伯爵家の人形は困惑する
陛下の後ろに静かに、気配を殺し、常に控えている。また危険があると判断すれば自ら囮となる。
その役目を与えられたのは、かなり幼い頃だった。ラングリア伯爵家の生まれだったが、父がどこぞの娘に手を出して、産ませた子どもだった俺は、その母親からもいらないと言われ、伯爵家が引き取ってきた。
そんな生い立ちのせいか、小さい頃から疎まれ、いない者として扱われていた。または人ではなく壊れた人形のように。
下男と一緒に水汲みをし、畑や馬の世話をしていた。お金を払わなくて良い者を手にいれたと笑って父に言われたこともあった。
「坊ちゃん、一人で寂しくないでしょうか?」
そう一緒に働く下男に聞かれたことがあった。
「寂しい?それってどんなことなの?」
オレがそう尋ねると、なぜかショックを受けたような顔を相手はした。夜、寝る時に一人で粗末な小屋にうずくまる。それが寂しそうに見えたらしい。
「一人の方が良い。余計な言葉を聞かずに済むし、痛いこともないじゃないか」
そう言い返すと、そうですか……と下男は困った顔をした。何を困らせたのかわからない。
「おい!セオドア!」
そう声をかけられて、振り返ると木刀を持った義兄達がいた。嫌な予感がした。
「剣の稽古の相手をしろよ。おまえには先生がついていない。可哀そうだから、教えてやるよ」
「いやだ」
断ったのに、無理やり手に木刀を持たせられる。稽古ではない。オレの役目は兄たちが打ち据えるための人形だ。
「構えてろよ!」
ビュンッと音を立てて、木刀が足に当たって激痛が走る。カランッと手に持っていた木刀は地面に落ちる。足を抑える。
「ほらほら!がら空きだぞ」
腹を殴られて、ゲホゲホとせき込む。次はどこをやられる?顔を腕で庇えば腕が痛む……いつまでもやられてるわけにはいかない。いつか殺されてしまう。そんな危機感が俺を動かす。落ちている木刀を拾い上げて、カンッと弾いた。驚く義兄達。ズキズキ痛む足を引きずりながらも立ち上がる。
「なんだ……生意気な目をして!」
頭に振り下ろされる前に俺は義兄の懐めがけて迷わず木刀を横なぎにする。ぎゃあと言う声を同時に吹っ飛ばされる。うまくいった。
「セオドア!立場ってものをわかってないな!」
そう言ってとびかかってきた二人目の義兄も地面に這うことになった。その数分後、下男が『やめてください!死んでしまいます!』と止めに来るまで、兄たちを殴り蹴り続けていた。あたりは血だらけだった。
その数日後に父が言った。
「陛下が息子の身代わりに死ねる者を探している。おまえが行け」
死ねる者……死んでも良い者ってことか?父が俺の死を望んでいると知った。わかりましたと抑揚の無い声で答える。
なんて残酷なことをする子なの!?怪我をした義兄達が可哀想!と、義兄達を看病する義母は俺を睨みつける。
「この伯爵家の恥であり、いらない子なんだから、せめて死んで役にたちなさい」
はいと返事をすると、それも満足ではなかったらしく、手元にあったカップを投げつけた。頭にあたって、一瞬痛みが起こるポタポタと髪の毛からお茶の茶色い雫が落ちていく。熱湯じゃなくて良かったなとそんなことを痛む頭に触れて冷静に考えていた。
王家に行った時、俺をじっとしばらく見つめていた。二人きりになってから、ウィルバート殿下は口を開いた。
「なぜそんな傷だらけなんだ?」
答えることは不適切に思ったので俺は無言で下を向く。
「死なないでほしい」
え?と驚いた。顔を思わずあげた。自分の身代わりとして俺を欲しかったんだろう?要らないなら、いったいどんな生き方をしたらいい?俺は困惑する。死ねと言われたり死なないでほしいと言われたり……皆、勝手なことばかり言うなと思ったのだった。
だけど死ぬなと言ってくれたのは、この王子が初めてだ。なぜか泣きたくなった。もう涙なんて随分昔に忘れてしまったのに。
人形に涙なんて相応しくないだろう。
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