推しを否定することなかれ!

 メイド達の休憩時間は賑やかで、今日も話に花が咲く。


「アナベルもちょっと来なさいよ〜」


 マリーがアハハハと楽しそうに笑って手招きする。テーブルにはお菓子やお茶が置かれ、他のメイド達も集まり休憩中だった。今日は話がやけに盛り上がっていて楽しそうだった。


「アナベルの推しって誰なの?」


 唐突にそう聞かれる。


「推し!?」


 一人のメイドが立ち上がる。確か陛下付きのメイドですごく真面目な人だったはずなのに、人が変わったようにいきなり熱弁を奮い出した。


「ウィルバート様はとても素敵です!リアン様一筋で、そこも良いんです!王としての厳しさとリアン様に対する優しい態度のギャップ萌え!時々、あざと可愛い笑顔をみせるんですよ!……リアン様にだけにですが、羨ましすぎます!完璧に手が届かない推しです。せつなすぎます」


「いやいや……手が届かないけど、推しは推すでしょ?推しの幸せが推してる者の幸せよ!」


 でも……と言ったあと、次は違うメイドが言い出す。


「三騎士のエリック様とか素敵じゃない?一番人気よね。声をかけても気分を悪くされるどころか、いつも手を振って笑顔をみせてくれるのよー!」


「あら!?三騎士のフルトン様も武芸が秀でていてたくましくてステキよ!ガッチリとしてて、筋肉フェチにはたまらないわぁ」


「三騎士のトラス様の知的な感じもよくない?賢くて腕も立つなんて!『君を一生守ることを誓います』とか、あのお声で、言われてみたいわー!」


 陛下の腹心である三騎士の名前があがりだす。やはり人気なのねと納得する。

 

「ガルシア将軍もイケオジでワイルドだし、意外と涙もろくて可愛いのよ」


「図書室のクロード様のメガネの奥の目に見つめられると、心の破壊力半端なかったわ」


 知った名前がどんどん上がっていく。そしてついに……。


「セオドア様は?」


「うーん、ちょっと近寄りがたいのよね」


「そうそう、綺麗な顔立ちしてるけど、何考えてるかわからないのよねー」


 ガタッと思わずわたしは立ち上がった。皆の視線が集中する。


「そんなことありません。とてもお優しいかたです」


 シーーンと静まり返る場。ハッ!とした。やってしまいました……つい、セオドア様のことを……。


 皆がにーっこり笑った。


「アナベルの推しはセオドア様なのね!」


「別に否定したわけじゃないのよ?セオドア様もすごく素敵よ!」


「そうそう!陛下のそばに佇む、あのクールな姿が良いわよね」


『他の人の推しを否定することなかれ!』


 そう誰かが訓示のように言うと『もちろん!もちろん!』と満場一致。拍手が沸き起こる。


 今日もエイルシア王国のメイド達は推し活で元気です。


 ちなみに調理場担当のメイドさんの推し方法はなんですか?と聞くと、お肉を少し推しの人の分を増やしてあげる……というささやかなる心遣いであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る