なかったことにする
そうでした。お嬢様は静かに帰りを待つ……なんてそんな人ではありませんでした!
バサッとマントを羽織る、緑の目をした黒髪の少年が目の前にいた。
「お嬢様……」
「何かしら?」
「お嬢様が戦について行くなんて!陛下の許可を得たのですか?」
「アナベル、ウィルバートは私の姿が見えたほうが安心だって言うのよ。傍にいてあげようと思って!」
「いえいえいえいえ!陛下とリアン様の言葉の捉え方の意味がまったく違うでしょう!?」
違うでしょう!?そんなわけないでしょうがっ!と盛大にツッコミを入れたかった!
お嬢様は戦に一緒に行くらしい。ズボンを履き、戦闘用のブーツ。腰には細剣を帯剣。どこからどうみても、少年である。王妃様にはみえない。いえ、こんな王妃様はどこの国を探してもいません。
「ふっ……変装も天才的な私ね!」
変な所に自信を持つお嬢様……って、そんな場合ではありますせん!
「考え直してくださーいっ!」
金の髪のかつらを被り、ドレスを着させられているわたしは涙声になる。 お嬢様が安心させるようにわたしに優しく微笑まれた。
「アナベル、私の影武者をするための、アドバイスしておくわ」
「は、はい?」
「できる限り、怠惰に過ごすのよっ!」
「お嬢様ーーーっ!またですかーーっ!?」
わたしの声が情けない感じで響いたのだった。もう身代わりは終わったと思っていたのに!?また!?
「大変だな……」
同情心たっぷりにセオドア様が言うのだった。
「そう他人事のような言い方をせず、セオドア様も止めてください」
しばらく考えていたセオドア様は無理だと思ったらしく困った顔をした。
「アナベル、ドレス姿、似合ってる」
えっ!?セオドア様!?……顔が思わず赤くなりかけるが、平静を装う。
「そうよね!アナベル美人だもの。ホントに似合ってるわ」
お嬢様まで褒めだす。
「ほ、褒めてもダメですからね!」
セオドア様もお嬢様もきっとからかってるのです。そんなドレスが似合うとか絶対にありえません!わたしは動揺を隠して、キリッとして、お嬢様を見る。
「お願いよ。アナベル……国の一大事なのよ。今回は私が行かなきゃいけないの」
真剣な眼差しで見つめ返される。……昔からこの目に弱いんですよね。
わたしは嘆息した。
「セオドア様、お嬢様が無茶しないように、どうかよろしいお願いいたします」
「もちろんだ。それが仕事だから陛下もリアン様もお守りする」
そう淡々と答えるセオドア様。……仕事だから、役目だからとすべての基準はそこなのだろうと思った。
さっきの褒め言葉も仕事なのだからわたしにリアン様の身代わりをするようにと……きっと言ってくれたのでしょう。
わたしとセオドア様は元通りの関係になった……いいえ、もともとなにか特別なものがあったわけではありません。
これでいいのです。
あの日見た花火や食事に誘ってくれた時の気持ちはなかったことにする。
わたしは完璧に仕事をこなす。リアン様のために今までどおり、これからもずっと。
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