現実を突きつけられる

「あいつはラングリア伯爵家に必要ない。せいぜい陛下のために、その命を使って、この家の名を上げればいい」


 ……なんてことを言うの。わたしは痛くなるまでギュッと手を握りしめた。


「ほんとよ。それぐらいしか役立たないんだから」


 妹さんも本気で言ってるの?


「陛下はセオドア様のことを自分の人形なんて思ってません。そんな方ではありません」


「なんでそんなことわかる?」


「陛下とセオドア様を見ていればわかります!」


 わたしの言葉に相手は面白くなかったらしく、二人から睨みつけられる。


「クソ生意気な使用人だな。どこの家のものだ!」 

  

「ほんと!使用人風情が口ごたえするなんて!面白くないわ」


 妹さんの方が手近にあった花瓶を手に取り、バシャッと花と水をわたしに向かってかけた。慌てて、しゃがみこみ、セオドア様の持ち物をわたしは守る。濡れなかっただろうか?ポタポタと髪から水が滴り落ちる。


「まさかセオドアのことが好きとか言わないよな?使用人風情が伯爵家と関係を持てると勘違いするな」

 

「でもある意味お似合いかしら?平民の恋人だとしたら笑っちゃう。そうだわ!お父様にお話しようかしら?すごーく激怒するのが目に浮かぶわね」


「ま、待ってください!わたしとセオドア様はそんな関係ではありません!」


 セオドア様の立場が悪くなりそうだとわたしは慌てる。その時だった。部屋の扉が外から開いた。


「俺の客人がいると聞いてるが誰だ?……なにをしてる?」


 やっとやって来てくれた。セオドア様が扉を開けて入ってきた。その瞬間、目を丸くして、それから怒りに満ちた表情になった。


「アナベル!?なぜこんなことになってる!?誰がした!?なぜ……そんな格好を?」 


 バタバタと二人が逃げていく。セオドア様の怒りを感じて、慌てだした。さっきまで、馬鹿にしていたが、怖れているようだった。


「大丈夫でしょうか?これ守れたでしょうか……濡れてないといいのですが……」


「そんなものどうでもいい。今すぐタオルを用意してくる」


「いいえ、わたしは失礼させてもらいます。これを頼まれて届けに来ただけなんです。本来なら、勝手口で待っているべきだったんです。こんな立派な客室へ招かれる身分ではありませんでした」

  

 迂闊だった。わたしのせいでセオドア様が笑われたり、お父様から怒られるなんて申し訳無さすぎる。

 

 わたしはセオドア様に物を渡して、立ち上がる。一礼して、さっさと出ていく。


「待て!」


「追いかけてこないでください!」


 制止の声がしたが、わたしは振り返らずに駆け出した。


 ここにわたしがいることは、セオドア様のためにはならない。すぐにいなくなったほうがいい。伯爵家から飛び出すように出た。走って、裏路地へ入る。息が上がる。

 

 セオドア様は人形なんかではないし、陛下がそんな扱いしているところを見たことがない。でもあの家でセオドア様は苦労されているのだと気付いた。


 わたしがいたらさらに立場が悪くなる。濡れた服と髪の毛が冷たくて……惨めな気持ちになる。これが現実。身分は越えれないし、大変なセオドア様の足を引っ張るような存在になってはいけない。


 そうよ。そもそもわたしとセオドア様の間にはなにもないの。わたしはリアン様のためのプロのメイド。大丈夫。今後セオドア様に会ってもドキドキしたり変に意識したりしない。


 セオドア様にはしっかりとした貴族のお嬢様がお似合いだわ。そう曇り空を見上げて思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る