雨の日の帽子店
リアンお嬢様に会って、もう十年は経つでしょうか。あの雨の日に出会った瞬間は今でも忘れられません。
あの日は冷たい雨が降っていた。
穴が空いた口からは冷たい水が染み込んでくる。寒さに我慢できなくて、雨宿りがてら帽子店の゙軒下でうずくまっていた。
貧しい生活をし、仕事はなにかないか?仕事をくださいと聞いては周り、針仕事をもらったり掃除をしたりし、小銭を稼ぎ、家族のために働いていた。大きくなればもっと稼げるようになるだろうけどと、幼いわたしは歯がゆくもあった。
帽子店の前に立派な馬車が停まる。中から降りてきたのは金の髪に緑の目をした上質のお人形さんのような美しい幼い少女に目を奪われる。目が離せない……パチッと目が合った。
慌ててわたしは目をそらす。少女はこぎたないわたしになんて、興味なかったのだろう。父親と思われる人物と一緒に帽子店の中へさっさと入っていった。
貴族と平民……こうも暮らしぶりが違うなんて。あの子はきっとお腹を空かせたこともないし、不自由もなくて、欲しいものはなんでも手に入っているのよね。
わたしは毎日パンが食べれるか心配する日々なのに……。羨ましいような惨めなような気持ちが湧いてくる。
「おい!店の前にいられちゃ、感じが悪い!さっさと行ってくれないか!?」
帽子店の店員が出てきてしまった。わたしは慌てて、立ち上がる。すいません、あと少し雨が止むまで居させて下さいと頭を下げる。
「陰気臭くなるだろう!?商売の邪魔なんだよ!」
「あの……なにかお仕事ありませんか?針仕事でもお掃除でもなんでもします」
そう言ってみるが、相手にされず顔をしかめて手でパタパタあっちへいけ!と野良猫にするようにされた。
その時、キイッと帽子店のドアが開き、出てきたのは先ほどの身なりの良い美しい女の子だった。
「雨宿りくらいさせてあげても良いじゃない。それくらいで減るような売上なら、それまでの店ってことよ」
「こら!リアン!またおまえは余計なことを言う!」
後ろから現れたのは女の子のお父さんらしき人だった。
「しかし、まあ、こんなびしょ濡れの小さな女の子を追い払うのは、紳士らしくないだろう」
「クラーク男爵、そう言いますが、ここにいられちゃ困りますよ。仕事斡旋所じやないんですからね!」
ジロッと可愛い美少女は店員を見てから、ニッコリ父親に笑いかけた。可愛い笑顔なのになぜか父親の方はイヤ~な顔をした。
「お父様、私はこの子が欲しいわ。ねえ!お仕事探してるなら、家に来ない?」
「は!?リアン何を言ってるんだ!?猫の子を拾うのとは理由が違うんだぞ!」
「お父様、先ほどびしょ濡れの子を追い払うのは紳士らしく無いと自分でおっしゃったばかりですわ!言葉をすぐ覆す大人は信用されませんわよ。この子を私付きのメイドにしたいんです。お父様いいでしょう?」
この可愛い見た目とは裏腹に父親相手に交渉をしていく。小さい子どもなのに、大人顔負けの会話をする。なんだかすごい子だとわたしはポカンとした。
「まあ、おまえ付きのメイドの゙6人目がやめたところだしな」
「数えないでくださいます?」
「試しに雇ってもいいが……そこの娘、どうする?我が家でも一番おかしな娘にスカウトされているわけだが?メイドとして働かないか?」
わたしの返事はもちろん決まってきた。
この日からリアン様はわたしの主人となったのだった。
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