夕食は普段着で?

 約束をした日、お嬢様が気難しい顔をしていた。わたしが出かけても大丈夫なのかと一瞬躊躇ったが、リアン様が午後からお休みでしょうと勧める。


「お嬢様、なにか気になることがお有りなのてはありませんか?」

 

「……大丈夫よ。ちょっと先を読みすぎるのも疲れるものよね。いらない心配してるだけ。お休み、ゆっくりしてきて」

  

 ニコニコしながらそう言う手元には、何かの数字が羅列されている。紙とにらめっこしている。また難しいことを考えているのかもしれない。


 少し気になりながらも、わたしは深緑の派手すぎず落ち着きすぎない服を選ぶ。セオドア様がお食事へ行こうと誘ってくれたことにとても驚いた。また、普段着で良いと言われたものの、持っている服の中でも良いものを選ぶ。


 普段着で良いと言われても、セオドア様は伯爵家の方と聞いている。こんな格好で大丈夫でしょうか?どんなお店へ行くつもりなんでしょう?


 街に出ると、今日は満月で明るかった。王城も月に白く照らされている。


 ただお食事するだけなのに、ドキドキするのはなぜだろう。いつもお会いしてるのに緊張する。待ち合わせの城近くの広場では、夕食用のパンを売る人、楽しそうに酒の瓶を片手に話してる人、犬の散歩をする人、屋台で食事をする人などで賑わっている。


 その人たちの中に銀の髪をした端正な顔立ちの青年がいた。セオドア様だった。服装はラフな格好をしてるけれど、道行く人が足を止めて振り返るくらい素敵で貴族っぽい。わたしが隣に並んでもいいのでしょうか?そう……セオドア様は貴族で、わたしは平民です。いきなり分不相応に思えてしまい、足が止まった。


 躊躇ってしまって近寄れない。やっぱり辞めておくべきだった気がした。


 セオドア様はボンヤリと空に浮かぶ月を眺めていたかと思ったら、私と目が合う。……こちらに気づいた。


「やあ。アナベル」


「こっこんばんはっ!きょっ、きょうは誘ってくれてありがとうございます!」


 声が上擦ってしまう。


「いや、オレのほうこそ、突然誘って悪かった」


 じゃあ、行こうと言って歩きだす。貴族も出入りする高級店のある通りではなく………わたしも気軽に行くようなお店が並ぶ通りへと行く。


 ……こっち!?あれっ?


「ここだ『鈴鳴亭』。安くて美味いし、酒の種類も多い。エリックが教えてくれて、そこから常連なんだ。こういう店、大丈夫か?」


 普通の居酒屋だった。思わずわたしはクスクス笑ってしまう。セオドア様が首を傾げる。


「なんかおかしかったか?」


「いいえ、わたしもこういうお店が好きです。美味しくてみんなでワイワイ食べれるお店!入りましょう!」


 ???マークをセオドア様は浮かべている。変に意識していたのはわたしだけだったのかもしれない。並んで一緒にお店に入った。


「今日は素敵なお姉ちゃん連れかい!?」


 ふっくらとした女店主が出てきて、ニコニコしながらテーブルへ案内してくれる。


「オレは麦酒で……アナベルは何にする?」


「えっと、果実酒をお願いします」


 普通にサラッと注文しなれた感じだった。まさか伯爵家のお坊ちゃんとは誰も思わないだろうし、わたしは場の雰囲気にホッとしている。


 適当にツマミになりそうなものをセオドア様は頼んでいく。鶏の揚げたもの……好物なのかしら?


「なにか好きなものは?」


「わたしですか?なんでも食べますけれど……そうですね。甘いものもが食べたくなります」


 そう言うと、フッとセオドア様の表情が緩む。その表情の変化にドキッとした。最初にお会いした時はあまり表情がなく、冷たそうな人だと思っていたけれど、最近、すごく優しい顔をする時がある。


「甘いものも後から頼もう。意外とここ、デザートも美味いんだ」


「そうなんですね。楽しみです」


 会話が続かない……そう気づいたのはしばらくしてからだった。もともと寡黙なセオドア様なので、静かにお酒を飲んでいる。


 わたしもこんな時、なにをお話すればよいのかわかりません。男の方とこうしてお食事するのも無いことですし、困りました。


 お料理はとても美味しいし、周囲が賑やかなので、寂しい雰囲気にはなりませんが、このまま黙っていてもいいのでしょうか!?


 そんなことをグルグル考えていた時だった。


「えっ!?セオドア!?……と、アナベルさん!?」


 驚いた声がした。わたしとセオドア様は声の方を向いたのだった。

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