妖精の子  〜星の苗床〜

@tsukutsukutsukushi

第1話、臆病なヒーロー

「うおおおおぉぉぉ!!!!」


「あぁ、シュウ。何してって!?ちょ…ちょっと!待っ、て…引っ張らないで。」


 見上げる程高い天井、どこまでも走れてしまいそうな広い空間の中、白服に身を包んだ子供の声が響く。


 孤児院の近くで子供が多かったが、どこかに行く途中の人々でそれなりの人数がこの区間を歩いていた。その中をかき分けながら走る。


「おいおい。まただシュウの奴。いつにも増してうるせーな!おい!今日はなんかあるのか?」


 シュウと呼ばれる少年を茶化すようにヤジが飛んでくる。


「おう!なんて言っても今日は俺ら孤児院暮らしにやって来た運命の日だからな!今日で討伐隊への進路が決まるんだぜ!」


「お前また言ってんのか。誰の討伐隊入りが決まってるって?妖輝石に頭でもやられたんじゃねぇのか。お前の感応数は90ちょいだろ。ここじゃ平均でも軍隊じゃ低いぞ。あっちは低くて100らしいからな。」


 容赦ない言葉が刺さり、「うっ」とつい言葉に出てしまう。


 ー妖輝石。この世界で取れる貴重な鉱石だ。妖輝石は感応数によって影響力が変わる。高ければ高い程力を引き出せる。


 感応数の大きさは基本生まれ持ったものであり、集中力によって上昇する事もあるがそれも微々たるものだ。


「う、うるせー!なるつったらなるんだよ!今に見てろよ!俺が妖獣も特殊個体も敵国の奴らも全部纏めて倒して英雄になってやるからよぉ!」


 勇ましい啖呵を切り、胸を張っていると、横から氷のような冷たい視線が刺さる。


「どうでもいいけど、そろそろ手を離してくれる?」


「な、なんだよ。キョウカは楽しみじゃねぇのか?実は英雄とかに憧れてんだろ?」


 気後れしながらもキョウカを肘でつつく。


「いえ、少しも、全く、これっぽっちも。そもそも私、人助けになんて興味ないから。結局、自分の命が他の誰よりも大切だもの。危険を犯してでも助けようなんて、自信過剰かただの馬鹿にしか映らない。」


 キョウカのその言い方にシュウはむっとすると、大きなジェスチャーでキョウカに熱くアピールする。


「んな訳ねぇよ!ちょーかっこいいじゃん!そんでみんなから熱い視線を受けて、こう…この為に生きてるって感じするだろ!一緒にしようぜ?」


「…貴方はそうかもね。けど1人で勝手にやって。私は他人なんてどうでもいいの。」


「なんだと!!!!!!」


 2人が言い争うのを遠目から眺めながら、いつも通りの光景にやらやれと言わんばかりに眉間に皺を寄せた。


「シュウはうるさいし、キョウカはすごい静かで全然タイプ違うのにいつも2人でいるよな。やっぱり性格が合わない方が仲が良くなるのかな?」


「でもキョウカちゃん、シュウが筋トレとか体動かしてたりしてたら、余計に暑苦しいって言ってシュウから隠れて本読んでるよ。」


「何じゃそりゃ。」


 だが、周りが言うように本当に正反対に位置する2人であった。

 片方は英雄やヒーローに憧れるが、肝心の感応係数は恵まれず、逆にドライなキョウカは本人が望んでいなくても感応係数の高さから軍隊入りを強く望まれていた。


 まさに神の悪戯だ。中身を入れ替えればきっと2人とも望む進路に歩めた事だろう。


「じゃあお前はどうするんだよ、キョウカ。」


 不貞腐れ、そっぽを向きながらもチラチラとこちらを見つめるシュウにキョウカは溜息を吐く。


「私には選択肢なんてない。けどもちろん貴方も道連れよ。守るって約束忘れてないから。」


 鋭い視線でこちらを見つめる。まるで裏切らないでよ、とでも言いたげな物言いだった。


 だが、シュウはキョウカの言ってる意味が分からず、首を傾げる。


 確かに、キョウカは高い感応係数を持っており、討伐隊入りを強く求められているがそれでも強制という訳でない…はず。それとも周りの環境が彼女の選択肢を潰しているのかもしれない。


 シュウが唸っているとキョウカは声を潜めぼそっと呟く。


「ー私も貴方も災難ね。」


「ん?なんか言ったか?」


「いいえ。…早く行きましょ。討伐隊志願者が時間にルーズだとマイナス評価を受けるわよ。」


「お、おう!さっさと行って将来を決定して来ようぜ。」


 木刀を構えながら屈託なく笑うシュウ。いつも真っ直ぐでキラキラと輝く瞳で夢を追いかける。人並みの力しか与えられなかったからこそ手に入れた、心の強さ。それこそがシュウの自身の源だった。


「えぇ。行きましょー」


 言葉の途中で何かが衝突し、建造物が激しく揺れる。


「ーな、何かがぶつかってきた。」


「だ、大丈夫だ。この壁は硬いし破るのに時間もかかる。」


 焦る気持ちを落ち着かせようと少しずつ、言葉にしながら冷静さを取り戻していく。


 ー八鏡。盾の国、移動要塞などとも呼ばれるこの大きな構造体は、殆どの時間空中での移動を行っている。その移動にも妖精石を必要とする。そのため一週間の内数時間は地上に停滞し、資源の確保とメンテナンスを行っている。


 そして、この移動要塞、八鏡はこれまで何度か妖精獣の攻撃を受けているが、実際に内部まで入られたことはない。だから、今回も何事もないはずだったのだ。


「とりあえず、ここを離れてー」


 シュウがそこまで言いかけた所で2度目の大きな揺れと爆発音。一泊遅れて聞こえる叫び声。


「いやあああ!!」


 奥から走ってきた半身を返り血で染めた女性が叫び声を上げながら走ってくる。


 全員の脳裏にあった嫌な予感が確信に変わった瞬間、混乱が一気に伝染した。


 大きな複数の振動を鳴らしながらあり得ないほどに巨大化した大きな蛾のような生物が凄まじいスピードで目前の女性に迫る。


 それは数本の口の付いた触手を出すと、女性の体の一部を啄んでいく。よろめき、倒れ、引きずられ、ものの数秒で物言わぬ亡骸と化した。


 逃げながらその様子を見ていた、人々の混乱が恐怖へと形を変えた瞬間だった。


「な、何でこんなところに特殊個体が。おい!キョウカ俺らも速くー!」


 急ぎ足に捲し立てるも、キョウカの視線は遥か前方から動かない。


 釣られて、シュウも視線を送ると、そこには泣き叫ぶ小さな女の子の、ハナの姿があった。


 そうだ。ここは孤児院の近く。小さな子供が逃げ遅れるのは十分に考えられた。だがー


「キョウカッ!速く行こう!俺らが行って何になる!討伐隊に任せてまずは俺らも避難するぞ!」


 説得に必要な言い訳を次から次へと並べる。それは、そうだ。さっきから迫る特殊個体が気になって仕方がない。


「さぁ!速く俺達もっー!」


「…うぅ。……ぐす。怖いよおぉ…ひぐっ……」


「ーふっ」


 気づけば少女の声にキョウカは駆け出していた。


 遠くなる背中を呆然と眺めることしかできない。伸ばした手が足が前に進んでくれない。


 飛び出した先に待つ、無惨に殺された女性の姿がどうしても脳裏から離れてくれない。


 そうだ。怖いのだ。明確な恐怖を抱いている。でも、それは誰だってそうだ。怖勝てない存在を前に逃げる。動物として当たり前の行動。


 ーだから、やめろ。やめてくれよ。いつもめんどくさがり屋で人助けなんてしない。強い力はあってもお前はお前のままだろ?なのに…こんな。


 キョウカは体勢を低く、少女を捕まえ、急停止する。だが、もうすぐ側まで特殊個体が迫っていた。


「くっ!しっかり捕まって!」


 少女を抱えたまま、蛾の触手の合間を器用に縫い紙一重で交わしていく。


 ーあぁ。勝てない。きっとこの先、キョウカは沢山の人から称賛されていく。そのまま手の届かない場所までなんて事ない顔で辿り着くだろう。その時、俺はー俺は何をしているんだろうか。


 拍手を送る1人に?それとも、拍手を送ることすら出来ていないのか?


「ー嫌だ。」


 ー思い出せ、原点を。心であいつに負けて、他の何で勝負ができるんだ。何の為に生きる。見ろ。俺が成すべき姿を。




「おーし!今から鼻でパスタを吸うぞ!みんな見てろよ!ずずっ…ふごっ!」


「あっははは!おいシュウ!汚ねぇぞ!何やってんだよお前。」


 人しきり周りを笑わせた後、自室に戻る途中で声を掛けられる。


「ねぇ…あなたいつも何がしたいの?」


「ん?何だキョウカか。それで?何がしたいって何だよ。」


「…自覚がないの?」


「…?」


 唐突な物言いに首を傾げる。


「あなた、いつもいつも人を笑わせて、笑ったのを見た後、凄い落胆したような顔をするのよ。」


「顔に出てたか。」


 急な発言と思っていたが、そうでもないらしい。現にシュウ自身、心当たりがあった。


 人の注目を集めるのが好きだ。暗い顔よりも元気な顔が見たい。だから周りを必死で笑わせる。なのに、笑顔を見ていつも思う。


 ーあぁ。これじゃない。


「俺も分かんねえ。なんか違うんだよな。…なぁキョウカ。俺ってさ生きてる意味あるのかな?」


「はぁ?」


 冷淡な反応に少し傷つく。だから補足を加える。


「いや何か、この先もこんな思いしながら生きていくのかなーって…。いや、深くは考えなかったんだけど、飼ってた犬が死んだだろ。」


「そうね。死んだわ。」


 つい最近の事だ。孤児院で飼っていた小型犬が死に、みんなでお墓を建てた。


「あの時、みんな泣いててさ…あそこにはいろんな思いがあったんだ。俺はああ言うのを向けられたいんだと思う。だから、死んでそれが叶うならって…」


「はぁ。バカとしか言い様がない。第1死んだ人間がどうやってその現場を目撃するの?」


 呆れたようにこめかみを抑えるキョウカに自分でも分からないと言うように肩をすくめる。


「わかった。…呼び止めて悪かったわ。」


「…おう!」


 数回のキャッチボールをして別れる。


 キョウカは、自分よりも2つ年上と言うこともあり、何かと気にかけてくれた。シュウにとっては姉のようであり、仲のいい友達でもあった。


 そして、それ以降キョウカとはろくに話さずに、数日が経った。


「付いてきて。」


 有無も言わさず、シュウの手を取り速足に通りを抜けていく。


「おい、キョウカ。どこ行くんだよ。いい加減教えてくれよ。」


「…」


「はぁ…」


 何度目かの溜息をこぼした時、キョウカは広場への細い抜け道を進み、そこでシュウはそれを目にした。


「おーい!よくやった!」「ありがとう!」


 沢山の声の中心にいる妖獣とその返り血に染まった黒髪の男から目が離せない。


「あなた…人を笑わせるの向いてないわ。あんな顔してたら他の人もその内離れていく。それに、注目されたいなら別の道だってある。」


「…俺もあの人みたいになれるのか?」


 視線を黒髪の男から離さずに訪ねてくる様は玩具に釘付けになっている幼子のようだった。


「あなたならなれる。だから…そのためにもこれから先、私のそばにずっと居て私を守って欲しいの。」


「おう。……は?」


 言葉の理解に時間がかかり、怪訝な顔色でキョウカを見つめる。


「私、感応数かなり高かったの。これから先、間違いなく注目される。そんな私よりも感応数も低いあなたがどんどん活躍するの。嫌でも注目が集まる。…悪い話じゃないと思うけど?」


「なるほど。芸人じゃなくて、ピエロになれってことか?」


「違うわ。私を守る……。」


「ん、何?」


 そこで黙り込むキョウカの顔を見つめる。彼女は何かを考え、再び顔を上げ、こちらに手を伸ばしてくる。


「どんな時でも私を助ける…ヒーローになって欲しい。これはそう言う契約よ。」


 先ほどとそこまで内容が変わったようには思えない。とすればこれはこの言い方は聞き手への印象を考えたものだろう。


「…」


 ーこの言い方が好きでしょ?そう言いたげな彼女の挑戦的な瞳を真正面で受け止め、ようやくその腰を上げる。


「ありがとう。いつもキョウカは俺を助けてくれる。だから、これからは俺が一番に救ってやる。契約だからな。」


「えぇ。これで契約成立。」


 彼女は手を握った後、何も言わずに自分の部屋まで戻った。その間彼女はずっと背を向けていたため、表情を確認する事はできなかった。




 過去を思い出し、巨大な妖獣を前にシュウは目をそっと閉じる。


「すぅー。」


 息を吸い込み、脳に酸素を巡らせる。


 ー例え、原点が純粋な志でなく、野心から来るものでも構わない。自分の中で優先順位を付けろ。己が為に何がより大切か…選別しろ。そして一度選んだのならー。




「はぁ…はぁ…はぁ…」


 肩で息をしながら、地に伏せる。攻撃を避けている最中に足がもつれ、気づいた時には地面に寝そべっていた。


「お、お姉ちゃん…」


 少女は声を震わせながら、蛾を凝視している。


 甲高い声を上げ、不規則な動きでこちらを見下ろす怪物に弱みを見せまいと必死に睨む。それが今のキョウカにできる精一杯だった。


「もう、限界ね。」


 もともと何でこんなことをしたのか分からない。だけど体が動いていたのだ。どうすることも出来なかった。


 ーもしかしたらこの子を私に重ねたのかも。そうなら本当に馬鹿だ。誰かに助けて欲しかったそんな願いをまだ捨てきれていなかったなんて。


 けれどそれでもまだ立ち上がるのは、小さな手が必死に袖を掴んでいるからだ。ならここで折れることは許されない。


 一歩ずつ確かめるように少女と一緒に後退していく。そんなキョウカを凝視しつつも、蛾は動かない。だが、何歩目か、足を後ろに下げた瞬間、蛾は口のある触手をこちらに伸ばす。


「ーくっ!?…随分遅いじゃないの、ヒーロー」


 子供を庇うように手を広げた瞬間、蛾の顔に何かが衝突し、巨体がよろめく。


「はっはっは!お前にだけ全部持ってかせねぇぞ、キョウカ!」


 震えを抑えながら、興奮と恐怖で顔を引き攣らせる小さな戦士の姿がそこにあった。


「それで…信じてもいいの?」


「あぁ。ピンチを救うのがヒーローだからな。」


 精一杯の虚勢で怪物に向かって足を進める。


 ーわかってた事だ。感応数は低いし、体も小さい。もう、わかってた事だ。


 英雄になる何て豪語してるけど、きっと強さでも一番にはなれない。だけど、それでもと立ち向かう心はまだ負けてない。


 その心で負けたらこの先、俺がどんな風に変わっても、きっと自分を認めてあげれない。


 だから…もう二度と誰にも心では負けない。例え、どんなに怖い奴が相手でも俺が一番に立ち向かってやる。弱者でも強者に並び立てるんだって。


「さぁ!行くぞ!この化け物がぁ!」


 咆哮するシュウ。蛾は警戒した面持ちでこちらをじっと見つめるが、すぐに動き出す。両者が互いを敵と認識し衝突する瞬間、上空の壁を壊し、何かが蛾の頭上に落ちてくる。


「民間人3名と妖獣の特殊個体を目視。殲滅を開始します。」


 黒髪の男は、躊躇なく頭に刀を突き刺す。


 脳天に刀が突き刺さり、妖獣は悶絶しながらもターゲットを頭上の男に切り替えた蛾は触手を男に伸ばす。


 だが男は瞬時の状況を把握すると、それに対応しようと動き出す。このまま行けば妖獣の殲滅も可能だろう。だが、それでは意味がない。


 野望でも野心でもいい。生き残る為なら何だってする。あの夜に私はそう決めたのだから。だからこそ、私には彼が、この一歩が大切になる。この国の保身派の臆病者に教えてやる。


 ー私のヒーローの力を!


「行って、シュウッ!!」


 地面を踏み抜くがごとき力強い一歩で、妖獣の眼前まで一気に距離を詰める。そしてー。


「ーおい。俺、をーーーーーーーーー見ろ。」


 ‘それ'を捉えた妖獣は、ほんの僅かではあったがピタリと動きを止めた。そして、その一瞬の隙を黒い死神は見逃さなかった。


 蛾の頭上に真っ赤な花が咲いたように四方八方に血が舞い落ちる。


 元より光らない蛾の目がさらなる暗闇に堕ちていく。だが、何も映さないはずのその目はじっとこちらを捉えたまま動かなかった。


「ー任務終了しました。処理班の手配と付近の封鎖をお願いします。」


 妖獣が倒れた後、男はインカム越しに報告を淡々とこなしいていく。


『うおォォォォ!!』


 その中、影からこちらを見守っていた周りの人々がわらわらと出てくると、火がついたように熱い声が届く。


『ありがとう!討伐隊の人!かっこよかったぞ!嬢ちゃんに坊主!』


 ちらほらと聞こえる自分への声に心が騒つく。


 昔、"向こう側"で思っていた。あっち側に行けばきっと満たされると。だが、いざ声援を受け取る側になったのに心は満たされない。それよりもむしろ、どんどん欲望が深くなっていく。まるで底無しの穴のようだ。


「それと、救助した民間人3名ですが…。はい。わかりました。すぐに向かいます。」


 男は声援には目もくれずに、数度のやり取りの後、こちらを見下ろす。


「助力感謝します。では。私はここで。」


 そう言って自分よりもずっと大きな声援を受けた男は、すたすたとその場を離れて行った。


 残されたシュウ達の元にすぐに救護隊の人達がやってきて、あれやこれやと話していたが、頭が回らず、全て左から右へと流れていく。


「良かったね、ヒーロー。」


「ーえ?」


 気づけば放心状態のシュウの真横までキョウカが近づいていた。いや、キョウカだけではない。キョウカの右手の先には、小さな少女がいた。


「あ、ありがとう、お兄ちゃん。…凄かった。」


 目を真っ赤に腫らした少女はどこか気恥ずかしそうに俯いていた。


 シュウは何度か口をぱくぱくと動かした後、にっと笑みを作り、少女の頭を乱雑に撫でる。


「おう!そうだろそうだろ!俺はシュウ。これからもじゃんじゃん助けていくから忘れないでよ。」


「う、うん。ありがど…。」


 堪えきれないと言った様子で再びその目から涙がこぼれ落ちる。余程怖かったのだろう。


 少女は泣きながらシュウの服の袖を掴み、大きな声で泣き始めた。


 先程まで受けた声援。その量は凄いものだったが、どこか物足りなかった。だけど、少女1人からの心のこもった感謝を受け、心が温かくなる。


 ーあぁ。これが欲しかった。これを求めていたんだ。少しずつ傷が癒えていくように心が穏やかになる。


「ーありがとう。やっぱり間違ってなかったんだ。」


 救ったはずの人間がまるで助けられたかのように喜び涙ぐんでいる。これではどっちが救われたのか分からない。


 そんな2人を見ながらキョウカは呆れたように、そして何処か嬉しそうな顔を浮かべる。


『なぁキョウカ。俺ってさ生きてる意味あるのかな?』


「あるじゃない。貴方にも他の人にも。」


 物思いに老け、独り言を呟いた後、キョウカはその場を静かに離れた。




「ー報告は以上です、カブトさん。」


 討伐を終えた男は現地であった事を伝え終わると、電池が切れたようにぼーと壁を眺める。


「あぁ。ご苦労だったな。そうか、孤児院に居た2人か…。それで見込みはありそうか、ニール?」


 ニールと呼ばれた男は壁から視線を外し、数刻考え込むと、首を傾げた。


「さぁ?何とも。」


「君らしい。そうだな。じゃあ言い方を変えよう。彼らはお前に勝てそうか?」


 カブトのその発言にニールはすぐに答えた。


「不可能かと。」


「そうか、分かった。報告書の提出は…誰か別のメンバーに確認して貰ってから持ってきてれ。」


「はい。お疲れ様です。」


 ぺこりとお辞儀をすると踵を返して部屋から出て行った。


 カブトは引き出しからいくつかの顔写真付きの書類を取り出し、順に眺めていく。


「有望そうなのは…女の方だけか。」


 見終えた書類を適当に投げ捨てると、小さくため息をこぼした。


「押し付けられた仕事だし、俺のやり方でするか。反対は出るだろうが、まぁ適当に抑え込めばいいか。はぁ…面倒だな。」

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