機嫌の悪い王

「陛下はあんなに機嫌悪くなるなら、王妃様を追い出すなよなぁ〜。何があったんだよ」


 エリックがウィルバート様の様子に辟易している。騎士団の居住区でヒソヒソ話をしているところだ。


「よくわからない。アナベルの話だと陛下はリアン様に怒ったということだけだった」


「何に怒ることがあるんだよ?戦を無血で終えれたのは、あのリアン様の智謀があってのことだろ?」


「俺に聞くなよ……だが、このままだと本当に離縁になるだろう」


「……いいんじゃないかな?」

 

「え?」


 エリックに俺は思わず聞き返す。


「リアン様はきっとウィルバート様の傍にいると無茶してでも守ろうとする。ウィルバート様はリアン様以外なら何人でも王妃を娶るんじゃないかな。ある意味、王家にとっては好都合だな」


「だが……陛下の気持ちは……」


「王に私情は本来許されるものじゃないだろ?そのへんはウィルバート様はわきまえてるとおもうけどなー」


 そうか……このまま帰ってこないとなると、アナベルとは本当にもう二度と合わないだろう。


「そうか……いなくなるか……」


「何?寂しいの?」


 寂しい?随分昔に同じことを聞かれたことがあったな。伯爵家の下男にだった気がする。その時、なんて答えただろう?


「そうだな。なんだかもの足りなさというか、気分があまり良く無いな」


「おおー!セオドアからそんな言葉を聞けるなんてね!リアン様っていうより、あのメイドだろ?」


「え!?」


「セオドアさぁ〜。そろそろ気づけよなー。人が寂しい名残惜しいと感じる気持ちをアナベルに持ってるんじゃないのー?さて、そろそろ仕事するかー。陛下の機嫌が早く直りますように!」


 エリックはじゃあなーと手を振って業務に戻っていった。


 その背中を俺はボンヤリと眺めていた。アナベルはもう帰っては来ることはないのか。


 その足では陛下の居る執務室へ行く。淡々と仕事をこなしている。無駄口一つ叩かず、静かに……。久しぶりにこんな陛下を見た。


「陛下は何に怒っているのでしょうか?」


「べつに……怒ってなどいない!」


 ピシャリと言い返される。


「じゃあ、なぜそんなに機嫌が悪いんですか?」


「いつもどおりだ」

  

「そうは見えません」

 

「何が言いたい?」


 よく考えてみる。陛下に何を言いたいのか……。


「ウィルバート様は寂しいのではありませんか?」


 アナベルの姿が見えなくなって寂しい俺のように。

  

「おまえに関係ないだろう」


「関係あります。俺も寂しく感じるんです」


 ウィルバート様がガタッと椅子から立ち上がる。


「セオドアが!?……まさか……そんな……」


「ウィルバート様、勘違いしないでください。リアン様に一切恋愛感情はありません」


 いや、でもな……と動揺する陛下。


「なんなら迎えに行きましょうか?」


「か、勝手なことするなっ!」


「最近、お食事もあまり召し上がらず、夜も眠れてないでしょう?」


「なぜそれを知ってる?」


「いつもお傍にいるので、わかります。僭越ながら申し上げると、陛下にはリアン様が必要かと……」


 ウィルバート様はハァ……とため息一つ吐いて、机に頬杖をついた。


「会いたくはないのですか?」


 会いたいさ……とボソッと聞こえるか聞こえないかの声で、機嫌の悪い王は言ったのだった。


 俺も会いたい。アナベルのあの茶色の髪と柔らかな視線がずっと頭から離れない。


 

 

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