な人をずっと騙して、苦しめた。だから、悪い人だ。向こうに行ってリツに本当のことを話して、それで…もし、許されるなら………友達になりたい。


リツは優しいからきっと私を殺した事を悲しむ。だから、彼女には歌と思いを残そう。私が何度も歌ってきた歌を。歌を思い出して頑張って欲しい。


それに私の目的を聞けば、リツは絶対に叶えようと努力する。きっと破茶滅茶な方法だと思う。でも、それでも良い。彼女が誰かを助ける為に行動すれば、きっと別の誰かがリツを助けてくれるから。


だから、お願い神様。リツを助けてあげて。素直になれないあの子が自分から仲良くなるなんて出来ない。彼女にはお節介なヒーローが絶対に絶対に必要だ。


リツは優しくて素直な子。だからあの子にも幸せになって欲しい。


さよなら、私の大好きな人。どうか、あなたの未来が幸せで溢れますように。ーイサジ・アサ。


以上だ。』


 読み終わり、シキは日記を丁寧に机の上に置き、続ける。


『こちらでも調べてみた。確かに、彼女は研究員達を襲撃しているが、死者の数は0だ。研究員もニールも君も殺害する機会はあっただろう。だが、死ななければ何をしても良いと言うわけでもない。長くなってしまってすまないが、私からは以上だ。どうするかは君が選びたまえ。幸運を祈ってるよ、ヒーロー。』


 全身が脈打つように、体中が熱い。妖精具を杖代わりに体を起こすと、息を吸い込む。


(まだ終わってない。終わらせない。あなたの一人ぼっちの革命は、何のため?悲しみの叫び、それとも別の目的が?それを聞き出さないまま終わらせない。助けを求める声があるならその手を取る。)


「待って下さい!」


 今はまだ無力な少年の戦いの狼煙が静かに上げられた。

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