第26話 エイプリルフール・1

 エイプリルフールというのは嘘をついていい日だとされている。だからか色々な人がSNSで嘘をついている。ちょっとしたことから割ととんでもないことまで、様々な嘘をつくとされている。


 いつも通り早朝配信をやろうと思って配信の前にSNSを覗いていたら既に多種多様な嘘が飛び交っている。画像を加工して巨大怪獣に襲われたり、髪色を染めてみたり。性別が変わっていたりもしている人がいたとか。


 嘘をついていいのは午前中だけという説もある。配信者としては一日遊べるイベントだと思っている。


 いつもなら朝は『ウルプロ』を配信するわけだけど、今日は別のゲームだ。


「おはようございます。エクリプス所属の絹田狸々です。今日はいつもと趣旨を変えて『Your Bilder』というサンドボックスゲームをやっていきます。エクリプス専用のサーバーがあるみたいなのでそこでやっていこうかなと」


『おはよう、リリ』

『エイプリルフールなのにまともなチョイスだな……?』

『リリって『ビルダー』初めてだっけ?』

『何か特別なことやらないの?』


 コメントでもエイプリルフールだから特別なことを求められている。


 こういうイベントごとには積極的に乗っかっていくことがライバーとしてのあるべき姿だ。だからその期待には応えていく。


 この配信ではないけど。


「今日は24時間配信ってやつをやってみたくて。配信限界時間が12時間なので枠は2つになると思います」


『いつもだって4時間2枠とかやってるから十分長時間配信なんだよな』

『何でエイプリルフールに耐久配信してるんだ?』

『この24時間配信が嘘なんじゃないの?』

『こういう淡々としたゲームも雑談枠として人気よね』


 雑談をしつつゲームができるということで配信者の中ではかなり有名な探索・採取・建築ゲームだ。正方形のブロックを置いたり壊したりできるゲームが色々できることが多くて、それと個人の個性が出しやすいから擦られていることが多い。


 Vtuber事務所ごとに独自のサーバーを持っていて、そのサーバーには他の人が入れないようになっている。だから割と好き勝手できるのが良いところだ。月額で維持費にお金がかかるが、むしろ無償だったらびっくりなほどサーバーを作るのはお金がかかるらしい。


 アカウントだけ作っただけなので正直どう操作すれば良いのかもわからなかったので最初の内は操作に集中する。


 基礎的なことはできるようになったので、今日の目標をメモにして配信画面に載せた。


「『ユービル』を300時間以上配信しているドロッセル・アン・パルス先輩から初心者向けのミッションをいただきまして。12時間くらいやればクリアできるよって言われた内容がこちらです」


 オリハルコンの剣・鎧・盾・兜。それにダイヤピッケルとレンガの家。収納ボックスと加工炉にベッドを3つ。これを頑張ってね♡と送られてきた。


 配信の半分くらいでできる想定のものだから多分大丈夫だろう。ご飯を食べたり離席をしたりして24時間ずっとできるわけじゃないし、間にやることもある。初心者的な躓きもあると考えたら半分くらいの量でちょうど良いと思う。


 エクリプス一期生、この箱最大のチャンネル登録者を持つドロッセル先輩が教えてくれたんだから間違いないはずだ。


 そう思っていたのにコメントでは何故だか「あっ」みたいな何かに気付くようなものがたくさん流れている。


『あー、なるほどね。完全に理解した』

『これリリの枠だから偏見持ってたわ。やってくれるな、ドロッセル』

『エクリプスという体制がそうさせたのか、それとも先輩として後輩いびりを覚えたのか……』

『ウンウン、これもエイプリルフールだよね』


 おかしい。思った方向に持っていけなかったぞ?


 何で変な察し方をしているんだ?まだ何も嘘を言ってないんだけど。


「レシピをもらってるのでこれに沿って集めていきますね。他にも必要なものを纏めてくださったのでこれを集めていきます。序盤のものを頑張って集めて、上位のものに変えていく感じらしいです」


 よくわからないけど進めていく。最初は何も装備が整っていないので石や木のブロックを壊して素材集めをしていく。


 このゲーム、大きな大陸を探索したり海に出たりして素材を集めるだけではなく、よくわからないモンスターが出て建物とかを壊したりプレイヤーを殺そうとしてくるらしい。だから防具とか剣がいるようだ。


 とにかく集められる素材を片っ端から集めて弱くても良いから武器や道具を作成していく。探索するにはある程度の防具がないと大変らしい。


 メインは鉱山。というか鉱脈を地下から見付けて、それを掘るとオリハルコンとかが出るらしい。


 色々と歩き回って、初めてモンスターらしき存在に会った。ヤギとか馬は見たのに、攻撃的なモンスターは初めて見た。緑色のひょろ長いモンスターがゆっくり近付いてくる。


「剣で殴れば良いかな。初戦闘だ」


『退け、リリ!乗るな!』

『そいつは弓がないと……!』

『何?こいつはまずいの?』

『こいつが初遭遇とか、相変わらずリリの運がおかしい』


 動きがゆっくりってことは初心者でも倒せる弱い敵ってことだろうか。近付いて剣で殴っても一撃じゃ倒せなかった。木剣だから斬るとは言えない。何回か攻撃をすると、いきなり画面が真っ赤になった。


 そして画面の真ん中には。


 Your Dead。


「え?何で?死んだ?」


『そいつ、結構有名なボマーだから……』

『自爆されたんよ』

『そいつ高火力だから自爆されるとほぼ詰み』

『早く元の場所に行かないと所持品全ロストするぞ』


 建築物だろうがプレイヤーだろうが、とにかく自爆して吹っ飛ばす害悪モンスターだったらしい。倒すには弓とか銃による遠距離攻撃か、近寄らせないための聖水を使った土ブロックらしい。あとは聖水を使った堀とか。


 急いで現場に残って、地面に落ちていたアイテムを拾って。


 まだ装備が貧弱だから極力モンスターと戦わないようにしないと。


「RPGにありがちなレベルとかはないから、装備を整えるしか強化方法はないのかぁ」


『そうな。プレイヤースキルと装備でしか強化できないぞ』

『ラストダンジョンに挑まなければ、今日の目標の武器でどうとでもなる』

『そこまで揃えちまえば、建築とかには困らんよ。揃えばな』


 改めて、素材集めに戻る。


 まずは木と石を中心に集めて斧とか探索用のアイテムを揃えつつ、鉱石を掘れるピッケルを複数作ったところで採掘ポイントを探すことにする。アイテムは使い続けるといつか壊れてしまうので複数用意する必要があるとのこと。


 結構な時間がかかったものの下準備は完了だ。そうなるとあとはひたすら地下へひたすら土を掘ったり、山をくり抜いて探すのが基本らしい。


「この辺って他の先輩方の鉱脈だったりしませんよね?」


『その辺は誰も手を付けてないはず』

『そもそも他の奴らは全員本島の方で建築も探索もやってるし……』

『スタート地点が離島だったのがまずおかしいから。最初は船も作れないからその場所で頑張るしかないし』


 このワールド、日本列島をモチーフにしているために他の先輩方は一番大きな島を中心に活動しているようだ。


 俺がいるのは沖縄っぽい、南の小さな島だ。誰も開拓していないようで先輩方の建築は一切見ていない。いつか余裕ができたら色々と巡ってみたいものだ。


 仮拠点も作って、ベッドを作ってリスポーン地点ができて。屋根も作った簡易な小屋ができたから素材置き場もできて。


「いざ!出陣!」


『こうしてタヌキは地底世界へ旅立っていったのだった……』

『最初にやることは山を平地にすることか、地下をぶっ壊すだけだからな』

『よく見る光景だよな、この辺は』


 セーブ地点から少し離れた場所でひたすら下を掘り始める。どこまで行けばいいのかわからないが、とにかく掘ってみる。


 目当てのオリハルコンは銀色、ダイヤは空色のブロックらしい。レンガの素材は簡単に確保できるらしいから特に気にせずブロックを破壊しまくる。鉄や銅をかなり集めつつ、色違いのブロックを探す作業だ。


 単純作業になるので、せっかくだからと雑談パートにしようかな。ほとんどの先輩方もこのゲームは半分以上雑談配信みたいなものだし。


「暇なので何か話しましょうか。聞きたいことあります?」


『今日FORで何かやるって言ってなかった?』

『どうやったらその運を得られるんや?』

『ボイス販売まだー?』


 話題を求めると色々と質問が出てくる。目に付いた質問に答えていく。お、あの銀色は多分鉄か。オリハルコンはもっと白っぽいらしい。


「今日は霜月さんのチャンネルで夜に何かやるらしいです。内容はまだ秘密で。多分お昼過ぎには告知が出る、かな?今日はそこまで長く配信をしてなかったからお昼には霜月さんも起きてるはず……」


『エリーは完全に昼夜逆転だよなぁ』

『秘密主義なんだから』

『エリーもちょっと前、この『ユービル』やってたよな。経験者だから建築までがスムーズだった』

『みなちぇもやってたよ。今度全員でこのゲームやってよ』


 FOR全員でこのゲームをやるのもいいかもな。先輩方の建築物を巡ったり、色々とイタズラを仕掛けてみてもいいかもしれない。


 今夜は三人でエイプリルフールらしく嘘まみれの企画を用意してある。その仕込みの一部がこの長時間配信だったりする。


 この『ユービル』は色々なものを作れるからか、ウチの先輩方はかなりネタに走って色物を作っているらしい。それを見るためのツアーをコラボでやっても良いかもしれない。


「運のおすそ分けはどうなってるんでしょうかね?コラボでガチャ配信によく呼ばれるようになりましたけど、全員のガチャ結果が良いのはやっぱりどこかおかしいですよね。その反動が僕のガチャに来てそうですが……。ウィザーズ&モンスターズのガチャでデッキ作るのに苦労しましたから……」


『リリは谷があるよな。自分の時はダメな時が酷すぎる』

『リリが良い時にガチャ回すとこっちも運が良くなるんよ。招きタヌキだったりするん?』

『あの時は本当に爆死してたからな。あんな最低保証ばっかなのは初めて見たわ』


 この前データカードゲームアプリでガチャを回したら必要なカードが全然集まらなかったから配信で初めて課金をした。『ソラソラ』で課金をしたことがあったからそこまで課金には抵抗がなかったものの、いつもは運が良いからこそ結構心にきた。


 デッキを作るためにパックを剥くんだけど、そのパックが二種類くらいのテーマが入っていて、作りたいデッキとは違う方のテーマカードばっかり出てデッキがなかなか作れなかった。一緒のパックに入っているからシナジーがないわけじゃないんだけど、デッキには入れないようなカードも多い。


 そんなわけで二万も課金してデッキを作ったわけだ。紙のデッキを作るのと同じ値段だとすれば妥当なラインで爆死ではないんだけど、いつもの当たりを知っているリスナーからは爆死扱いだ。


 あとは最低保証のガチャ結果が多かったのも一因だろう。最高レア度のシークレットレアは10パック剥いたら複数出ることもあるのに毎回1枚ずつしか出なかったら当たっていないように見える。結果としてデッキが作れたんだからまあよしだ。


「ボイスとかグッズとかはおいおいになります。エクリプスがあまり大きな事務所じゃないことと、案件とかコラボグッズとかが順番に出ているのでデビューしたばっかりの僕たちはそこまで展開できないんですよね。ゲームでの実装ならともかく、実物のグッズになると絵を発注して工場に発注して、販売計画を立ててってなると時間がかかるものなんです。あとはちょっと言いづらいですが、僕のデビューが結構急だったので僕の商品は遅くなりそうです。FORの残り二人のグッズはちょっと早いかも?」


『あー。行程の問題ね』

『営業マンだからその辺りわかるマン』

『エクリプスは登録者数では業界でも中堅だろうけど、まだできたばかりの新興事務所だかんな』

『二人のグッズ展開教えてくれるの助かる』


 本当は霜月さんと水瀬さんの二人組デビューの予定だったのに俺が混ざった形だからFORのグッズという意味では展開が遅いとマネージャーさんから聞いている。二人のセット商品はアクリルスタンドとかは発注をしているようでもうすぐ販売できそうだとも聞いた。


 エクリプスは新人を纏めて発表するし、男女問わず一気にデビューさせるけど今回の三期生ともなると良い人が霜月さんと水瀬さん以外にいなかったようだ。だから急遽推薦でやって来た俺のデビューを合わせた形だ。


 これにはヴィクトーリアママの速筆と、立ち絵を間に合わせてくれた事務所の技術班が凄いから同時デビューができた次第だ。


 雑談しながら掘り続けている内にレンガの素材が集まっていた。


「なんか溶岩が多いですね。コメントでバケツを持って行くと良いって言われたので持って来たんですが、あのマグマを回収すると良いんですかね?」


『そう。加工できる種類が増える』

『あとマグマの近くは良い鉱石が多いから目印にするのが良いぞ』


「なるほどなるほど。……ん?あの空色のブロックって?」


 マグマの近くに空色のブロックが見える。空色はダイヤしかなかったはず。つまりあれはダイヤのはずだ。


 近付いてピッケルを振り下ろすとダイヤだと表示される。


『オリハルコンより先にダイヤ見付けるとか』

『まあまあ。ダイヤは基本、個数がないから』


 ダイヤを掘ったところでピッケルが全部壊れてしまったことと持ち物リストが満杯になりそうだったので地上に戻ることにする。


 収納袋とか専用の箱を作るとたくさん持ち運びができるらしいけど、そのレシピは教わっていなかったからわからない。まずは家に戻って物作りをしよう。


 そう思っているとゲーム内のチャット欄にイソラ・イグスートス先輩がログインしたと表示が出た。


「イスラ先輩だ。関わったことないなぁ。お疲れ様ですっと」


『ガチャ配信に呼ばれてないか』

『ほとんどと関わった気がしてたけど、ガチャ配信をしてなかったら呼ばれもしないか』

『男性とは宇宙人狼でコラボしてるけど、女性陣とはそこまで関わってないのか』


「イスラ:乙〜。リリってば何してるん?」


「ドロッセル先輩のリストに合わせて初心者装備を集めています」


 言葉に出しながらチャット欄にコメントを打つ。


 イスラ先輩こそエイプリルフールにログインしてどうしたんだろうか。


「イスラ:マジであのリストの内容を一日で集めるつもり?いやー大変だねえ。我は全員の建築物にプレゼントを配布予定だぞ〜」


「プレゼント?」


『ああ。あの名状しがたき生物の像か』

『まあ、イスラといえばクトゥルフだからな』

『再現できんの?』

『アレが贈られてくるとか、テロじゃねーか』


「イスラ:リリにもプレゼントするから座標教えてよ」


 座標をどう見るのかコメント欄に教えてもらってその場所を伝える。プレゼントをもらえるならもらっておこう。


 イスラ先輩はクトゥルフ神話に出てくる存在の神の端末という設定だ。だから機会があればクトゥルフを布教してくる。純粋に好きなんだろうけどな。


 テーブルトークRPGに誘われたりもしている。この前は案件配信が被っていたので断ったが、次の機会にはやってみたい。なりきりなんて元俳優としての本領発揮ができる場所だ。


 小屋に戻って炉を作ったりレンガを生成したりする。できたレンガで小屋の周りに設置してレンガの家は完成だ。これでミッションは一つ完了。


 残った鉱石で新しいピッケルとかを作っていくと。


「あれ?銃が作成できる?」


『気付いてしまわれましたか……』

『大富豪しか使えない武器だぞ。銃も壊れるし、弾丸は消耗品だし』

『工場作ってマシンガン撃ちまくろうぜ!』


「地下工場とか、ロマンですよね」


 銃も銃弾も簡単に作れることがわかったので、小屋の地下を作ってそこに生成工場を作る。簡単な素材とマグマで銃弾の自動生成装置を作ることができるとわかったので作ってみた。これで一定時間ごとに銃弾が勝手に作られているらしい。


「へえ、便利」


『ゆうて鉄とマグマが尽きるまでだけどな』

『火薬はどっから来てんだ?』

『ゲームに細かいことは言いっこなしだぞ』

『ダイヤのピッケルもできたし、あとはオリハルコンを見付けるだけだな』

『そのダイヤを必要数見付けるのが大変なミッションのはずだったのに……』


 さっきのダイヤでダイヤピッケルも作成できた。ダイヤピッケルは本来の用途として使えば壊れることがないらしい。これでモンスターを殴ったりしたら壊れるらしいが、採取に使う分には最高の道具のようだ。


 ダイヤ装備が最高らしくて、さらにそこにエンチャントをしてカスタマイズをすることもできるらしいがひとまずダイヤで一式揃えるのが大事らしい。


 さあ。第二ラウンドだ。


「お昼ご飯のパスタを食べます」


『咀嚼音聞こえない。助からない』

『配信でご飯食べるのは初か?』

『そこまで長時間配信してないからな、リリ』


「咀嚼音は好き嫌い別れません?」


『好きな人間もいる。いつかASMRアサムラやってよ』

『ASMRをアサムラって言う奴久しぶりに見たわ』


 六時間を超えたので昼食を食べる。冷凍食品のパスタを電子レンジで温めてそれを食べながらも操作すると咀嚼音について熱い談義がコメント欄で起きた。


 ASMRをやるとしたら事務所でマイクを借りるしかないだろう。あのマイクすっごい高いんだよ。個人で買うのはかなり厳しい。


 昼食も食べてそれからも長時間配信を続けて。


 採掘をずっと続けた結果。


「あの。オリハルコンって存在します?」


『オリハルコンだけ見付かんねえ』

『金もダイヤも、他の雑多な鉱石も見付かるのに……』

『これ、本当に終わらねえな』

『ドロッセルが想定してたのはダイヤが見付からない方のはずなんだけどな。本島ではダイヤ紛争が起こったほどなのに』


 うーん。探す場所を変えるか?


 もうすぐエイプリルフールの方も始まるしなぁ。準備を始めつつ、もう少し探索をするか。

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