メイドの心はざわついて

「大量の本を頼んでごめんね、大丈夫だった?」


 部屋に帰るとリアン様がそう声をかけてくれる。


「あ、はっ、はいっ!大丈夫でしたよ!お嬢様、こちらの本を置いておきます。陛下からです」


「これ読みたかったの!そろそろ発売だと思ってたのよね。ウィルバートわかってるー!」


 お嬢様はキラキラと緑の目を輝かせて、本を持ってクルクル回る。ご機嫌のようだった。昔から普通の女の子が欲しがる宝石、ドレスなどよりもこういった物の方が喜ばれる。


 さすが陛下はお嬢様の好みを把握していらっしゃいますと感心してしまう。


 それにしても……先程はミスをしてしまい、セオドア様には申し訳ないことをしました。お礼をきちんと申したいと思っていたのに、恥ずかしくて目を見て言えませんでした。


 恥ずかしくて……まさか……あんなギュッと抱きとめて……。力強い腕を思い出す。頬が熱くなる。


「どうしたの?アナベル、なんか変よ?顔が赤くない?風邪?」


「元気ですっ!すごーーく元気ですよ!?いつもどおりですっ!お嬢様、お茶を淹れますねっ!」


 思い出してしまった。耳元で大丈夫かと囁く声まで……。


 だめ!思い出しては仕事に集中できません!わたしはプロのメイドです。お嬢様のために美味しいお茶を淹れる仕事を命がけでします!


 頭から必死にセオドア様のことを振り払う。


 ポットから琥珀色の飲み物を注ぐ。小さなお茶菓子の甘いクッキーを2、3枚ほどつける。


「お嬢様、どうぞ」


「ありがとう」


 そう言って、お嬢様が受け取り、一口飲んだ。


「……苦っ!渋っ!」


「えっ!?」


 どうしちゃったのよ〜とリアン様がカップを返す。どうやら葉っぱの量を間違えてしまったようです。


「もう一度淹れ直しします!」


「そうしてくれると助かるわ。珍しいわね」


 二度目はいつも通りできた。まさか……こんな簡単なミスをするなんて……今日のわたしはおかしいかもしれません。


 ため息をついてお嬢様を見ると、すでにもらった本に夢中だった。


「ウィルバート様はリアンお嬢様の好きな本をよくご存知なのですね」


 パッと顔をあげて、リアン様がうーんと困った顔をして苦笑した。


「ウィルバートは後宮から出れなくて、本屋に行けなくなった私に、たぶんだけど……気遣ってくれてると思うの」


「そういえば、本屋通いできなくなりましたね」


「だから、私が読みそうなもの、楽しみにしてるものを用意してくれるの」


 陛下とお嬢様はお互いになんの説明もなく、わかってるということなのですね……言葉を交わさないけれど、そこに何か見えている。


 セオドア様もあまりお話することが好きではないように思えます。わたしは理解できるのでしょうか?


 ……な、なぜそんなことをわたしは考えてるんでしょう!?


 変なことを考えてしまいました。


 でも何事もなかったかのように、お嬢様におかわりのお茶を注ぐのでした。

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