第3話、力の行き先
(認識が甘かった。余りにも差がありすぎる。)
木刀を強く握りしめ、屈んだ状態からの薙ぎ払い。これは高く飛び上が類語ことで回避される。
だけど、ここまでは想定通り。地に足が付いていないのなら!
「あまいあまい♪対応パターンが見え見えだよ!」
ギンは足より先に杖を地面に付き、空中にいる状態で回し蹴りを顔に放つ。
無様に転げ回りながらも素早く起き上がる。
(意味がわからない。なんで杖一本地面に付けただけで、あんなに安定した姿勢で動ける。体感の安定さや、身軽さが尋常ない。とてもではないけど人間とは思えない。)
「ん?もう疲れちゃった?辞めたいなら辞めてもいいけど?」
挑発するギンに歯を食いしばって肉薄する。
その顔目掛けて蹴りが飛んでくるが、顔を後ろに引き回避する…はずだった。ギンの足が完全に伸び切った状態にあったにも関わらず、さらに伸びシュウの顔に直撃する。
「うぐっ!?」
これもだ。特別な流派を使っている訳ではない。何でそんな動きができるのか。特使だからと言われればそれまでだが、何かカラクリがあるのか。もし、あるとすれば…。
「…ふぅー」
大きく息を吸い込み、狙いを一点に集中する。
「ふーん♪時間もないからこれで決着にするよ。」
(そろそろ怪しんできた頃でしょ。だったら狙いは杖。本当に分かりやすいな。まぁ、気づいたら所で何にも出来ないんだけどね。君はこのまま完封されて終わりだよ。)
互いに視線が交差した瞬間、シュウは飛び出し、大振りの構えを取る。
そこで、ギンはニヤリと口角を引き上げる。そのギンの顔目掛けて木刀を投げる。
「勝負に出た…ねっ!」
ギンが体を傾け回避動作を取る。それを見計らい、シュウは体勢を低く杖の持ち手に手を狙う。
「はい。おしまい♪」
ギンは勝利を確信し杖で地を打ち鳴らす。しかし、シュウは一切止まる事なくどんどん距離を詰めてくる。
(待って。なんで効いてない。いや今、発動した瞬間僅かだけど違和感があった。まさか、こいつが?いや、有り得ない。武器もないし、民間人が簡単に手に出来る代物でもない。…と言うかやばい!このままじゃ!)
「よく分からないけど!こいつだろ!!」
シュウの伸びた手が杖に触れる直前で、ギンは顔を歪めながら舌打ちをする。
苦悶の顔のギンに手応えを感じていたが、突然目の前から煙のように姿が消えた。
「は?」
左側の気配に咄嗟に反応するが間に合わず、ギンの杖先は正確にシュウの顎を捉えた。
「…」
ギンは倒れたシュウをじっと眺めた後、逃げるように杖を付き早足で出て行こうとする。だが、予想通りとも言うべきか、気付けばクロエ隣に立っていた。
「お疲れ様です。最後の技、私の歩法の一つ陽炎でしょ?どうです、実践で役に立ちました?」
自慢げに微笑むクロエにギンは顔を背ける。
「ま、そうだね。今回みたいに妖精具が"制限"されていればね〜。…ま、それも反応されてたみたいだし。ほんと避けだけはセンスあると思うよ。」
まるで負けたような顔をしながら去っていくギンにやれやれと言うようにクロエは顔を振る。
「はぁ…全くあの子は、素直じゃないですね。」
一連の様子をモニタールームで見ていたカブトは画面から顔を離す。
「終わったな。身体能力が高いからか守りは良いが攻めは使い物にならないな。感応数は?」
カブトの問いかけに、薄いピンクかかったロングヘアーの女性はため息をしながらモニターを操作する。
「数値は殆ど変化はない。それと君はあれだな。もう少し思いやりと言うものを身につけた方がいい。でないと、社会的不適合者まっしぐらだ。」
「はは。それはすまない事をした。これでもいつも感謝をしているよ。それとま分かりにくかったかな?天才と名高いフォックス殿。」
作ったような嘘笑いと表情に、さらにため息を強め、近くにあった飴を口に頬張る。
「私はシキだ。名前ぐらい覚えたらどうだ?アコニチン団長?」
「カブトだ。そうか数値の変化も対した値ではないか。」
そこで、シキはようやく顔を画面から離し、カブトに向き直る。
「それで、彼はなんだ?…ここまで手伝ったんだ、説明ぐらいしても罰は当たらんさ。」
「悪いが君は俺の部下でもなければ、うちの所属でもない。君がうちに来てくれるならいくらでも教えよう。だがそうでないなら部外者と言うことになるからな。」
「手伝わせておいてよくもまぁぬけぬけと。」
文句を言うが、これは今に始まった話ではない。どうでもいい質問にはすんなり答えるのに仕事の事となると途端に口を開かない。
だが、これも余計な発言で身を滅ぼす事態を彼なりに避けての行動なのかもしれない。
「では、私はここで失礼します。本日はご協力ありがとうございました、シキ・タリスさん。」
突然の外面モードに肩を竦めると、シキは座ったまま悪意を滲ませながら挨拶する。
「いえいえ。私は無駄が一番嫌いですが、今回はいい収穫ができました。貴重な機会をありがとう、リト・カブトさん。」
互いに顔を合わせないまま、カブトは部屋を出た。
初めにあったのはぐつぐつと煮えたぎる世界。やがて光に包まれながらその目を開いた。
「ー!」
何か声が聞こえるが、何を言っているのかも、今の状況すらも何一つとしてわからなかった。ただずっと声が聞こえる。すすり泣くような悲痛な声。どれ程長い間声を出し続けていたのか、掠れたような声だ。この人は…
「ーッ!?」
近場で聞こえた話し声が突然大きな物音に変わり、慌てて飛び起きる。
そして、周囲を見渡し、いや見渡すまでもない。目前では、ニールによって地面に抑え付けられているキョウカの姿があった。
「何やってんだ?あんたら。」
「ん?起きたか。では、素早く済ませるぞ。身体能力は悪くないが、感応数の低さがやはり引っかかる。試験結果はー。」
「そんな事はいい!それよりも今キョウカに何をやってるんですか!」
カブトは、シュウの顔をまじまじと見つめた後、キョウカを指差す。
「ただ不合格と言うだけでばまた来るだろ?だから、次また試験を受けに来ればこいつもクビだ。」
「っ!?シュウ聞かなくていい!これとは無関係よ!こいつらはー」
シュウは下唇を噛み、血相を変えて怒るキョウカを見つめる。シュウのその顔は憑き物が落ちたよあに穏やかだった。なのに、その顔は悲痛そのものだった。
「キョウカ、上官にその口の聞き方は…ダメだろ。俺は…もういいから。お前はこっちで頑張ってくれよ。」
「シュウ…何を勝手に諦めてるのかしら。ふざけないで!私は許さない、認めない!」
背を向け、立ち去ろうとするシュウにキョウカは呼び掛けるが、シュウは振り返らない。
「私は待ってる!絶対に諦めないから!」
シュウがタッチパネルの付いたドアに触れるより前に、外から扉が開かれる。驚き、数歩下がったところで薄ピンク頭の女性が部屋に入ってくる。
「やぁ、少年。私はしがないただの天才研究者だ。突然で悪いが、私に雇われないかね?」
「え?」
「どう言う意味だ、シキ?まさかとは思うが同情か?」
まさかの展開にシュウもカブトも動揺をみせる。
「おや?入隊はさせないのだろ?であれば、私がどうしようが部外者に話す必要はない。…君もいつまでも呆けてないで付いてきたまえ。時間は有限だ。」
シキはシュウの襟を掴み、半ば無理矢理に連れ出す。
初めは状況が読めずに為されるがままだったが、次第に落ち着きを取り戻し、無理矢理にでも静止する。
「あ、あの!ちょっと待ってください!俺、技術スタッフになるなんて一言も…んぐっ!?」
喋るシュウの口に飴を放り込み、無理矢理に話を止める。
「分かっている、みなまで言うな。それに君に技術スタッフが務まるか。君は私の助手になって貰う。」
「だから勝手に!」
「…だから、何度も言わせるな。"分かっている"。軍に入りたいが、力が足りない。そんな君に環境をくれてやる。私の権限で各区の特使に世話をさせてやる。これ以上の話は今の君にはないと思うぞ?」
面倒そうに話すシキだったが、彼女の言う通り、これ以上の条件はないように思えた。だからこそ、不思議な事があった。
「俺にして欲しい事があるんじゃないですか?」
そのセリフにシキは待っていたと言わんばかりに目を輝かせた。
「何だ、思ったよりも察しがいいな。…君には私の助手兼モルモット兼護衛になって貰う。」
「なるほど。助手兼モルモットに…。え?ちょっと待って下さい。どう言う意味ですか?」
それにシキは「来たまえ」と返すと、いろんな部屋を潜り研究室に入っていく。
「私は、主に妖精石と言われるものの研究を行っている。聞いたことは?」
「あぁ、知ってます。世界から力を借りる?みたいな。感応数によってその大きさが変わるんですよね?」
「それはまた、随分と簡略化した説明だな。それにしても借りるとは、少し略し過ぎて可笑しな表現だ。」
やれやれと呆れつつも、シキは座るように促す。だが、この部屋は色々なものが占領しており、実質的に座れる場所は仮眠用のベットしかなく、少し躊躇いながらも腰を下す。
「妖精石なんて呼ばれているが、元のあれは鉱石などではない。彼らは言ってしまえば種だ。この星に寄生し、取り込み姿や性質すらも自由に変える。」
「へ、へぇーそうなんだー。」
「現在、地上ではこの妖精石が至る所から飛び出ている。侵食率は90%を優に超える。そして、面白い事に彼らは繋がっている。一つの妖精石を複数人で使い回した所、それぞれが別の力を引き出すことに成功した。その力は自然現象でもあり、生物でもある。つまり、散りばめられた彼らは情報を共有していると言っても過言ではない。」
「…」
話に付いてこれず相槌すら打てなくなったシュウにシキはこめかみを抑える。
「あぁー。問題の感応数の話に切り替えよう。これは、引き出せる力とも言えなくないが、正確には器の数値だ。低い数値でも引き出せない事はない。」
「じゃあ、100でも大きな力は引き出せるんですか?」
突然元気になったシュウにシキはニヤリと笑う。
「あぁ、可能だ。それにしても君は分かりやすくて良いな。私の好きなタイプだ。どこかの腹黒無表情のようにはなってくれるなよ。あれは、つまらん。」
「あ…はい。」
照れと、カブトへの悪口とも取れる発言に戸惑っていると、シキは何事もなかったように続けた。
「話を戻す。妖精石の機能部位は大きく2つに分かられる。まず一つめは干渉もしくは吸収する力、まぁ君風に言うなら"借りる力"をもつ黒妖石。二つめは干渉した力を使用する力、もしくは変化させる白妖石だ。」
「な、なるほど。」
「これでギリギリか。まぁ、何だ黒妖石が…吸収するぞーって感じで白妖石が出す力だ。うん、もうそんな感じでいい。」
「分かりました!完璧に理解しました。」
嬉々として答えるシュウをよそにシキは電子機器をいくつか操作すると、複数ある一つの画面にギンとの戦闘の様子が映し出される。
「これは先の映像だが、彼の杖はただの杖ではなく妖精具だ。」
「え?」
「なんだ気付いてなかったのか?と言うかそうでなければ、人間があんな動き出来るはずがないだろ。」
「…」
「…怒ったか?まぁ、君の試験だったんだ。憤りを覚えることはおかしかな事じゃない。」
何も答えないシュウを慰めるつもりで吐いた言葉だったが、顔を上げた彼の顔を見ていらぬ気遣いだったと気づいた。
「いえ、そもそも感応数は俺に足りない力です。それがあっても負けないぐらいに…俺もっと強くなりたいです。」
そのシュウの心の強さに、モニターに映る数値を指さそうとしたところで動きを止め、映像を切った。
「…よろしい。では、早速君を強くしよう。まずはこれを待ってくれ。」
そう言ってシキが電子パネルを操作したところで壁が動き、中から白い煙と共に一本の刀が出てくる。
「おぉ!すげぇ!も、もしかして、これ貰っていいんですか!?」
「あぁ、一般支給の汎用型だが、大事にしたまえよ。妖精具はおいそれと作成出来るものではない。壊したからと言って替えがそう効くものではない。」
シュウが手に持った瞬間、柄が脈打ち、峰にある一本の筋が白く光り輝いた。だがその輝もすぐに漆黒に包まれる。
「お、おぉ。何か変わった。…そ、それでどうやったら強くなれますか?」
「以上だ。持てば妖精石が反応して君を強くしてくれる。器以上の数値にはならないように自動で制御されているがな。」
刀を持ったままウロウロと動き回り、元の位置でピタリと止まる。
「強く…なってますか?」
「…」
「何か言って!無言が一番つらいです…うぅ。」
いじけるシュウの刀をチェックするが、妖精具の不具合はなく、正常に機能していた。だとすれば…問題があるのはこちらではない。
『…さぁ、これはどうしたものかな。』
カブトが部屋を出た際に、独り言を呟きながら飴を噛み砕く。
シキはカブトに数値を尋ねられた際に意図的にシュウの数値しか言わなかった。
本来、妖精具を使えば、その器となる感応数は引き上がる。それは力を使う程、妖精石が使用者と繋がるからだ。必要以上に繋がらないように安全装置は付けてあるため、数値の変化が大幅に上がる事はない。だがー。
『ギンの数値が下がった分、シュウの数値が上がっている。…これは、面白いな。』
「あの…シキさん。やっぱり没収とか言わないですよね?」
刀を必死に抱き抱えたまま、怯えた目で隅で震えるシュウにシキは一枚の紙を手渡す。
「当たり前だ。まだ君はモルモットとして何一つとして仕事を果たしていないだろ。…それに強くなりたいのだろ?安心したまえ。手段さえ選ばなければ私は君をどこまでも強く出来る。」
シキは子供らしい顔とは遠く離れたような悪どい笑みでジリジリと近づいた。
「シキさん?お、お顔が怖いんですけど!すごい要求をされそうなんですけど!」
「ははっ!お礼?なぁーに心配はいらんさ。なぜなら君の研究成果がそのままこの国へのお礼となるのだからな。…そう怯えるな。これも国の為1割、私の私利私欲の為が9割だ。な?安心できたろ?」
「え?待って!何する気!?嫌ァァァア!!」
シュウの短い悲鳴だけが研究棟の一角に響き渡った。
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