伯爵家への思わぬお使い

 もうすぐ大国ユクドール王国と戦が始まる。そんな話が持ち切りの頃だった。たまたま午後からお休みを頂いたわたしが城から出ようとすると、声をかけられた。


「あっ!アナベルさん、ちょうど良かった!」


 三騎士の一人、エリック様だった。


「どうしたんですか?」


「ごめん、急いでるかな!?今、セオドアが自分の家に戦の前に挨拶へ行ったんだ!で、これ忘れて行ってさ……追いかけていって、渡してくれないか!?」


 エリック様はもう作戦のために先に行かないといけないところがあるんだ!と焦っていた。


「わかりました。わたしでよければ!」


 手渡された袋をもらって、セオドア様の家に向かう。確か伯爵家の方で、王宮に近いお屋敷だったはず。


 わたしは人に尋ねつつ歩いていく。


「ここですね。さすがに正面から入る勇気はありません」


 立派なお屋敷で、門や壁の背が高く中がよくみえない。呼び鈴を鳴らすより、使用人用の勝手口へ回ろう。


「すみません、誰かいませんか?」


 裏口へ行き、使用人用の出入り口で、声を掛けると下男が出てきた。


「セオドア様は帰ってきてますか?忘れ物をお渡しするようにと言付かりました」


 ああ?と言って、近くのメイドに話に行く。


「まだセオドア様は帰ってきていないよ。今日、この家に来るって話は聞いてるから、中で待っていなさい」


 伯爵家のメイドが部屋に案内してくれる。え!?客室!?


「あの……わたし、忘れ物を渡しに来ただけなんです。そんな立派なお部屋じゃなくても……」


 わたしの言葉を聞いていないようで、バタンと扉を閉めていなくなる。


 一人、立派な室内で待たされる。どうしたらいいのかしら?いつセオドア様は帰ってくるのか聞けば良かったと後悔した。


 カチコチカチコチと時計の音が室内に響く。緊張してしまう。椅子に座ってグッと拳をつくる。手に汗が……。


「ねえ!私の手袋知らな………あなた誰?」


 ガタッと思わずわたしは立ち上がった。ドレス姿の美しい少女はこの屋敷のお嬢様とわかる。


「すいません。お邪魔してます。セオドア様の忘れ物を届けにまいりました」


 ジロジロと上から下までわたしを見る。


「あなた、どこの者なの?使用人なら使用人らしく勝手口で待ってなさいよ。屋敷まで入ってくるなんて常識がないの?」


 案内されたので……とわたしの小さな声をかき消すように、次の人が現れる。男の人だった。


「何してるんだ?間に合わなくなるだろ?」


「お兄様!だって……ここにセオドアを探す使用人が……」


 セオドアを?と言って、男の方がわたしを見るとニヤリと嫌な笑い方をした。


「へー。美人な使用人だな。セオドアはまだ来ていない」


「わたしは……あの……」


 出直して来よう……なんだか嫌な雰囲気であることを感じ取る。


「セオドアに渡しておいてやるよ。寄越せよ」


「いえ!自分で渡します」


 セオドア様にこの方は好意的ではない。そう感じたので、預かった物を渡すわけにはいかない気がした。ギュッと荷物を握りしめた。


「あの身代わりの人形に、気を使うことない。寄越せよ」


 手を伸ばしてくるので、後退りしてしまう。


「人形?人形ってなんでしょうか?」


 なんのことを……この男の方は言ってるのかわかりません。


「知らないのか?セオドアは陛下のための身代わりの人形だ。いつでも死ぬ準備をしておけと父から言われている」


 そんな父って……実の父なんですよね?陛下のための人形?死ぬ準備?そんなことって……。


 わたしは驚いて言葉を吐き出すことができなくなったのだった。



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