第4話、見えない心

「あ、あの…何かあの後の記憶がないんですけど…何もしてないですよね?」


「…」


「答えて!無言が一番怖いって言ったばかりじゃないですか!」


「心配するな、絶対に無駄にはしない。仮に失敗しても私が死ぬまでの面倒をみてやろう。」


「え…プロポーズ?ってなるか!本当に何したんですか!失敗って?俺の体どうなってんすか!」


 などと茶番を繰り広げながら廊下を歩いていると、目の前から見知った顔が近づいてくる。


「遅いぞ。だが、ここに来たと言う事は説明を期待してもいいのかな?」


「シュウ。無事で良かった。」


 カブトとキョウカの2人にシュウも駆け寄ろうとした所で、シキに手を引かれ引き寄せられる。


「あぁ。私の頼れるナイトを自慢しようと思ってね。」


 そのシキの悪ふざけにキョウカはため息を吐くと、冷静に対応しようとする。


「すみませんが、離してあげて下さい。彼も困って………シュウ?」


「いや…あの。ほんと、困りますから。」


 だが、冷静に対応しようとしたキョウカに対してシュウは耳まで真っ赤になっていた。


「…」


 キョウカはそのまま数秒沈黙した後、にっこりと微笑むと、蹴り飛ばした。シュウは、情けなく、頭を壁にぶつけ、たんこぶが出来上がる。


「痛いだろ!何しやがるキョウカ!」


 起き上がり、抗議するシュウをキョウカはただただ冷たい瞳で見下ろす。


「…気にしないで。ただの条件反射だから。」


「何のだよ!接触か?接触が原因なのか!?」


 シキはその光景をぼーっと眺めると、ニヤリと笑いシュウに近づく。


「あまり虐めないでくれよ。私のナイトでもあると同時に大切なパートナー(実験動物)でもあるのだから。」


「シキさん…今かっこの中変じゃなかったですか?もう一回言ってもらって…ぐはっ」


 言葉の途中で再度蹴りを貰い、咳き込む。


「ふぅ…ごめんなさい。条件反射よ。」


「だから何のだよ!今触ってなかったろ!」


 そこで楽しそうに笑うシキが目に映る。シュウと目があった瞬間、咳払いをすると、再度猛接近する。それこそ、鼻と鼻がぶつかりそうな程近く。


「時に私の部屋が研究棟で噂されていたそうだ。時折、厚い壁から声が聞こえるとな。次からはもう少し抑えないといけないな。」


「シキさん…待って!これ以上は!」


 シキはわかっていない。一見クールそうに思えるキョウカだが、煽り耐性がかなり低い。もう、人間よりも獣に近いぐらいに獰猛だ。


 あまりの恐怖にシュウは首を振るが、シキは止まらず、遂に鼻と鼻が接触する。


「気にしないでッ!ただの…ッ!条件反射…よッ!はぁはぁはぁ…。カブトさん、少し席を外します。」


 へたり込んでいたせいで、キョウカから何度も踵で踏まれ、ボロボロになりながらもキョウカに声を上げる。


「って、キョウカあの野郎!いつか覚えてやがれよォ!!」


 体の節々をさすりながら起き上がると、カブトが近づいてくる。


「君達は同じ孤児院育ちらしいが、彼女と君の2人は何か特別な関係なのか?」


 この前、近づくなみたいなこと言ってたけど、それはただ試験を受けに来るなっていう意味なのかな。やっぱりちょっと苦手かも。


 若干の苦手意識を持ちつつも、キョウカの立場が悪くないないように普段通りに接する。


「まぁ、何と言うか…覚えてないんですけど、孤児院の先生曰く、全身ボロボロの服のキョウカを見つけたらしんですけど、まだ小さい俺を大事そうに抱えていたって。それに俺に名前をつけたのもあいつらしくて、本物の家族みたいに思ってます。」


「そうか。ボロボロの子供2人。つまり、下層の…いや、孤児院よりも下の場所から来たと言うことか?」


 普通は誰だってそう考える。だが、どうやら違うようなのだ。不思議というか、運命というか、そんな事があるのかと自分でも信じられない。


「違います。外かららしいです。この建物が下に降りてる時に先生が見つけたって。いやーこれって凄い…」


 そこまで言って気づく。これは、言ってはいけない内容なのでは、と。慌てて2人の顔を見るが、2人とも何やら思考を巡らせ、特に咎めたらする雰囲気も感じなかった。


「いきなりだが、俺が感応数100以上という条件をつけた理由を2つ話そう。一つ目は死亡率の高さだ。ここ3年で死亡率は約80%と最も高い。二つ目はこの建物の外での活動時間が1時間と短いためだ。」


「な、なるほど。」


 どうしていきなりそんな事をと混乱していると、カブトは続ける。


「君の感応数は100未満らしいが、今の話からすると、偶然停留していたこの八鏡を外に出てから1時間以内に見つけたと言う事になる。果たしてそんな事があり得るのだろうか。」


「それは……そうですね。よく変わらないです。」


 カブトの言い分も分かるが、これ以上は知らないのだから説明のしようがない。それが偶然だろうがなかろうが、シュウにとってはこれが知る全てだった。


 返答に困っていると、遠くから足音が聞こえてくる。


「失礼。ただいま戻りました。」


「あぁ、気にしなくていい。軍と言われているが、俺は礼儀作法は旧軍ほど重視していない。適度な緊張感さえあれば何も言う事はない。」


 キョウカはその場の空気感に首を傾げながらもしっかりと敬礼を取った。


「私からも質問をしてもいいかい?」


 声を潜めながらシュウに近づくと、シキはシュウにしか聞こえないほどの声量で尋ねた。


「名前を付けたと言っていたが、以前の名前は聞いていないのか?」


「…えっと、確かリル・ラール?とかそんな名前だったと思います。呼ばれる事もないんで曖昧ですけど。」


「獣みたいでピッタリじゃないか。ふむふむ名前…恋よりかは保護欲?いや、依存か?」


「…?」


 シキはぼそぼそと呟きながら早足でカブトの横に並ぶ。シュウも首を傾げながらその後を駆け足で追いかけた。


 4人は廊下を歩き、会議室という名前の扉を開ける。中には以前、訓練室で見た顔がちらほらとあった。


 何となくバツが悪く、顔を背けながらシキの後ろにピタリとくっつく。


「揃って…はいないな。前も話したが、キョウカを特使の候補生として、それぞれに付いて回るせようと思っている。そして、もう一つ追加だ。」


 そこでカブトがシキに目配りをすると、面倒そうに前に出る。


「お忙しい中?えぇ…まぁいいか、前略。既に知っていると思うが、私の助手兼モルモット兼護衛のカイドウシュウ君だ。新人教育ついでにうちのも頼む。…私からは以上だ。」


 適当に済ませると、後はそっちでやれと言うように手をひらひらとさせる。そして、結果として1人取り残された。


(シキさん…。そう言うの前もって言って欲しかったです。)


 心の中でそんな事を呟いている間に、いつの間にか会議は終わっていた。それぞれが伸びをしたりと自由に動き出す。


「どうもこんにちは。私はクロエ・トゥ・アズキです。好きになったらギンと呼んで下さい。」


 兎だ。兎がぴょんぴょんと跳ねながら話しかけて来た。


「はい。カイドウシュウです。よろしくお願いします、クロエさん。」


 刹那。会議室がシーンと静まり返る。


「ぷはは!良かったじゃん。下はもちろん、同期や上も誰も呼んでくれなかったのに。まぁ、あんたの鬼稽古を受けてないから気軽に呼べただけだど思うけど。絶対にカレンダーとかに名前と印とか付けないでよ。笑い死ぬから。」


 腹を抱えながらギンが笑っていると、クロエも口元を抑えくすくすと笑った。


「今笑った方は首と舌を出しなさい。人の幸せを嘲笑うような子に舌も声も必要ありません。」


 静かになった会議室がさらに静かになり、各々が何事もなかったように書類整理など作業を始めた。ちなみに逃げようとしたギンはクロエに捕まり、引きずられながら部屋を出て行った。


「はぁ。あなたももう少し考えなさい。おかしな言い方をしているなとは思わなかったの?」


 シュウも横からキョウカに棘を刺され、素直に頷いた。


「…はい。すみません。」


「とりあえず、気を引き締めなさい。一番初めは…」


 それに生唾を飲み込む。相手の一挙手一投足に注意を払う。


「よし、そろそろ動くか。」


 この討伐隊の団長であるカブトさんからだ。


「どうした?緊張しているのか?」


 廊下を歩いてると、カブトはカクカクとロボットのように動くシュウに声をかける。


「い、いや!そんな事はないです!」


「ふっ。分かりやすい奴だな。だが緊張している所悪いが、その妖精具を使う事はないぞ。」


「え?じゃあ、今はどこに向かってるんですか?」


 それにカブトは壁にある指紋認証とパスワードを入力する。すると、壁が開き、エレベーターが出現する。


「今から向かう場所は地下だ。と言ってもお前達の過ごしていた地下ではなく、その下の下層だ。最下層もあるにはあるが、ただのゴミ溜め場で見るべき場所はない。」


 エレベーターの外を見ていると、大きな空洞を通って行き、中は明かりはあるもののその暗さは上とは比べようもなかった。


「ここは…」


 エレベーターを降りて最初に感じたのは空気感の違いだ。風が入ってくる訳でもないのに、酷く冷たい空間だった。


「討伐隊の任務は妖獣駆除だけではない。犯罪を犯した者や、他勢力から送り込まれた者まで、ありとあらゆるものが俺達の敵だ。」


「送られて捕まった人達はどうなるんですか?」


「…基本はその場での殺害が殆どでここに送られる者はそうそういない。まぁ、捕まえた者には権利が与えられる。最低でも一週間に一度の面会と報告書などがある。嫌なら監獄管理長に譲渡される。」


 中には、何人もの警備員が至る所に配置されていた。


「俺がこのまま説明しても花がないか。キョウカ、構造の説明を任せても?」


「はい。構造は竪穴式になっており、五層に分けられています。上の1、2層は比較的軽度の犯罪者であり、週に5度外での労働を行なっています。3層は中間層であり、囚人はいません。4、5層は重度の犯罪者で、檻より出る事はは許されていません。」


「では、駐屯地はどこに配置されている。」


「管理室である、この階と1層、3層に駐屯地があります。」


「おぉ。」


 ピシッと背筋を伸ばし、答える姿はまさに軍人であり、拍手を送る。


「君も把握しておいて損はない。彼女は教えないだろうからな。」


「まぁ…はい。」


 確かに形だけでも助手である以上知識は大切だ。だけど、研究員であるシキが担当外である監獄の説明をしなかったとしても仕方がない。何せ自分の仕事には関係のない事なのだから。


「一応言っておくが、監獄管理長は彼女だぞ。」


 気の抜けた顔をしていたシュウだったが、その言葉を聞き顔が険しくなる。


「えぇ!?」


(あの人、ほんと適当だな。助手とか言ってたけどちゃんと教える気ないだろ。)


 カブトはそれぞれの駐屯地に顔を出すと、そのまま地上まで戻る。何か目的があって連れてきたのかと思ったけど、何がしたかったのかはさっぱりだった。


(制御室の場所は聞いてこなかったか。囚人にも特段変わった様子はなかった。何か計画について話しているかとも思ったが、やはりこいつからは何も出そうにないな。なら叩くべきは…)


「言い忘れていたが、討伐隊、中でもキョウカや特使が罪を犯せば4、5層送りだ。」


 それにシュウは慌ててキョウカを見つめる。彼女は「あなたは私よりも自分の心配をしなさい。」と冷静に返された。


「お、俺は1、2層とかですか?」


「罪の重さにとよるが、君は…難しい所だが殺処分の可能性が高いか。あんなでも彼女は機密情報の塊だ。そんなものを知っている囚人は危険すぎる。だから罰の扱いは私や彼女と同列になるだろう。」


「さ、ささ、殺処分…。」


 顔が青くなり、手すりに必死にしがみつく様に思わず笑いそうになる。


「心配しなくても罪を犯さなければ問題ないでしょ。」


「でで、でも!何が犯罪になるか…あわわわ。」


「そうだな。迂闊な発言で…と言うパターンもある。」


「そうね。正当な理由なら仕方ないと思うけど、それが不当な理由なら何とかしてみるわ。」


(やはり、こいつの事になるとよく喋るな。今のは牽制のつもりか?だが失言だな。許さないや倒すではなく…助けるね。切り札は逃げの手か?国から逃げられる手段。…欲しいな。)


「そう言えばカブトさん。この後の予定は?」


 何事もなかったように復活したシュウにカブトは眉をひそめるが、すぐにいつもの顔に切り替える。


「他とは違い、俺は中央から離れれない。だから、この後は報告書の確認と整理だな。俺の仕事は9割が机上だ。」


「わー夢がない。」


「そうだな。全員がこの国の歯車だ。歯車を回すためなら俺はどんな事でもする。ただそれだけの話だ。…この先は見ても意味がない。たがら2人の相手は別の人物にお願いしている。」


「それはもしかして!」


「場所は第一地区。担当特使はニールマンチだ。」




「はい。ではこちらにー」


 第一地区に着き、ニールが出迎えをしてくれる。それに対して綺麗な敬礼をしたキョウカだったが、その顔色が驚愕に染まる。だが理由は明白だった。


 自分の家族同然の人間が上司に駆け寄り、突然切り掛かったからだ。


「グヘッ!」


 カエルが潰されたような声を出し、投げられるシュウ。そのまま悪びれる様子もなく上体を起こして頭を掻き始める。


「くそー!今日もだめだったー」


「シュウ?説明…してもらえる?」


 背後からキョウカの怒りをビリビリと受け、正座でキョウカに向き直る。


「いや…俺、ここ何年もニールさんを襲ってたから…つい癖で。」


「なぜ襲ってたのかを教えてもらえる?」


「つ…強くなりたくて。」


「ごめんなさい。意味が分からなかったからもう一度言ってもらえる?今度は私が分かるように。」


 圧が怖い。でも、もはや反射と言っても過言ではない程に体が無意識に動いてしまうのだ。だからどう説明しても怒られる未来しか見えない。


「ーではこちらに移動しましょう。」


 何事もなかったようにニールが案内を始め、その場は何とか収まった。だが、その後もチラチラとキョウカの顔色を伺うようにシュウは移動を始めた。


「おやおやおやー?君は例の少年じゃないか。」


「"例の少年"…ですか?」


(ヒィー辞めて!突き刺さる視線が痛い。これ以上油を注がないで!)


何も言わずに萎縮するシュウに「ふーん」と毛先が跳ねている長い髪の女性はつまらなそうに返した。


「まぁ、いいや。私はエル・トランペット。超期待のスーパーお姉さんだよぉ〜」


「2人には私とエルにそれぞれ付いて貰います。それ以外の方はパトロールに。」


エルは嬉しそうな顔でニールに近づき、手に持った鍵の輪に指を入れて回す。


「ねぇニール大佐!訓練場もう借りてますよ!」


「はい、ありがとうございます。では、お二人は私達と訓練という形を取ります。それでは訓練場に行きましょう。」




「グハッ。…あ、ありがとございました。」


「君、避け勘はいいけど攻めが下手くそだね。攻め所バレバレだし、無理に攻めようとするから簡単に負けちゃうんだよー。ツンツン」


努力はずっとしてた。全身の筋トレや体作り。そして、毎日の稽古。だからそれなりに強くなったと思っていたのに。1区の新人であるエルさんにもこの様。自信をすり削られるような日々だ。


「お?向こうも終わったみたいだね。」


ぺこりとお辞儀をした後、キョウカは苦悶の表情を浮かべたまま、ペットボトルに勢いよく口をつける。


「はぁはぁ…」


汗を垂れ流しながら肩で息をするキョウカ。そんな必死な顔は今まで見た事がなかった。


「あの子強いね。…まっ私ほどじゃないけど。」


エルは、シュウの頭の上に顔を乗せたような密着姿勢でキョウカをみる。


「はい、キョウカは強いですよ。いつか俺の方が強くなりますけど。」


そこでニールがシュウに近づき、訓練用の妖精具を持ってくる。


正直これだけでも嬉しくなる。今まではずっと木刀を使っていたが、討伐隊では日常の訓練から訓練用の妖精具を使用する。


だが、通常よりもずっと強く制限されているようで殆ど力は使えないそうだ。


「よーしゃ!今日こそ一本取るぞ!」


勢いよく立ち上がるシュウの背中を見ながらキョウカは彼に視線を戻す。


(これ程差があるとは思わなかった。多分私じゃこの人には逆立ちしても勝てない。特使がもし、全員このレベルなら…)


「自信無くしちゃった?」


気づけば隣でイタズラっぽい笑みを浮かべるエルの姿があった。


「…はい。私には才能がありませんので、正直妬けます。それにそのニール大佐と毎日、稽古もどきをしていたシュウにも驚きを隠せません。」


「才能ね。あの子…多分壊れてるよ。」


「…どう言う意味です?」


漠然と遠く見つめるような目でエルは続ける。


「あの子避けに関しては本当に良い。危機察知能力なのかな?だけど無理攻めするから避けられない攻撃が出てくる。それでね…頭に振り下ろす瞬間。あの子私の事じーっと見てたの。…瞬きも、妖精具にも目もくれずに私の顔を。あぁ言うのも才能なのかもね。」


 楽しそうに剣を振るシュウ。ものの数手で組み伏せられても、その口角は上がったままだ。


「あぁー!また負けた!」


「はい。彼は強くなる。だからこそー」


 ー私がもっと強くならないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る