祭りへ行かずに祭りへ行く二人
『行きません』『行かない』
わたしとセオドア様の声が重なった。ブハッとコック長が吹き出す。
「陛下の身に何かあったらどうするんだ?」
「リアン様がお忍びでお祭りに行かないことを確認しなくてはいけません!」
「面白い二人だなぁ。いや……しかし王様も王妃様もこんな尽くしてくれる人が傍にいれば安心だなっと……よーし、そんな仕事熱心な二人に美味いもの作ってやろう」
セオドア様がわたし用の椅子を持ってきてくれる。空いてるグラスにワインを注いでいる。
「良いんですか?」
「少しの間なら構わないだろう……そしてコック長が言うには……」
コック長がフライパンに油をいれてジュワっと香りの良いハーブと肉を一緒に炒めだしていて、ニヤリとして言う。
「その上質なワインもこの食材もいつもより良いものだ。陛下が『祭りにもかかわらず、働いてくれる者たちに礼として良いものを』と特別に出してくれている」
さすがウィルバート様とセオドア様は口に出さないものの、得意げに頷く。コック長はホイッとお肉やチーズ、パン、簡単なサラダなどを出してくれる。
「しかし以前はそんなこと気がつく陛下ではなかった。時折、冷たい目をするのが気になっていたが、ある時から人を思いやるような方になった」
「そんな冷たい方だったとは思えませんが?」
わたしは心からそう思って言ったのだが、セオドア様は返事をしない。静かにワインを口に含んだ。コック長は白い頭をワシワシとかく。
「良い王になられたと思う」
パクパクと無言で食事をするセオドア様。わたしもこれをいただいたら、一度様子を見てこなくてはだめね。リアン様のことだから何をするか……。
「さすがにリアン様は大丈夫だろう。立場をわきまえてはいる方だと思う」
「そうでしょうか?」
そう言われながらもソワソワしてしまう。食事を済ませて立ち上がり、行こうとしたわたしの手をにぎ………握った!?思わず振り返るとセオドア様がわたしの手をとっていた。
「アナベル、ちょっと仕事の前に祭りへ行こう」
「わたしは行きませんよ!?」
「大丈夫だ」
何がですか!?と尋ねるわたしにセオドア様は無言で手を引っ張って行く。ニヤニヤとコック長が笑って見送る。
な、なんなのでしょう!?酔っ払ってはいませんよね?いつもと同じ顔つきなのですが……。
びゅうっと風が吹く。城の高いところまで階段できた。危ないからとセオドア様はわたしの手を離さずにいる。
「なぜこんなところに来たんですか!?」
静かに……とセオドア様が言う。その瞬間だった。ドンッという爆発したような音にキャアと思わず声が出た。空が明るくなった。
「は、花火?」
「そうだ。祭りの花火が上がる時刻だった。祭りの気分を少し味わえるだろう?」
別にお祭りに興味なんて……と言いかけて止めた。この人の手が温かくて、キラキラ光る夜空を見ると、相応しくない言葉に思えたからだった。
今、わたしが言いたい言葉は1つだった。
「セオドア様、ありがとうございます」
そう。感謝します。こんなわたしに気を使って花火を見せてくれてとても嬉しいです。
お嬢様にも見せて差し上げたかった。そう思ってしまうわたしは本当に重症かもしれないけれど。
「さて、ウィルバート様の様子を見てくるかな」
ここにも重症の゙方がいました!と可笑しくなった。
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