風が吹く日

 風が強い日だった。慌てて、メイド達が洗濯物を取り込む。


「晴れてるのに、こんなに風が強いなんて、洗濯物が飛ばされちゃう……キャア!」


 ハンカチが飛ばされる。あれは!お嬢様のお気に入りの花の模様のレースのもの!大変です!


 たまたま居合わせた私は飛んでいく白く小さい布を追いかける。


「アナベル!気を付けて!」


「わかってます。取ってきます!あれはリアン様が気に入ってるものなんです!」


 他のメイドが後ろからそう声をかけるけれど、夢中で追いかけた。


 やっと追いついたと思ったら、高い茂みに引っかかっていて、手を伸ばすけれど、とれない。無理やり取ったら破れてしまいそう。


 積み上げた石の上に乗る……後少し!


「これ、取るのか?」


 えっ!?と振り返りかけた。


「危ないから、そのまま動かないでいてくれ」


 聞き覚えのある声が背後から聞こえた。スッと私の手を追い越して、ハンカチを取ってくれたのは……セオドア様だった。やっと振り返ると至近距離にいて、ドキドキした。


「あ、ありがとうござい……っ!?」


 風がまた強く吹いた。


「今日は風が強いな。髪、乱れてる」


 私の茶色の長い髪が乱れて……ああっ!


「すみません。セオドア様の……」


 手首のボタンに髪が絡まってしまった。セオドア様はホントだなと冷静に言う。至近距離から離れられなくて、わたしはどうしていいかわからなくなる。


 顔を見れなくなる。ど、どうしたら良いんでしょう。ハンカチをギュッと握りしめる。


「あのっ……なにか切るものはありませんか!?わたしの髪を切ってください」


 そう言った瞬間、セオドア様はプチッと無言で自分のボタンを引きちぎった!?


「セオドアさま!?お洋服が!!」


「かまわない。頼めばボタンなどすぐに直してくれる。アナベルの髪を切るより良いだろう」


 ぎこちない指先でセオドア様が絡まった髪の毛をボタンからとってくれた。


「じゃあ」


 あっさり去って行こうとするセオドア様。


「ま、待ってください!せめてボタンを直させてください」


 慌てて、そうわたしは頼んでいた。針子をしているメイドのところへ行けばすぐにしてくれるのに……なぜ止めてしまったのだろう?


 わたしは裁縫箱を借りてくる。風の当たらないところで直す。


「へえ……早いな」


「小さい頃からしてますから。どうぞ」


 直した上着を渡す。手際を感心して見ていたセオドア様がボタンを触ってから言う。


「お礼に……今度、一緒に非番の日に夕食でもどうだろう?」


「わたしのせいですから、お礼なんていりません。それに先日、図書室で助けていただき、さらに今も助けてもらって、お礼をするのはわたしの方です」


 少しセオドア様が微笑んだ気がした。気の所為かしら?


「じゃあ、お礼に夕食に付き合って欲しい」


 ゆ、夕食を一緒に!?これは何かの……むしろお礼をするというよりご褒美じゃ!?どういうお考えなんでしょう!?


「それはお礼になりません。なにか他にしてほしいことなどありませんか?」


 わたしにできることなんて限られてるけど……セオドア様は首を横にして考えている。


「思い浮かばない。とりあえず一緒に食事をしてもらえないか?たまに城の外で食べたい日もある」


「城の外で……ですか?」  


 そうだと頷くセオドア様。それはわたしでもかまわないのでしょうか?それを問いたかったけれど、口には出さなかった。


 こうして、わたしは次のお休みの日にセオドア様と夕食を食べる約束をしたのだった。

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