第31話 案件配信『フォースター様の商品をご紹介!』

 今日は珍しく事務所に来ている。久しぶりの案件配信で、しかも今日は1人だ。前の案件配信はFORの三人でやったけど、今日はたった1人。


 まあ、内容的に俺以外誰ができるんだって種類の案件だからしょうがないかと思うけど。


 相手様の企業の方と話しつつ、ウチのスタジオで配信の準備をする。しかも物が物のために1人なのに作業スペースとかが作られている。


 既にSNSで告知をしているけど、大体の反応が「え?」みたいな感じだ。他の人はモニターとかパソコンの付属品とかを案件として貰っているのに俺は何でこれなんだろうか。


 頂いた仕事だからきちんとやるけど。


 事前説明も受けて、使い心地も確認して。試作品を作っていくと案件先の担当者に褒められた。


「へえ。絹田さん、器用ですね。舞台経験があるとは聞いていましたけど、こういうのも作成されていたんですか?」


「稽古の暇な時に手伝っていたくらいです。自分の出番じゃなければ小道具作ったり、舞台背景用のベニヤへペンキ塗りとかやっていましたよ。役者として成功しなければそういう裏方で生きていけるようにと、結構仕込まれるんですよ」


「現場に話を聞きにいくと結構いらっしゃいますね。元役者って方」


「売れるのは極一部ですから。まあ、自分もこうしてその一部になれなかった側の人間ですけど」


 そう自虐する。結果が全ての芸能界で、運に見放された結果とはいえ俳優を続けることはできなかった。


 その失敗の延長線上に今の自分がいることはわかってる。だからこそ仕事を貰えてありがたいなと感謝の気持ちを持って仕事をしていた。


 ぶっちゃけ、俳優単品の仕事よりお給料が良い。


 俳優は仕事にありつけられなかったこともあるし、舞台とかは準備期間が長い。それに比べて配信者はこういう案件配信でのギャラや、配信ごとに配信サイトから貰える再生回数に準じたギャラと、スパチャが収入として貰える。


 事務所を通して適宜引かれたお給料だけど、エクリプスという箱がかなり大きいためにお給料はそれなりに良い。これでまだできたばかりの事務所だと考えると大手の事務所の売れっ子ライバーさんはどれだけお給料を貰っているんだろうと考えてしまう。


 顔出しの配信者さんの年収とかも公表されてたりするけど、その金額は本当に合っているのか二度見してしまうこともあった。


 エクリプスは定期的に案件をもらってくることと、グッズ販売も好調なために安定しているのだという。今では様々なVtuber事務所が乱立しているために零細企業だと登録者数も視聴数も稼げないらしい。社長やスタッフさんの営業とライバーの頑張りでその辺りは変わってくるようだ。


 そういう意味ではエクリプスは当たりの事務所だろう。


 時間になったので配信を始めていく。


「皆さんこんばんは。エクリプス所属3期生絹田狸々です。今日は案件配信ということで、株式会社フォースター様の商品を紹介していきますね」


『案件配信だー』

『隙間産業を埋めていくのいいぞお』

『これ、どこに需要あるんや?』

『一部の人間にはある。学生とか』


 コメントもちょっと微妙な雰囲気か。


 まあ、一般人は使わないような商品だからな。でも最近は結構需要あると思うんだけど。


 我が家には置いてないけどね。


「株式会社フォースター様は日曜大工から建設、舞台などの小道具作成に用いる便利グッズの販売・貸し出しをしている企業になります。今回は多数ある中から2つの商品をご紹介したいと思います」


『このタヌキ、発音と滑舌良いな。聞き取りやすい』

『お、初見か?囲め』

『案件だといつも見ない勢が見たり、その逆で興味ない商品だと普段見てる連中が見なかったり一長一短だよな』


 画面を動かしていくのはウチのスタッフさんだ。まずはグルーガンという、百均にもあるような接着剤のような役割を果たせる工具だ。その画像がスライドで現れる。


 形としては小型の銃に似ている。百均の安い物だと本当に小さいけど、今回は本格的な物なので結構デカイし重い。


 安物だと銃身がプラスチックの物になっているが、今回の物は金属製だ。だから子供だと使いにくいかもしれない。


「はい。こちらグルーガンという道具になります。スティック状のプラスチックを後ろの部分から入れて熱で溶かして、物と物を接着するための機材です。こちらかなり大型で舞台芸術のためのものですね。ボンドとかと違って簡易接続なので強度はあまりありません。でも布同士をくっつける時に自然にくっつくので重宝しますよ」


『へえ、知らん』

『学祭の時に使ったわ。安いやつ』

『ボンドとかでくっつけると変色するからな。その点グルーガンは透明だし変色しないから使いやすい』


 コメントでも解説してくれるのはありがたい。ただ配信を見ている人がチャット欄を見ているわけでもないので、伝えなくちゃいけないことは自分の口で説明しなくちゃいけない。


「一番の利便性はその即効性ですね。くっつくまでがとても早くて、応急修理などでは重宝されます。他の接着剤だとくっつくまでに少し時間を置いたりドライヤーを使わないといけないんですが、これは本当にすぐくっつきます。なので舞台での応急手当てとして欠けたヒールを直すのに用いたりします」


『舞台裏には必須。何があるかわからないし』

『作業的にも便利なのよ。手芸とかでも使えるし』


 俺もよく使っていたし、本来の目的以外にもかなり使えるから重宝する。その使い方は改めて後でやる。


 この大きいのは手芸では使いにくいけど、小さいサイズの物もある。そっちは後で紹介する。


「欠点はさっき言ったように強度があまりないこと。熱する関係でコードを差す穴が必要なこと。あとは陶器とか一部の物には使用できないことです。後で実際に物をくっつけてみるのでそれで確認してください」


『実技あるんか』

『パソコンとかでの案件では動きを見るけど、日曜大工でも見させられるんか?』

『Vtuber、だよな?』


 Vtuberなんだよな。


 割とインターネット系のお仕事もあれば化粧水とか香水とかの日用品を案件としている人もいる。


 企業さんからすればこうして宣伝して労力に見合った売り上げがあればプラスなので積極的に案件を出す企業もある。ゲーミングパソコンを出しているパソコン会社なんてほとんどのVtuber事務所に案件を出していたりする。


「今紹介したグルーガンですが、こちらよりもコンパクトサイズのX-13型というものがあります。こちらは手に持ちやすく軽いタイプですので手芸などにはこちらの方がいいかもしれません。ただ出るプラスチックの量が少ないので小さい物への作業ならこちらが適していますが、舞台での応急処置となるとさっき見せたX-14型が適しています」


『適材適所よな』

『俺持ってるのX-13だったわ』

『自作編みぐるみとかぬいぐるみとかパペット製作だとグルーガンめちゃくちゃ役に立つ。今FORのパペ作ってるけどめっちゃ使ってるよ。X-13』

『自作勢⁉︎』

『やっぱファンでもすごい人がいるなぁ』


 グルーガンの商品説明はここで終わり。次の商品も舞台関連で裏方の人なら持っていたい商品だ。


 スタッフさんにお願いして、スライドを移してもらう。


「続いての商品はこちら。マルチツールドライバー。プラスドライバーやマイナスドライバーなど状況に応じて切り替えなければいけませんが、こちらは各種ドライバーが5種類に六角レンチも3種類、それに小型トンカチにもなってカッターも付属している10ツールアイテムとなっています。今からスタッフさんが切り替えをしてくれるので実際に見てください」


『それだけあれば舞台の裏方には十分だ』

『カッターあるのマジで助かる』

『流石にプレスはつけられなかったか……』

『プレスつけるなら電動の方が良いから別で用意した方がいい。それにプレスだけでかなり大型になるから重くて邪魔になる』


 スタッフさんの準備ができたようだ。黒い手袋を着けて商品を持っている。


 そしてメカみたいにボタンを押すとクルクルとドライバーが入れ替わる。順番にしか出てこないけど、本当に必須なものが揃っているからこれを1つ持っているだけで裏方としては大助かりだ。


 これが本当に便利で、裏方の時は同じ商品を貸し出されたほど。一々工具箱を開かずにあれだけ持っていれば色々な作業の手伝いができるから時短になる。特に六角レンチなんて小さいから失くしやすい。それを防げるという意味でも嬉しい。


 裏方はポーチに色々な工具を入れているんだけど、インカムという内線用の機材とペンライトにテープなど入れておくべき物が多いのでごちゃごちゃするよりも1つに纏められるならそっちの方が良い。


『カッケー!』

『男のロマンよね』

『そのギミックだけで欲しいわ。実用性は……後から考えるか!』

『ポチった』


「スタッフさんありがとうございました。10種類の詳細な情報はこちらのスライドとサイトの詳細情報からご確認ください」


『フォースターのサイト、落ちてるけど?』


「え?」


 なんとフォースターさんの公式サイトが落ちているらしい。公式サイトの方で通販もやっているので欲しがったファンが殺到した、ということだろうか。


 案件配信だったからか、この配信に7000人も集まっているみたいだし。


 フォースターさんのスタッフさんも想定していなかったのか、スタジオで慌てている人が多い。多分そこまで強いサーバーを使っていないんだろう。


 主な客層が演劇関係者ということでその人たちはサイトを通さず直接契約で買い入れると言っていた。一般人用に一応公式サイトを用意しておいたけど、最低限だったためにアクセス集中に耐えられずにパンク、と言ったところだろうか。


「あー、皆さんちょっとサイトへのアクセスは一旦やめていただいて良いですか?こちらで商品の詳細を話させていただきます。お値段も見ずに買いに行こうとしないでください。皆さんはスパチャといいちょっと財布の紐が緩すぎますからね?」


『お?スパチャ送ったろうか?』

『案件配信だからできないんだよなぁ』

『明日の朝の配信、覚えておきなよ。リリちゃん』

『推しが紹介する物は買うのがファンとしての当たり前では?(グルグル目)』


 ちょっと順番を変えてお値段のページに移る。


 グルーガンの大きいのが4000円、小さいのは1300円。10ツールは3200円だ。これが安いかどうかはお客さん次第。


 ちなみに長く使うという意味ではグルーガンの小さいのはかなりお買い得だったりする。百均のものは百均と言いつつ300円くらいするんだけど、それは本体が熱に耐えられずに1年保たずに壊れることがある。大量に使うと詰まりを起こすこともあるのでそこは安いからこその弊害とも言える。


 けど専門店が作っているだけあって今回の商品はしっかりしているし、使用頻度の割に壊れないから重宝されている。壊れない物というのは現場からすれば本当にありがたいものだ。


 あと、グルーガンは専用のプラスチックが必要だが、それらも別売りで販売されている。本体を買えば一定数ついてくるから足りなくなったらまた買ってくれというくらいのものだ。大きいグルーガンを買わなければ正直ついてくる分だけで基本は足りる。


「サイトが復活するまで僕の実演の時間になります。カメラが切り替わったかな?ここに木材があります。ここの上にこの切り絵を重ねて、空白の部分にグルーガンをつけていこうと思います。絵は見えてるかな?」


『見えてるー』

『見覚えあるな』

『っていうか宗方じゃん。うっま』


「こちら、1期後期組ネムリア・ファムタール先輩に描いてもらった宗方先輩になります。これにグルーガンで埋めて、その後スプレーで色付けしていきたいと思います」


 まだコラボをしたことのない、というか唯一話したこともないネムリア先輩に描いてもらった絵を、スタッフさんに切り絵にしてもらって宗方先輩の顔を描いてもらった。


 何で同期の絵を描いているのかというと、ネムリア先輩がちょっと特殊枠だからだ。ネムリア先輩と宗方先輩は1期後期組どころかエクリプスの中でも特殊な立ち位置すぎる。


『ママやん』

『てんてえや』

『同期でママって不思議な関係だよな』

『絵が描ける人は多いけど、ネムリアはちょっと特殊というか』

『むしろネムリアはそっちが本職。配信全然してないじゃん』


 そう、ネムリア先輩はイラストレーターが本職で、人数合わせのためにVtuberになった人でもある。だから配信をあまりとらず、お絵描き配信と作業配信ばかりの人だ。たまに同期とコラボをしているだけなので俺はコラボのタイミングがなかったし、会ったことも話したこともない。


 今回のことはスタッフさんにお願いしたために、チャットでお礼を伝えただけでそれ以上の関わりはなかったりする。


「じゃあまず、大枠を大きなグルーガンで埋めていきますね」


『手がちゃんとタヌキなの笑うw』

『お、うめえ』

『これなにやってんの?接着剤でしょ?』

『待て、しかして希望せよ』


 まずは切り抜かれている空白にグルーガンを入れていく。1本じゃ足りなかったので複数本使って大枠を埋める。その後細かい部分を小さいグルーガンで埋める。切り絵がくっついていないことを確認した上でグルーガンの出番は終わり。


 黒いスプレーを用意して切り絵の上から吹きかける。全体にムラなく塗って、切り絵を剥がす。そちらはそちらで保管して、木材の方をカメラさんに抜いてもらう。


 木材に浮かぶのは黒線で縁取られた宗方先輩の顔面が。しかもその線が光沢を放っているのだ。


 これがライトの当て方で遠くからも綺麗に見えるのでグルーガンによる絵の作成はプロでもやっていることが多い。手芸で特に好まれている。


 プラモデルでも光沢を出したくて敢えてグルーガンでクリアパーツのツナギをやっているという職人もいた。使い方は人それぞれだ。


『おおーっ!綺麗に抜かれてる!』

『光っててかっけえ』

『グルーガンってこんなこともできんの⁉︎ただの接着剤だと思ってた!』


「まあ、ざっとこんなものですよ。こんな感じで芸術には必須の工具です。日曜大工にも使えますし、ぬいぐるみやパペットの修理もこれで綺麗にできますよ。皆さんの推しのパペなどの修理にいかがですか?」


『買った!』

『買いたいんだけど、まだサイトが落ちてるねん……』

『そりゃこんな宣伝されたら買いに殺到するわ』


「あれ?」


 サイトのアクセスを減らそうとした実技だったのに、むしろ作業中に欲しくなった人が増えて結局二度目のサーバーダウンを引き起こしたらしい。サーバーが弱すぎる。


 案件配信は結果的に大成功ということで、フォースターさんのスタッフには喜ばれた。


 今回作った宗方先輩の木材と切り絵は事務所に飾られることになる。それとリハーサルで作ったリリの切り絵と木材をSNSに流したらそっちも好評だった。


 だから協力してくれた宗方先輩とネムリア先輩にお礼を言う。


「ご協力くださりありがとうございました」


「拙者はなにもしてござらん。母上が描いてくださっただけだ」


「私としてはリリ君のママのヴィクトーリアさんと話せたからそれだけで報酬としては十分だし。獣を描くのは少なかったからアドバイス貰えて嬉しかったよ」


 こんな感じで一応絡みもできたので外部コラボをしても大丈夫だろう。事務所を蔑ろにしていないんだから。


 まあ、外部コラボは当分後だ。まずはウィザーズ&モンスターズの練習をしないといけないし。箱内イベントの方が最優先だ。

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