第19話 案件配信・1
なんだかんだとエクリプスという事務所は優秀なのだと思う。まだできて一年ちょっとなのに立ち絵や3Dの作成は潤沢で一定周期でライバーの環境が整っていく。それにグッズ展開や案件配信をかなり持って来るので営業さんが優秀なのか社長の人脈が凄いのか結構仕事が入ってくる。
そんな優秀な事務所だからか、入ってまだ浅い俺たちに案件配信がやってきた。FOR全員が集まって事務所で案件配信を行う。スタジオにはウチのスタッフと案件先のスタッフがいて名刺交換をしていた。ついでに霜月さんも名刺を相手スタッフに渡していた。それを見て俺と水瀬さんは肩身が狭かった。
「り、リリちゃん。私名刺なんて持ってないよ?スタッフさんからも貰ってないし……」
「いや、俺も持ってないよ。というか俳優だった時も名刺なんて持ってなかったから渡し方も知らないんだけど」
「え?じゃあアレ、エリーのお手製なの?」
「そうだよ?V」
俺たちの話が聞こえたのか、霜月さんが戻ってきてVマークをしている。彼女は以前一般職に就いていたために名刺を持っていたこともあるし、渡し方もマナーとして覚えたんだろう。
俳優というか芸能界だと名刺のやり取りはマネージャーのようなスタッフさんが渡しているのを横目に見ただけで監督などのお偉いさんに挨拶をする際は自己紹介をして頭を下げるだけでおしまいだ。それが芸能界の特殊なところだろう。
でも事務所から名刺を貰ってないから渡さなくていいんだろうけど。挨拶はしたから問題ないはず。
「何でエリーは名刺持ってたの?」
「前配信で作ったんだよ。だからそれ配ってただけ」
「あー、そんな配信やってたかも」
その破天荒さ、見習いたいな。というか配信のネタが潰されたかもしれない。タヌキが名刺を作って社会人のフリをするっていうのは良かったかもしれない。いや、これ多分何かに流用できるな。
相手のスタッフさんとの打ち合わせは前段階でもしていたので今日の流れを簡単に確認するだけ。準備も整って案件用のアカウントも用意してもらって、それの通信とかアカウントが問題ないかのチェックをして配信を始める。
「配信始まりましたかね。皆さんこんばんは。エクリプス所属の絹田狸々です。今日はスタジオから皆さんにお届けしてます。じゃあ二人とも、自己紹介よろしく」
「はーい。皆、こんちゃー!水瀬夏希でっす!私たちの自主企画の前に三人でのオフコラボが案件で来ちゃった!他の先輩たちとのコラボとかスケジュールを合わせようと思ったら全然ダメで。あとはスタジオの都合がつかなかったりとか。案件だけど正式なオフコラボできて嬉しいです!」
「こんばんはー。霜月エリサです。今日は進行全部リリ君に丸投げなのでゲームをひたすら楽しみたいと思います。じゃあ、リリ君よろー」
「はい、任されました。今日はPCやプレイステーションで配信されているMMORPG、『異世界融合、そして伝説へ』の案件配信となります。こちらのゲームはオンラインで様々な人と繋がり、世界の謎を調べたり戦闘で地方のチャンピオンになったりスローライフを楽しめる自由度の高いゲームとなります」
俺たちの前にモニターが用意されていて、今回はパソコンから操作する。ただ今はゲーム内容の紹介ということで配信画面には概要が書かれたスライドが出ている。これは案件先からいただいた資料だ。
「自由度の高いゲームを三頭身のキャラで進めていくわけですが、このゲームの最大の特徴はコラボが凄い事ですね。有名なアニメキャラからゲームのキャラクター、それに僕たちVtuberや芸能人、果てはスポーツ選手まで実装されています。この自由度は驚くしかありません。スクリーンショットがあるみたいなので見ていきましょうか」
「おお、国民的アニメのネコ型ロボット」
「アレも週刊少年アッパーの有名キャラだよね。すっごいクロスオーバー」
子供でも知っているようなキャラや、それこそ芸能人まで写真を加工して使われている。三次元の人がゲームの中で手助けしてくれるというのはなかなかシュールだ。
この奇抜性も人気になった理由の一つだろう。ゲームをやっていて実写の人は見たくないみたいな人は使わなければいいだけ。他のプレイヤーが使っているお助けキャラは自分の画面には現れず、攻撃や補助の効果だけ見えるために三次元の画を見るかどうかはプレイヤーで選べる。
「はい。基本コラボキャラはサポートカードと呼ばれる戦闘のお助けで出てきます。僕がこの前配信で使っていたロボットのズァークもいますね。コラボ一覧の抜粋を見ていきましょうか」
「うっわ。あたしでも知ってるような芸能人の方がいらっしゃる。結構実写の方も多い感じ?」
「え、千葉雄大さんがいるー!私ファンなんだよ」
「若手俳優としては一番有名だよね。子役の頃から活躍している方だ。すっごくイケメンに育ったよね。僕も彼のいたドラマとか結構見たよ」
「ねー!顔が良くて演技が上手くてアクションもできるとか完璧超人だよ!今度から始まる『
そうか、水瀬さんは千葉君のファンなのか。彼のことも俺はよく知っている。子役の頃から間宮沙希君と一緒に栄光の道を駆け進んだ天才子役。歳下の活躍に嫉妬もしていた。
彼が主演をする『破面ライダー』と対になる戦隊モノの主役になる予定だったのに。ちょっとは近付けたかなと思っていたら随分と遠くに来てしまった。
まあでも、これはただの感傷だ。
今Vtuberをやっていることを、一片たりとも後悔していないんだから。
「二人とも知ってる人?あたしあんまりドラマとか実写の映画は見てなくて……」
「私は同年代だからだよ。同年代の初恋って大体この千葉さんか、もう一人の天才子役の間宮君だったんじゃないかな?二人ともかっこよくてメロメロだったもん」
「へー。子役のこと好きになるなんてあるんだ。リリ君は何で知ってたの?」
「いや、千葉君と間宮君はすっごく有名でしたよ?CMとかでもかなり見ましたし、子役の男の子って言ったらその二人だったので。間宮君の方は十歳くらいで『破面ライダー』に出ていたので特撮が好きな人は知っているかな。千葉君も今回主役だし」
「そうなの?」
霜月さんはあまりドラマとか見ないらしいから俺と水瀬さんの会話についてこられなくて寂しそうだった。
コメント欄でも二人のことを知っている人はたくさんいてめっちゃ有名だとか、出演していた作品と役名がズラズラと出てくる。
ああ、そういえば間宮君は女装の役をやってたなあ。コメント欄を見て思い出した。あの女装猟奇殺人鬼ができる子役なんて彼しかいなかっただろう。千葉君でも多分無理だった。
もちろん、今の俺でも無理だ。
そういう意味で本当に天才だった。どんな難しい役でもできてしまうカメレオン俳優。
そんな人物が今や声優界で同じようにカメレオン声優をやっている。まだ高校生なのに少年アッパーのアニメで青年役を演じてたし、ズァークの主人公だし。やっぱりあの子は本物だ。
「そんなに有名だった間宮君はいないの?」
「えーっとね、エリー。間宮君は学業に専念するからって子役を辞めちゃったんだよ。当時『間宮ショック』って言われて日本中の女子が泣いたって事件があったんだけど、知らない?」
「知らないなあ。後で調べるね」
「まあ脱線しちゃいましたけど、それだけ有名な人やキャラを使える凄いゲームってことです。流石に霜月さんもメジャーリーガーの宮下智紀さんと羽村涼介さんは知ってますか?」
「その二人は知ってる!ニュースで活躍したってトップにいっぱい出てくるよね。え?野球選手が実装されてるの?」
「宮下さんは投げたボールで相手を撃退して、涼介さんは打った打球で敵をぶっ飛ばすみたいですよ?」
「よく野球界と本人が許可くれましたね……?」
霜月さんがドン引きながら案件先のスタッフを見ると、スタッフさんたちも苦笑いだった。破天荒な人が揃ってる開発チームなんだろうけど、全員がそうじゃないんだろう。多分こういう外向けのスタッフさんはまともな人が多いはずだ。
コラボ先を紹介したらゲームの設定を話して、実際に三人でパーティーを組んでゲームをプレイしていく。
マイキャラはかなり弄れて三頭身とはいえかなり細かく設定できる。動物モチーフとかロボット化とかもできるので本当に好きな外見にできるようだ。
俺たちは事前に案件先の人に作ってもらったデータを使う。
「おお!私めちゃくちゃそっくり!銀狐まで外装データあるなんて凄いね!」
「これスタッフさんに作っていただいたんですが、あたしもフクロウっぽくできてる。立ち絵そのまま三頭身にした感じ。リリ君は……」
「えー!なにそれ、二頭身じゃん!身長も弄れるんだ⁉︎」
「みたいだね。なんか敵のデータにタヌキがあったからそれを流用したみたい」
三人ともミニ化したようなアバターを確認して、三人パーティーでレイドと呼ばれる集団戦に行った。
このゲームはターン制バトルみたいで、行動を選択してその後の結果はオートで進む。
俺はサポーターという補助系の魔法がたくさん使えるジョブに。霜月さんは魔法アタッカー、水瀬さんは近接戦闘職を選んでいた。バランスは良いかもしれないけど最適解がわからない。
というわけで俺はとにかく二人にバフをかけて二人は攻撃を選び続ける。
「HPが!リリちゃん回復ちょうだい!」
「いや、僕サポーターだから回復魔法はないよ?レベルアップしたら使えるようになるかもしれないけど。回復薬持ってる?」
「ない!」
「リリ君、MP回復は⁉︎」
「それも無理。防御アップと消費MPダウンを使うよ」
「どうにかなれー!」
水瀬さんが叫びながら特攻をするとそれでレイドボスのHPを削り切れたようで勝利。一番難易度が低いやつをやったからレベルを上げていなくても勝てる調整がされているんだろう。一人だと厳しいし、そもそも俺は通常攻撃しかできないサポーターだから一人じゃどうにもできない。
「レイドじゃレベル上がらないんだね」
「アイテムとお金を手に入れるのが目的みたい。レベルアップはクエストをやったりストーリーを進めたり、レイドボス以外のモンスターを倒せば上がるって」
「でも、ちょうど良い時間じゃない?一時間経ったし」
霜月さんの言う通り、配信を始めてから一時間が経って二十時を過ぎていた。
俺たちのアカウントもホーム画面に入ろうとしたらダウンロードが入る。俺たちとマルチプレイをしようとしていたリスナーがそのダウンロードを終えたらしくてネタバレを書いている。
俺たちの口で言いたいために、画面を遷移してスライドを見せる。
「もう見ちゃっている人もいるので大本営!僕たちFORがお助けカードで実装です!僕たち一人一人の個別カードが一種類ずつ、そして三人集合絵が一種類の計四枚になります。お助けカードのみが排出されるガチャから出るみたいですね。三人集合絵は星五、僕たち個人のものは全員星四です。しかも全部の絵が描き下ろしです。全部それぞれのママの描き下ろしで、集合絵も全員の合作です」
『うおおおおおお⁉︎』
『いきなり実装されてビックリしたぞ!』
『っていうか異伝ってお助けカードにボイス付いてるんだぞ!撮ったの⁉︎』
「コメントにもありましたが、ボイスを収録しています。三人一緒で収録しました。数は少ないんですけど、全部新録ボイスです」
ボイス販売よりも案件コラボによる音声収録の方が早いとか、なかなかおかしな順番だよな。
ちなみにこれ、撮ったのは本当に最近だったりする。霜月さんの誕生日の直前だ。それがもう実装というんだから凄い話だ。
「さて、最初にも目次にありましたが、ここから三人でガチャ配信を行います。誰が星五の集合絵を当てられるかの勝負企画ですね」
「リリちゃんには負けないよ!」
「でもリリ君は運がバグってるからなぁ。下振れするように祈っておこう」
「勝負内容は簡潔。どれだけ早く集合絵を手に入れられるか。百連分の石を用意してもらっています。さあ、勝負だ!」
上振れてくれ、俺の運!
ウルプロで使い果たしてないと思うけど、なんだか嫌な予感がするなぁ!
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