第27話 エイプリルフール・2

 時刻は20時過ぎ。エイプリルフールの馬鹿騒ぎも段々と終わりを迎えて行く中、水瀬夏希のチャンネルで配信が始まった。


 SNSでも水瀬と霜月がとある背景といつもとは違う足元を見せていた。全身図が公式サイトでも発表されているが、それとは異なるローファーを履いていたために新衣装か⁉︎と騒がれてもいた。


 リリだけ何もSNSで発表と告知をしておらず、2枠目の長時間配信枠の宣伝しかしていない。それはそれでFORの配信はどうしたという声も出ている。


 水瀬の蓋絵が開けた時に出てきたのは、脚丈の長いスカートを合わせたセーラー服を着て学帽を被った水瀬が木刀を持っていた。どこかちぐはぐで、ひと昔前のヤンキーにも見えた。背景は学校のようで校門の前に立っている。


「さあさあさあ!今日も風紀委員会として取締していくよ!」


『風紀委員会?ヤンキーじゃん』

『イメージが古い』

『木刀持ってて風紀委員はダブスタなんよ……』


 いきなり現れたいつもと違う姿にコメントも困惑する。ただし新衣装というわけではなく1枚絵のようで声が乗る時だけ絵が明るくなる。


 エイプリルフールのために発注したのだろうとわかるが、世界観が違いすぎて早く説明してほしいと気持ちが焦っていた。


 そう思っているとすぐにもう一人が画面に現れた。


 同じく脚丈の長いスカートを合わせたセーラー服に学帽を被った、持っているものが細長い鞭に変わったこと以外はお揃いの衣装を着た霜月が表示される。そちらもポーズが決まっているようで絵が動きはしない。


「さあ、夏希!じゃんじゃんアニマルじゃない生徒は指導室へ連れて行って!このFOR学園にアニマル以外は要らないからね」


『ああ、そういう』

『全員何かしらの動物だもんな。エクリプスの男性だと全滅じゃねえか』

『女性陣は何人か入れるか。けど絶対数が足んねえなあ』


「や、やめてよ!動物の耳なんて生えてるわけないでしょ⁉︎」


「問答無用!さあ、連行だあ!」


「お仕置きしないとねえ」


 リスナーたちが何となくの設定を把握している頃、フリー素材となっている男子生徒の絵を出して「バシン!」という効果音と共に消えていく。


『ん?今の声誰?』

『聞いたことのない男の声だったな。スタッフ?』

『まあ、モブなら誰がやったって同じやろ』

『普通の少年っぽかったな』


 途中で挟まった連行された男子の声についてコメントで少し気にされるが、すぐに流される。この三人組ならもう一人がいるはずなのだ。


 その最後の一人が、現れる。


「リリちゃん、今日も逮捕者8名!順調に改造が進んでいます!」


「投薬によるアニマル化も順調だよ。これで生徒の過半数は様々な動物の部位が身体に浮き上がっています」


「リリちゃんも凄い薬のレシピを教えてくれたね。同族を増やす薬なんて凄いなぁ」


「うむ。二人ともご苦労。我々の計画は順調に進んでいる」


 水瀬と霜月が話していると、新しい立ち絵が現れる。狸なのに学生服のような黒いスラックスを履いてワイシャツを着ずに肌の上から直接学ランを羽織っていた。もちろんお揃いの学帽も被っている。そして武器は釘バットだ。これはリリの配信で野球ゲームの『ウルプロ』が多かったためだ。


 これもヴィクトーリアの書き下ろしだ。足には何も履かずに裸足。


 裏話として下駄を履かせようとしたようで、そのラフもある。


 リリの声が普段よりも落ち着いているというか、威圧感があった。これは本人的には声を作って意図的にそのように話している。


「ライバーだけじゃなく、全ての人類をアニマル化する人類動物化補完計画……。順調だね」


「まずは夏希の学校を中心に実験を始めたけど、後遺症も副作用もなしの動物耳や尻尾の顕現が確認できてるよ。失敗もなし。リリくん、こんな薬よく知ってたね」


「里に残っててな。変化の術を他者に使うにはどうすればいいかという実験の元生まれた薬らしい。これで我々は日本を支配する。我々動物が人類と共存するための、全ての存在を同一化させるこの計画。必ず成功させるぞ。そうすれば銀狐だからと人の目を避けずに済む。フクロウだからと魔女の使い魔にならず、不要だからと捨てられたりもしない。真に平等な世界を作り上げる」


 リリの計画にうんうんと二人が頷く。


 盛大な計画を何でエイプリルフールで聞いているんだと、ストーリー仕立てできたかとコメント欄も察してどこに着地するのかと見守ることにしていた。


『全世界を巻き込んで何やろうとしているんや』

『まずは先輩方にやってくれ。見たい』

『俺も狐になればみなちぇに告白できんじゃね⁉︎』

『それはない』

『ん?そういやこれってライブ?収録?』

『ライブだろ』

『どこぞの奴が今も配信してるんですが……』


 コメント欄でおかしいことに気付き始めた人もいた。


 どこぞの狸が今日は24時間耐久配信をしているためにここにいるのがおかしいとわかる人が増え始める。2窓(配信を複数ブラウザで同時に見ること)でリリの配信を見ているリスナーも多く、リリの作業配信はまだ続いている。二度目の豪運を発揮してダイヤは見付かるもののオリハルコンが見付からないという喜劇が起きている。


 しかもオリハルコンを探すために採掘を進めていたら銃弾製造工場が着々と出来上がりつつある。


『みなちぇ、コメント見えてるー?』


「あ、コメント欄の皆も実験台にしてあげるね。ちゃんとコメントは見えてるよ」


「リリくん、いつもと雰囲気違くない?だって」


「そりゃあ今の俺は風紀委員長だからな。舐められないように態度も口調も変える。こっちが下手に出てお前たちが傷付けられたら死んでも死に切れないからな」


「リリくん、そこまで考えてくれてありがと!」


 リリもコメントの内容に反応して答えたためにライブで見ているのだと理解する。コメントを見ている水瀬と霜月との会話に齟齬が出ていないために、リリはここでライブとして話しているように見える。


 だが、それはおかしい。


 何故ならリリは自分のアカウントで『ビルダー』のゲームをやっている。だとしたらリリが二人いることになる。


 あと、霜月がワントーン高く返事をしたことが引っかかった人間もいたもののコメントにはしなかった。


「この辺りで全員の立ち絵を改めて見ようか。水瀬書記長、全身を映してあげなさい」


「はーい。というわけで書記長の私から全身を見せていくよ。アニマル化で尻尾とかも出せるように特注の制服にして行動の阻害にならないようにしてるんだよね。みんなもアニマル化したら特注の制服を用意してあげるよ」


『セーラー服いいな』


『もっと丈が短い方が良かったなぁ』


『お揃いの制服着れるの⁉︎入学します!住所はどこですか⁉︎』


 画面に現れるのは水瀬だけの全身立ち絵。ローファーまで見えるように全身を見せたため、その服装の褒め言葉などがコメントで流れる。


 リリが風紀委員長、水瀬が書記長というのは呼び方でわかったが、それは何だとコメント欄に流れる。


「リリちゃんがトップなのは、まあ男の子だからね。書記長兼調剤係ってところかな。とにかく薬を作ってるよ」


「じゃあ次はあたしの全身絵ね」


 同じように霜月も一人で全身図を見せる。手に持っている武器なども見せていき、何でそんなものを持っているのかとコメントで聞かれた。


「あたしは実行部隊の副委員長だからね。生徒を捕まえるために鞭がちょうど良くてね。夏希は援護要員だから木刀」


『それは理論として成り立っているのか?』

『エリーが副委員長なのか。年功序列かな』

『それで叩いてください!』

『Sのエリーがそれ持ってると似合うな』


 二人が見せたということで次はリリの番だ。


 とはいえ体長の問題から最初から全身が見えているリリの全身絵は改めて確認するまでもなかったために武器に話題が集中する。


『野球が好きならバットを暴力に使うな』

『木製バットが可哀想じゃないのか?』


「これ拾った奴だから。むしろこうなってたなら使ってあげないと」


『有効活用?』

『供養するのも一つの手では?』


「ちょっと待ったーーーー!お前誰⁉︎」


 リリがコメントの対応をしているとそっくりの声が配信上で響く。


 立ち絵はないもののそれはリリの声だ。その声に配信上のリリの声が苛立ちながら反応した。


「ああ?お前こそ誰だよ」


「絹田狸々だけど⁉︎水瀬さんも霜月さんも、配信は22時からって言ってなかった?」


「あれ?リリちゃんの方から早めようよって言ってきたんじゃん」


「そうだよ。リリくんから20時にしようって。うん?何で二人いるの?」


 水瀬と霜月も二人いるリリのことで疑問を浮かべる。


 リリはさっきまで長時間配信を続けていた。コメント欄にFORの配信が始まっているぞと言われて会話アプリを起動したら既に二人が配信を始めていたという状況で急いで配信部屋に入ったという形だ。


 二人の言い争いが続く。


「いやいや、僕はそんな荒っぽい口調じゃないから!釘バットとかも絶対やらないし!っていうかそれ、サイズ間からして特注の物じゃ?」


『変なところで律儀やなw』

『同一人物の喧嘩なんてそうそう見ないぞ』


「うるせーな!こうやって威圧しないと水瀬も霜月も守れないだろうが!俺たちは俺たちの居場所が必要なんだよ!」


「エクリプスがあるでしょ!これ、どうなってんの⁉︎」


 二人の喧嘩が続くところで、水瀬が質問をする。


「どっちが本物のリリちゃんなの?」


「「僕/俺だけど⁉︎」」


「わあ。息ピッタリ」


「うーん。ここまでか」


「エリー?」


 霜月が唐突に話を終わらせる。その唐突さに水瀬が疑問を投げかける。


 リリ二人も霜月の言葉の意味がわからず、霜月へ直接問いかける。


「霜月?どういうことだ?」


「霜月さん、何かわかるの?」


「うん。だってこの状況を作ったのはあたしだから」


「ほえ?」


「……ああ、魔法」


 水瀬は素っ頓狂な声を出して、リリは納得の声を出す。


 霜月が柏手をすると、学ランを着ていた方のリリが画面から消える。


 それに合わせていつものリリの立ち絵を出した。リンクさせているためにリリは普通に動く。


「ごめんね、夏希。これあたしのワガママなの。薬もこの学校も、あたしの魔法で作ったもの。だって夏希が通ってる学校、こんな名前じゃないでしょ?」


「……ああっ⁉︎」


「たまには暴れたいし、ストレス発散とかあたしたちのために都合の良い世界が欲しかったっていうのも本当だよ。だから都合の良い世界を作りたくて、その支配者にリリくんを置いたの。絶対リリくんはやってくれないだろうから」


「うん。やらないなあ。現状に満足しちゃってるからね」


「というわけでお遊びだったんだよ。うん、楽しかったー」


 霜月はそう言って全てを終わらせる。画面が暗くなるのと同時にいつもの立ち絵で三人が現れる。


 このうその時間は終わりだと。


「楽しかったんだけどなー。あれ、エリーの魔法の世界だったの?」


「そう。というわけでごめんね、みんな。エイプリルフールの嘘の世界に付き合わせて」


「本来の企画は学園に通っていたらっていう奴だったんだけど……。うん。これで僕たちのエイプリルフールは終わりです」


「リリちゃんはこの後、配信に戻るの?」


「そうしようかなって。耐久配信のつもりだったし」


「じゃあお邪魔しよっかな。ね、夏希。やってるのって『ユービル』でしょ?」


「まだ始めたばかりでしょ?なら手伝ってあげるよ」


 この後三人はリリの枠に移動して三人で『ユービル』をやり、ミッションは全て完遂させた。水瀬と霜月が集まるとすぐにオリハルコンが見付かって、日付が変わる前にミッションが終わったのでリリの領地の整備をし始めた。


 地下施設に弾丸製造場を作って自動製造工場ができたので銃をいくらでも使えるようになった。だがその弾丸は全てハッピートリガーに接収された。


「はっはあ!また弾丸が足りなくなったら貰いに来るよ!」


「僕でもできたんだから、自分で作ってくださいよ」


「こんなにダイヤモンドを使う最高効率の施設なんて作れねーよ!」


 リリの拠点なのに本島とのワープ装置を作られ、寝泊りもできる銃弾を貰える施設へと早変わりした。


 エイプリルフールとこの件でファンからは好評だった。



「しっかしリリくん、よく『ユービル』をやりながら音声データの再生なんてできたね?」


「ボタンを押すだけだから。『ユービル』は単調な操作も多いし」


「演技も変えてたし、ビックリだよ。あのモブの声もやるなんてリリちゃんスゴいねー」


「昔取った杵柄だよ」


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