第2話、価値なき力

「いやーそれにしても凄いなぁ。他の孤児院だけじゃなくて、地上の富裕層も含めた試験の中でもぶっちぎりだったらしいぜ。」


「やっぱりキョウカは俺達孤児院の希望だよ。」


 そんな会話をする2人の間をシュウは呆然と通り過ぎていく。その様子を見て、2人は肩をすくめる。


「やっぱり数値が足りないってさ。」


「あぁ。新しい規則だしな。しかも今年かららしいからな。軍の討伐隊は数値100以上ってやつ。」


「あいつ、頑張ってたのにな。」


「「運がねぇな。」」


「…っ!」


 既に聞こえてしまったのに、それでもそれ以上耳に届かないように走り出す。


『うーん、どうしても数値が低いと死亡率が高くてね、こればかりはどうしてもね。』


『…でも、戦えます!』


『ごめんね。確認したけど、やっぱりダメみたい。討伐隊に関わりたいなら技術職とかどう?そこでしか学べない事もあると思うし。』


 思い出しても恥ずかしくなる。本気でなれると思っていた。なのになのに。何も成せなかった。


『この規定を作ったのはカブトさんだからなぁ。』


 そこで受付の人の最後の言葉を思い出した。


「いや、まだだ。」


 そこで拳を握りしめる。全部の道が閉ざされた訳じゃない。いや、例え閉ざされたとしてもまた新たに道を作ればいい。


 身支度を整え、木刀を持ったシュウに一度孤児院に戻ってきたメンバーが声をかける。


「おい、どこ行くんだよ。」


「あぁ。ちょっと壁を見に行ってくる。」




 この八鏡という要塞は、楽園の地上に、俺達が住む一般の地下、そして廃棄場と呼ばれる底層が存在する。さらに中央の動力源を囲むように五つのエリアで区切られ、討伐隊が巡回している。


 そして、それは地上だけではなく、地下でも同じこと。つまり、妖獣の出現時に真上から降りて来た彼の居場所は…。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 必死に走り回り、目的の人物がこちらにゆっくり歩いてくるのを目視する。


「あの!」


「…何ですか?」


 冷たい視線に身震いしながらも木刀をしっかりと握りしめる。


 乾いて飲み込みにくくなった生唾を力づくで飲み込み、空いた通り道を言葉が埋める。


「稽古を…つけてください。」




「あれ?ニールさんはまだ巡回中?」


 巡回からいち早く戻った少女は辺りを見渡しながら尋ねる。


「ニールさんは小僧の子守りだろ。なんか、数年前から稽古してくれってお願いされてるんだっけか?」


「え?それ断ってませんでした?民間人には手を出しません。攻撃されれば対応しますがとかって」


 年若い少女が真似でもするように表情を作るもその出来は似てないの一言に尽きる。中年の男は、それに肩をすくめる。


「あぁ。だから毎日斬りかかってるみたいだ。と言ってもいつも瞬殺みたいだから問題にすらなってないみたいだけど。」


「へー毎日か。地上の一区域と言ってもかなり広いし、建物やホログラムはいっぱいあるのに、どうやって毎日ニールさんを見つけてるんだろ。」


「あー確かにな。もしかしたらニールさんがいつも通るルートとかがあるんじゃないか?」


 2人して唸っていると擦り傷一つないニールが帰ってくる。その直後全員がその場で起立し敬礼をする。


 ニールはその中を無表情で通り抜けると、自分の机で報告書を作成していく。


「私はこの後本部に行きますので、留守をお願いします。」


 ーこれがいつもの流れだ。この人は完全な個人主義。特使と言われる、一区域を任されている。だから、彼の部下はいていないようなものだ。いつもと変わらない日々のはずだった。


 ドンと扉を突き破る勢いで1人の男性が入ってくる。背丈は160とちょっとで体格は恵まれているとは言えなかった。だが、その肉体は鍛え抜かれた筋肉と夥しい傷跡を宿していた。


 瞬時に全員が起立し警戒した眼差しを向ける。


「ニールさん!俺を特使の人達の所に連れて行って下さい!」


 真っ直ぐな少年の瞳はニールを凝視している。その目につられて、他のメンバーもニールに視線を送る。


「…………なぜ?」


 しばらく考え込んだ後、本当に分からないと言うように首を傾げる。


「お願いします!どうしても特使の人と話がしたいんです。」


 頭を必死に下げ、お願いするシュウをニールはボーッと焦点の合わない瞳で見つめる。


「…まぁ、いいですよ。」


 ーえ?いいの?と心の中の声が視線となってニールに降り注ぐが、ニールはそれを意に介さずに準備を始めた。


「い、いいんですか、ニール大佐!?」


 辛抱たまらず、新任の女性が前のめりで聞く。


「はい。そう言えば、以前より見てみたいと言っていた気がしますので。」


「じゃ、じゃあ!私も…」


「はっはは!面白い冗談だが、その場合、お前のパトロール地区は誰が受け持つんだ?」


 大柄な男に襟を掴まれ、女性は渋々引き下がる。足を引きずりながら、パトロールの準備を済ませると、こちらに向き直る。


「君はラッキーだね。けど、連れて行って…なんて、結構大胆?まっ、どっちでもいいけど〜。」


 手をヒラヒラさせながら通り過ぎたが、気づけば真後ろの耳のすぐ近くから声が聞こえた。


「そうだ、またうちにおいでよ。その時はさ、私が相手してあげるから。」


 はっと振り返る。これでもここ数年体は鍛えて来たし、毎日ニールと剣も交えた。こんなに容易く背後を取られる程油断した覚えもなかった。つまり、それが意味するのは彼女の実力が自分よりも遥か先にいると言う事実だけだ。


 警戒するシュウに女性は晴れやかな笑顔を向けた。


 女性の紫の瞳はガラス細工のように綺麗なのに、奥から隠しけれない程の光が漏れ出ていた。


 背筋がゾッとすると共に心臓が高鳴るのを感じた。


「準備が出来たので行きます。しっかりと捕まっておいて下さい。」


「え?」


 ニールは窓を開けると、シュウの服を掴む。そして、シュウはもの凄い力で引っ張られ、景色が次々と移り変わっていく。そんな中、唯一シュウに出来たことと言えば、吐かないように自分の口を必死に抑えることだけだった。




「ニール・マンチ現着しました。」


 いつも通り自室の窓から現れた、ニールにカブトは慣れた様子で振り返る。


「あぁ。来た…か…って、そいつは誰だ?」


 カブトはニールに引きずられ、白目を剥いてる男に目を向ける。


「はい。彼は…………民間人です。」


「そうか。まぁ起きるまで待てばいいか。今日は会議の前に紹介する人間がいる。」


 カブトは資料を整理し、見てくれだけ保つと、扉に向かって声を掛ける。


「入っていいぞ。」


 その声に制服に身を包み、色素の薄い長い白髪をなびかせた少女が入ってくる。


「はい。二等兵のキョウカです。」


「彼女には、特使の候補生になって貰う予定だ。階級についても後日調整する。」


「…分かりました。」


 カブトがニールに説明したところで、キョウカはあるものに気が付き、その整った顔が僅かではあるが歪む。


「いきなりで失礼かとは思いますが、いくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」


「あぁ。構わない。」


「そちらに横たわっている方は、カイドウシュウではないでしょうか?」


「…」


 キョウカは眼光を光らせ、今にも武器を手に取りそうな雰囲気を纏う。そのキョウカにカブト臆することなく、平然と返す。


「そうか。そんな名前だったのか。教えてくれてありがとう。」


「…彼に何を?」


 そこで前に出ようとしたニールをカブトは手で静止する。


「冷静で何事にも頓着ないと思っていたが、なるほど。彼は大切な人…いや違うな。違和感、何と言うか君らしくない。…さてはお前こいつで何かしようとしているな?」


「…」


 そこで動きをピタリと止めた所で、気絶していたシュウが目を覚ます。


「うぅ…気持ち悪い。」


「シュウッ!!」


 ぐったりとしていたシュウはその声に素早く飛び上がる。


「ってその声はキョウカ!?何でここに!」


「やぁ、カイドウシュウ。突然で悪いが、ここは私の仕事部屋兼自室でもあってね、どこかでお茶でも飲みながらゆっくりと話をしないか?」


「ありがとうございます!俺も話したいことがあるんです!」


 シュウと好意的に話しながらもカブトの視線はキョウカに張り付いて離れない。まるでキョウカの反応一つ一つを確認しているようだ。


「っ!?」


「あぁ。構わない。ゆっくりと話をしよう。」


 光のない瞳にキョウカは息を呑み、思わず後退りする。その異様な光景を前に半ば反射的にシュウはキョウカの前に立つ。


「あの!もし、俺がここに来たせいでこいつに不都合が生じているんなら帰ります。もう、ニールさんに付き纏うのも辞めます。全部俺が勝手にしたことです。だからっ!」


「シュウ!大丈夫。私には問題ないわ。」


 背後からのキョウカの声にシュウは焦る体を止めた。


「申し訳ございません。先程は私の勘違いで失礼を致しました。」


 今度はキョウカがシュウの前に立ち頭を下げる。それにカブトも薄く笑うが、それでも尚、寒気がする程に冷たい表情で返した。


「いや、謝罪の必要はない。こちらも失礼をした。そうだ君も同席するといい。そいつとは顔見知りなのだろ?」




 同じ階に無数に存在する部屋の一室、応接間と書かれた部屋に入り、全員が腰を下ろしたタイミングでカブトが切り出した。


「それで?話とは。」


 切り口を作ってくれたお陰で多少の緊張はまだあるものの、話しやすい場が整う。


「俺、軍に入りたいんですけど…感応数が90ちょいしかなくて…」


 言葉にして思う。相手を説得させるための材料が致命的に足りな過ぎる。何か言葉を繋がないと、と言う焦燥感がだけが積み重なる。


「あぁ、カイドウシュウ。どこかで聞いた名だと思ったら例の問題児か。」


「それで…あの。俺雑用でも何でもします。」


「木刀一本で妖獣に立ち向かったみたいだな。かなり、イかれているな。」


「はい。それで、どうしても軍に入りたくて…」


「そう言えば、ニールに毎日挑んでいるらしいな。どうやって見つけているんだ?」


 嫌でも分かる。この人はまともに話す気が無い。こちらの質問には何一つ答えず目が合っている気がしない。


「私からもお願いします。特殊個体の妖精獣に立ち向かう事は誰にでも出来ることではありません。さらに言えば、彼はダメージを与え生きて帰ってきている。十分に役に立っていると思いますが?」


 シュウの背中を押すようにキョウカも後押しするように話す。すると、カブトの目線がキョウカにスライドする。


「あぁ。確か前から言っていたな。軍に推薦したいと。」


「検討すらする気はないと?」


 キョウカが目を細め、再び緊張が走る。そんな中、ずずっとニールがお茶を飲み干す。


「よし。お茶の時間ももう十分だ。」


「……はい。今日はありがとうございました。」


 頭を下げ、そのまま退席しようとするシュウをカブトが呼び止める。


「どうした?もう帰るのか?」


「はい。でもまた来ます。」


 強い眼差しでそう返すシュウをカブトは一蹴し、首を横に振る。


「その必要はない。俺が間違っている、そう言いたいならもっと手取り早い方法があるだろ。価値を示せ。それ以外の全ては無駄だ。」


 付いてこいとでも言うようにこちらに目配らせをする。それに3人共後を追いかける。


 そして、一つの自動扉が開いた瞬間、だだっ広い空間が目の前に広がる。カブトは一本電話をかけ、幾つかやりとりをすると、まだ声が聞こえている途中で乱雑に切る。


「…広い。」


 シュウが目の前の光景に目を奪われていると、カブトが説明を始める。


「感心する場所でもない。ここはホログラムが搭載されただけの訓練場だ。あぁ、だが孤児院にいたのなら物珍しく思うかもしれないな。地上の建物は大抵がホログラムだ。見せ掛けのだけは綺麗だが、実際は見せれたものじゃないだろ。」


 カブトは、部屋の端にある様々な種類の武器の中から木刀を取り出すと、シュウに手渡す。


「実力を示せと言う事ですか?」


「それ以外に何がある。討伐隊が欲しいのは実力のある人間だ。その実力の中に話術は含まれていない。要らぬ言葉で取り繕う必要すらない。」


 ある程度距離を置き、互いに向き合う。


「あれー?やっと見つけたと思ったら、こんな所で何してんの?」


 突然の声に全員が注意を向けると、3人の男女が部屋に入ってくる。その内の1人、真っ白な髪で両目を閉じた少女が甲高い声でカブトに詰め寄る。


「全くです。会議の時刻まで来られないので、こちらが探す羽目になりました。言い訳の一つでも…おや?これは失礼を。もしかしなくとも試合ですか?」


 下駄を履いた糸目の少女はようやくこちらの存在を視認する。


「名前はカイドウシュウ。今からするのは…そうだな、簡単に言えば試験のようなものだ。」


「あれ?試験って…。あぁ、そういうことね♪」


 緑髪の男はニヤリと口元を歪ませる。


「ねぇ、俺出所したばかりだからさ、体が鈍ってるんだよねー。だから代わってよ。別にカブトさんがやる必要はないでしょ?」


「まぁいいか。別に俺である必要もないしな。」


「じゃあ、良かった。モニタルームでシキさんが待ってるってよ。」


 カブトは木刀を男に預けると、背を向けて歩き出す。


「ま、待って下さい!」


「討伐隊に入りたいなら彼らの意見も重要だ。それにお前がする事は結局変わらない。俺は間違っているか?」


「それは…」


 わかってる。何もやる事が変わってないのは。でも、直前で辞められると、どこかやる気を削がれたような気分になる。


「まぁまぁ。俺はギン・キキ。ギンでもキキでもいいよ。でもごめんね。見ての通りでさ、こっちはもう全然なんだよね。」


 見ての通り、その言葉通りギンは左手で杖を付き、右足を引きずっている。そんな状態のギンに躊躇いが脳裏によぎる。


「…っ」


「やっぱり嫌だよね。今の僕じゃ刀では特使の相手にもならない。こんな特使もどきとなんてやりにくいだけだよね。」


 悲壮感を漂わせるギンに、シュウは頬を叩く。


「いえ!胸をお借りします。試合を受けて下さってありがとうございます!」


 丁寧に頭を下げ、互いに向き直る。


 (そうだ。思い上がるな。相手はこの国で最高の武器の一つとまで言われた特使の1人。それに比べてこっちはただの落ちこぼれ。何かを言える立場じゃない。今はやる事を精一杯やるだけだ。)


 ギンとシュウは訓練室の中央に移動する。それに合わせて、ニールとキョウカそして、他の特使のメンバー、長身マスクの男と白髪の女性が壁際に並ぶ。


「おや?覚えがありますね。私はクロエ・トワ・アズキ。私を好きになった時はクロエと呼んで下さい、と言っていたら皆さんトワやアズキと呼ぶようになりました。よろしくお願いします。」


 頭を動かす度に頭上にある白髪の団子が右往左往し、嫌でも注意が削がれる。


 数刻の後、キョウカ頭を振り、脳を切り替える。シュウが例え剣で勝ったとしても結局は感応数の解決にはならない。だから、シュウが勝った時に後押しする人物が必要だ。…そのためにも。


「私はキョウカです。あの…シュウはあなたから見てどうですか?」


 キョウカの質問にクロエは暫く考え込む。


 シュウにとって、彼女の意見は大切だ。我流でありながらも研鑽を積み重ね、純粋な剣の腕なら特使1、2を争うとまで言われた方。彼女が育てたいと言えば、特例が生まれても不思議ではない。


「そうですね。鍛え抜かれた体だとは思います。ですが、あれは悪い例ですね。些か無駄が多い。私の道場に訪ねてくれれば、指導をしたのに…。残念です。」


「感応数が低いかもしれませんが、それだけです。彼はどんなに大きな敵でも立ち向かいます。その力はいつか絶対に役に立つ。一時的でも構いませんから、どうかアズキさんのお力添えを頂く事は出来ないでしょうか。」


 キョウカの覚悟ある瞳にクロエは背伸びをしつつ、頬を撫でる。


「彼が大切なのですね。ですが、特使である私が私事的に権限を行使する事は出来ません。力になれなくてごめんなさい。それに今の彼では…。」


 そこで言いにくそうにクロエはシュウに視線を戻す。それに釣られてキョウカも視線を戻しその表情が曇る。


「…やはり、一筋縄では行かないわね。」


 そこには杖を付いたギンの足元で、片膝を突く、シュウの姿があった。


「ほら、どうしたの?もしかして気を遣ってくれてる?いいんだよ、遠慮しなくて。これは君の試験なんだから。頑張らないとこのまま終わっちゃうよ。」


 頭上から聞こえる声に木刀を握る力を強める。


 (この人。怪我人とは思えない。あまりにも強すぎる。)

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