第32話 男子でのお出かけ

 今日は配信が休みだったのでお出かけをしていた。先輩に誘われてお昼に遊びに行こうとのことだったので原宿に来ている。


 原宿なんて公演以外で来たことがない。若者の街だし、女子が多いし、物価が高い。いや、物価が高いのは東京ならどこでもそうなんだけど。


 その先輩とはポラリス先輩と音無先輩だ。2期前半組の男性陣ということで二人は仲が良く、しょっちゅう遊びに出かけているらしい。


 待ち合わせ場所は駅近くの喫茶店だ。そこで軽く食べてから出掛けようという話だった。顔写真と今日の服装を事前にもらっているので生で会うのは初めてだが問題なく合流できた。


 ポラリス先輩はガタイのいい、それこそジム通いでもしているのかというほどの筋肉質な長身の男性。髪もさっぱりとした短髪でトゲネズミのような跳ねたようなヘアースタイル。ワックスでも使っているんだろう。黒髪で真面目そうな人っていうのが第一印象だった。


 音無先輩は眼鏡をかけた優しそうな人だ。ポラリス先輩とは真逆で線が細く、でも背は高い。学者さんのような雰囲気をしている襟足まで伸ばした髪が特徴の男性だった。


 二人とも俺に気付くとポラリス先輩は大袈裟にブンブンと手を振り、音無先輩は小さく振るだけだった。こういうところでも対照的な二人だ。


「お疲れ様です。鎌田かまだ先輩、音無先輩」


「オウ、お疲れ、キヌ!まあ座れや」


「やあ。初めまして絹田君。鎌田さんが煩くてごめんね?」


「いえ、元気なことはいいことですよ」


「だろ?やっぱ人間、健康が一番なわけよ」


 二人の対面に座る。


 鎌田とお呼びしたのがポラリス先輩だ。流石にこんな外で純日本人の人を明らかな洋名で呼ぶわけにはいかない。そういうことで本名の鎌田先輩と呼ぶことにしてある。


 本人的にも本名がバレることはいいとのスタンスなので外では全員鎌田と呼んでいるようだ。配信の時は気を付けないと。


 ポラリス先輩は俺とやったガチャ配信の後から俺のことをキヌと呼ぶ。皆リリの方で呼ぶからこっちで呼ぶ人がいても良いだろうとの判断だった。なんだかガチャ配信で大当たりを出したらしくてめちゃくちゃ感謝されている。


「俺と音無先輩は芸名なのにすみません。配慮ありがとうございます」


「気にするな。そういう意味じゃ和名にすれば良かったかーとも思うが、まあいいさ。今の姿は気に入ってる。それと、音無は本名だぞ?」


「え?芸名と本名を同じにしてるんですか?」


「一番呼ばれ慣れているので。下は流石に違いますよ?」


 いや、だとしても。ライバー名で本当の名字を使っている人がいるとは思わなかった。音無って結構珍しい名字だし、身バレとかしないんだろうか。


「むしろ絹田君は本名じゃないのかい?」


「名前も名字も変えていますね。身バレが怖いので」


「あー、前職の関係か?映像媒体が残ってるっていう」


「あまり主要な役ではなかったんですけどね。一応有名な劇団にヘルプで出ていたのでいくつかは映像作品として残っているんですよ」


 ちょっとしたヤラレ役などでも舞台で人が必要と言われたら派遣されていたので俺は5作品ほどDVDになるような劇に出ている。それを完パケの時にいただいているので確実に言えるのがその5本。


 それ以外にもDVDにはなっていないものの劇団の公式チャンネルなどで公開されていたり、劇団のファンクラブなどに入った人向けの何かしらの映像として残っているようなことがあるらしい。その辺りは前の会社の社長が全部扱かってくれていたから詳しくは知らない。


 俳優なんていくらDVDが売れようと追加報酬なんて貰えない。一回の仕事に対するギャラで終わりだ。そういう売り上げは販売会社とかに持っていかれる。


 事務所の人たちには俺が元俳優だと知られていた。FORの残り2人から女性陣に知られて、そこから同期の男性陣に知られたらしい。表で言ってないだけで隠してるわけじゃないから良いけどさ。


「鎌田先輩は元自衛官、でしたっけ?」


「防衛大を出たようなエリートじゃなくて、高卒入隊だからヒラのヒラだったけどな。どうしてもお金が必要だったから自衛隊に入ったけど、まあキツイし安い。無理する必要がなくて辞めて、その後は警備系の仕事もやってたんだけどそっちも安くて夢がなくてなあ」


 だからライバーになったらしい。どこもかしこも世知辛い世の中だ。


 座っても何も注文しないのはまずいということで俺もカフェオレを頼む。春になったとはいえ今日は天気が悪いのでホットにした。


「音無先輩は大学生でしたっけ。楽しいですか?大学」


「まあ、割と暇かな。文系の大学生は割と暇ってよく言われるけど、確かに暇だね。教員免許さえ取らなければ空きコマが多くて割と自由だ。だからこうしてライバー生活ができる」


 音無先輩は現在大学三年生だとか。ゼミ以外にほぼ授業がなく、調べ物以外が暇なので空いている時間で配信をしているらしい。


 文系の大学生はほとんど暇らしいけど、唯一忙しいのは歴史系選択の人らしい。歴史マニアの巣窟のようで資料の読み込みを大学に泊まり込みでやっているとか。そんなことをするのは実験をやりまくる理系だけらしい。むしろ理系はそれが常識なのかと驚いた。


「大学って楽しいですか?俺、高卒なのでわからなくて」


「好きなことができるというのは楽しいよ。ただ勉強が好きじゃないとつまらないだろうね」


「うーん。なら俺は行かなくて良かったですね。あまり勉強が好きではないので」


「キヌもか?勉強ってたるいよなー!」


「俺なんて授業をそこそこに、嫌いな先生の授業ではずっと演劇の台本を読んでいましたよ」


「俺もかったるい授業は全部寝てたなー。そのせいで先生には怒られまくったわ」


 勉強が好きなことはそれだけで才能だと思う。俺は高校生の頃には演劇に夢中だったから授業なんてテストで最低限の点数が取れれば良いって諦めていたからな。


 ポラリス先輩も同じ感じだったらしい。勉強が向かない人もいるだろう。


 コーヒーを飲みながらも雑談は続く。


「そういえば音無先輩はウィザード&モンスターズの紙のカードは持ってるんですか?」


「持ってますよ。デッキも対戦用と観賞用と趣味用でいくつかあります」


「観賞用って、キャラ再現デッキとかですか?」


「そうですね。いわゆるファンデッキみたいなものです。ああ、そう。事務所にデッキは持って行かない方が良いですよ?やりたい人が集まって突発大会が開かれてスタッフも参加のバカ大会になって翌朝まで戦っていたんですから。しかもその後そのままカードショップに欲しいカードを集めに行く始末ですよ?そんな熱意があるからこそ今回はスポンサー付きの大会ができているんでしょうけど」


 今回の案件大会ってそういう下地があったからなのか。


 それはちょっと参加したかったな。俺は強いわけじゃないけど、色々な人と戦うのは楽しい。


「特にオーフェリア先輩には気を付けなさい。カードを与えてきますよ」


「……与えてくる?一緒に買いに行くとかではなく?」


「一緒にカードショップに行ったら全部奢ってくるんですよ。事務所でばったり会った時なんて数年前のプロモカードを渡されました。あの人、金銭感覚バグってるんですよ。良いところのお嬢様なので」


「お嬢様って実在したんですね」


 そんなお金に糸目を付けない人って本当にいるんだな。霜月さんと水瀬さんからも聞いたけど、一緒に行った高級な料理店のお代も全部払ってくれたらしい。ライバーとしての給料が良いからってだけじゃないんだろう。


 二人とも本物のお嬢様みたいだったと言ってたし。育ちが良いだけではないんだろう。


 カードを与えてくるのは、正直やめてほしい。集める楽しみとか、一期一会の出会いとかを大切にしたいからカードショップ巡りとかもしてるんだし。


「鎌田先輩はカードゲームやってないんですか?」


「やってるけどウィザードじゃないんだよ。だから今回の大会はパスした。デュエキングをやってるんだが、キヌはやってないか?」


「内容はなんとなく知ってますけど、やったことはないですね。お金がなくて2種類のカードはできなかったです」


「そりゃそうだ。大人にならないとできない趣味ってあるよなー」


 趣味はお金がかかる。やりたいことがあっても金銭面から諦めることなんて良くあることだろう。


 俺も俳優時代はゲームの種類もかなり絞っていたし。それくらいしかできなかったのは金銭面もあるけど、時間の問題もある。今のように時間の余裕はなかったし、劇団に所属していない時間のほとんどをアルバイトに当てていたからゲームなんてそれこそ『ウルプロ』くらいしかできなかった。


 カードも高いからなぁ。カードはもちろん、デッキケースやスリーブなど数が必要な物も多い。新弾が出れば欲しくなるし、商売が上手い。


 片手間でできるものもあるけど、時間も労力もお金もかかる趣味ってあるよな。お金で解決もできないとなるとその趣味を諦めたりもする。時間もお金も有限だ。


「エクリプスでデュエキングやってる方、いないんですか?」


「ライバーだと、オーフェリア先輩だけだな。あの人、ほとんどのカードゲームに精通してるぞ」


「それは凄い。本当にお金持ちなんですね」


「いろいろなカードゲームの、複数のデッキを持ってるぞ。しかも事務所にトランクでおもちゃを詰めてるからカード以外でも誘ってくるぞ。専用のスタジアムとか、TRPGとかなら事務所に無限に置いていってるらしいし」


「おもちゃ屋さんなんですか?」


「その異名もある」


 オーフェリア先輩はどこを目指しているんだろう?事務所にゲームはもちろんボードゲームがたくさん置いてあったのはオーフェリア先輩の物だったんだな。


 そういう対戦相手を求める物をたくさん趣味にしている人は心の奥底で人との触れ合いを求めているみたいなことを心理解説の本で読んだ覚えがある。今度会った時はそれとなく関わった方が良いのかもしれない。


 でもまだ会ったことないんだよな。配信では話したことがあるけど。あの時は音楽ゲームのガチャ配信にお呼ばれされただけであまり詳しくない。いや、先輩ライバーの皆さんのことはあまり知らないんだけど。


 ちょっと配信を見させてもらっただけで、どんな声かは知ってるけど詳しいプロフィールは知らない。


「知らないことばかりだなぁ」


「俺たちも全然知らないし。詳しいのって同期のことくらいじゃないか?」


「確かに。ワタシたちは活動期間が短いので先輩方とのコラボの回数は数えるほどですし。相性とかもありますからね。リスナーは敏感なので割とバレたりもしますし」


「ですよねえ」


 コラボの難しいところだ。化学反応が起きて2人とも良い結果になることもあれば、ギクシャクしてしまって次に繋がったりもする。その辺りはリスナーも敏感で結構お便りやコメントを寄せてくる。


 俺は今のところ相性悪い先輩はいないんだけど。


「キヌは同期の二人と仲が良いよな。ケイみたいに女子が多くて男性が少ないとやっぱり大変か?」


「ケイ先輩も男子1、女子2ですからね。大変かどうかはどうでしょう?俺たちは集まれれば一緒にご飯とかに行きますし」


「3人でですか?それとも個々人で?」


「3人で行きますよ。2人でっていうのは1回だけです」


 正直にそう言うと、目の前の大人たちがにまぁという擬音が聞こえてきそうなほど口角を上げていた。


 どうせ知ってることのくせに、まだ弄ってくるんだから。


「そうそう。キヌが、デート誘ったんだもんな?」


「カラオケデートなんてワタシしたことありませんよ。同期想いですねえ」


「そうしないといけなかっただけです。お2人は同期と一緒にご飯に行ったりするんですか?」


「ご飯くらいは行くけど、女子は怖いぞ……。仲は、どうなんだ?」


「遠慮はないですよね。ワタシたちの同期ってちょうどワタシたちの中間の歳なのでワタシは下僕で鎌田さんはお財布と思われてます」


「それはまた。まあでも、異性ってこともあって気を遣う場面はありますね。ガチ恋勢も多いと聞きますし」


「女子のガチ恋勢は、マジで多い。苦情なんて山ほど来るぞ」


 そこはどこも変わらないか。俺の時は表の不倫騒動で一際大きく騒がれただけで、同じようなお気持ちメールみたいなものは誰でも貰っているんだろう。


 エクリプスの女性陣はかなり人気でガチ恋勢が多いという。Vtuberのリスナーは割とガチ恋勢になりやすいとは聞いている。リリにもガチ恋勢がいるというのだ。「現実で会えませんか」みたいなSNSへのメッセージがあったからスパムかなと思ったらガチ恋勢だったらしい。


 いや、1ファンに会いに行くわけないのに。


 逆に霜月さんと水瀬さんのところにリリのガチ恋勢がリリに近付くなみたいなコメントを配信でしていたらしい。速攻ブロックしたようだけど。


 他の人に危害を加えたらそれはもう恋じゃないだろう。


 恋と愛はなんでも許してくれる免罪符じゃない。


「水瀬さんは歳下で、霜月さんは歳上ですもんね。何か困ったりしてます?」


「いえ、特には。2人とも性格が良いので困ったことはないですね。むしろライバーの恋愛弄りの方が困ってます」


「やっぱり嫌です?」


「大々的にやっちゃったからしょうがない部分はあるだろ。実際その日から霜月さんは笑顔が多いし」


「まあ、そこだけは困ってます。流石に恋愛沙汰を表には出せないでしょう」


「え?付き合ってるの?」


 言葉チョイスを失敗したな。


 こういうところが作詞とか台本作成で上手くいかない要因なんだろうな。


「いえ、付き合っていません。でも、俺だってそこまで鈍感ではないので察せるところはあります」


「ああ、気付いてはいるんだ。好み云々じゃなく、活動のためって感じか?」


「そうですね。あとは個人的な事情で恋愛からは一歩引いておきたくて。他人のことだったら祝福とかもしますけど、自分だと今は恋愛をする気がないというか」


「恋愛にトラウマでもあるんですか?」


「まあ、少し」


 不倫とか不倫とか不倫とか。


 恋愛の延長線上で俺の夢が潰えたんだからトラウマにもなる。霜月さんが悪いわけじゃなく、時期が悪かったと思ってほしい。


 彼女は自分の容姿に自信がなさそうだけど、十分に可愛らしい人なんだよな。なんだか水瀬さんを女子高生だからと神聖視しすぎてるだけな気がする。


 それか、彼女も過去のことから自信が持てないのか。


 そう考えると過去に脛があるという、似た者同士なのかもしれない。


 コーヒーを飲み終わって、主目的である洋服の買い物とゲーセンに行く。洋服は若者向けの店が多かったので何着か買い、ゲーセンで音楽ゲームでぼろ負けした後にダンスゲームでは圧勝した。


「リズム感がないのに何でダンスゲームはそんなに上手いわけ?」


「前職でミュージカルなんか参加したらずっと踊ってましたからね。歌はともかくダンスはかなりできますよ」


「それで歌が下手な意味がわからないんだが?」


「得手不得手は誰にでもあるってことですよ」


 ゲーセンで十分遊んで解散となる時に、駅まで向かいつつ衝撃的なことを知る。


「え、宗方先輩って16歳なんですか⁉︎見えない!」


「そう、全ライバーで最年少。社長が親戚から預かった?とかで高校に行かずに社長のことを手伝ってたらライバーにさせられたとか」


「彼は年齢を公表していませんからね。ワタシも知った時は驚きましたよ。歳下には見えないなぁって」


「そうですよね。水瀬さんが高校二年生になったので今年17歳。ということはあの二人が同い年?」


「だよなぁ。年齢詐欺だろ」

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