幼き王子の行く末は
「あなたにいらないと言われたら行く場所がもうありません」
ここでも必要とされないなら、どうして良いかわからない。あの家には戻れない。いらない人形が行きつく先はゴミ捨て場だ。
どこか冷めた目をしている王子、ウィルバート殿下は青い目を少し見開いた。
「ここにいたら影武者として代わりに命を落とすかもしれないし、僕は君に庇われて代わりに死んでもらうほどの者ではない」
「なにを言ってるんですか?王子でしょう?あなたがいなくなったら皆が困ります」
そうだ。だから影武者が必要なんだろう?変なことを言うウィルバート様だ。要らないのは俺の方だ。
「喜ばれるだろうな」
喜ぶだって?誰が??
幼い彼は苦い顔をし、そう呟く。そして周囲を見回し、誰もいないことを確認する。
「母が後宮で毒殺された。恐らく、他の王妃にだろう。僕もいつ狙われるかわからない。ここは危険だ。だけど、今はどうしようもない。子どもにできることなんて限られている。逃げることもできない。生き抜けるかどうか賭けみたいなものだ。それにおまえを巻き込みたくない」
同じ年頃のウィルバート様は心を隠すように淡々と抑揚のない説明口調でそう言う。
強くあらねば、ここでも生きていけないのかと感じた。殴られてやられてばかりでは死に近づくだけだ。ズキズキと兄たちにやられた傷が今になって痛みだす。
この王子を放っておけない。自分の中で見過ごしてはだめだと言うなにかが居た。
「巻き込まれてもけっこうです。どうか俺を傍に置いてください」
「今の話、聞いてたよな?」
「俺に死ぬなと言ってくれたのはウィルバート様が初めてです。また特別な役割を得て必要とされるのも初めてなんです。だから今までとは違う生き方ができそうだと思うのです」
うまく伝えられただろうか?自分でもわからない。
こんな俺にも、必要とされることがあったのだと、思ったこの感情をなんて言えばいいのだろう?親鳥をみつけた雛のような?いや……ちょっと違うか?今まで必要とされずに生きてきたからわからない。
シンと沈黙の時間が訪れる。ウィルバート様は少し躊躇った後、口を開く。
「傍にいても良いが、絶対に死ぬなよ。僕は母が殺された原因を知りたい。そして父王があまり政治に興味を持たれてないせいで、弱体化してる国を背負わなけばならない。危険はこの先数え切れないほどあるだろう」
小さな子ども同士が話すようは内容ではないものを先程からしてる気がする。ウィルバート様は急いで大人になろうとしている気がした。そうでなければここでは生き残れない。
「影武者が嫌になったり怖くなったりしたら逃げろ。許す」
そして一人で、戦うつもりなのか。ふと俺は一人で小屋の中でうずくまっていた自分を思い出す。
一人は寂しくないか?と下男に聞かれた時、俺はなんと答えた?この王子に同じ質問をしたらなんと答えるだろうか?
「……あなたが要らなくなるまで、お傍にいます」
王子は顔を歪めかけた。だが、表情を崩さないように我慢したのがわかった。
人形のような俺に死ぬなと言ってくれる優しさがある。身代わりに使ってくれて構わないのに人を思いやる心がある。
しかし俺にはわかる。このままでは優しさは孤独によって、どんどんかき消されていく。この王子はいずれ俺のように心を失くして空虚で人形のような王になるだろう。
俺にこの方の心に干渉できる力や変える力はないだろうが、見てみたい。この王子の行く末を。
どうか人形にならないで欲しいと願う。俺に唯一死ぬなと言ってくれた人だから……。
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