第14話 エピローグ 誕生日配信

 2月29日。


 2024年であるためにうるう年がある珍しい年だった。オリンピックもある。


 そんな日にわたしが何をやっているかと言うと、誕生日配信だ。今日、2月29日は本当にわたしの誕生日だったりする。


 年齢は鯖を読んでいるけど。四歳ほど。


 凸待ち配信という、相手に配信に来てもらう企画。配信者として誕生日配信だとこれは定番のものだったりする。逆凸という全く逆に電話をかけまくる場合もあるけど、わたしは待つことにしてみた。


 先輩たちのスケジュールを全部把握しているわけでもないし、凸待ちをしても結構な人が行くよと返事をくれたので誕生日くらいどっと構えて待ってみることにした。


「霜月は初めてのお酒ってことで弱いリキュールにしておいた。今度女の子たちで飲もうぜ」


「ええ〜?そうしたらジョン先輩のハーレムになっちゃいません?」


「侍らせて飲むお酒が最高なんだろうが!男心がわかってないなぁ!」


「だってわたしは女子ですから。先輩みたいにどっちにもなれる人とはちがいますよぉ」


 ジョン先輩は性別不詳でやっている。中の人のことを言うと女の人なんだけど、元からハスキー気味の方だから男と言われても信じてしまう。


 まあ、わたしも今日でようやく二十歳になったと嘘を言ってるんだからどっちもどっちかな。


 Vtuberという職業は嘘偽りでできている。けどそれが、その虚構フィクションこそを愛している場なんだ。


「んじゃ、今度飲む時は教えてね。リモートで良いから飲もうよ」


「わかりました。その時には好きなお酒を見付けておきたいと思います」


「お酒はいいゾォ!じゃあバイビー!」


 テロン、という軽快な音と共にジョン先輩が帰っていく。凸して来ても一人五分くらい話して終わり。ライバーさんが来るのを待ってる間にコメントを読んだりしていたからもう二時間くらい経っている。


 コメントでもわたしを祝福してくれる。アンチコメントなんてほとんど見えなくなってきた。事務所側で悪質なコメントはブロックしてくれることになったからコメントを見ていて楽しく思える。


 たまに荒らしとかスパムも来るけど、そういうものだと思えたら気にしなくなった。それとアバターと中の人を分ける考えがようやくできるようになったからわたしのメンタルは安定し始めた。


 コメントを読んでリスナーと話そうかと思ったけど、待機場に二人が待機しているのが見えた。多分ジョン先輩が帰るのを待っていたんだろう。今日来るって言っていた人たちの中では最後の二人だ。二人一緒に来ることがらしいというか。


「次の人たちが待ってるみたいだから通話を繋げちゃうね〜。今回は二人です。ということで自己紹介どうぞ」


「皆さん、こんばんは!薬学大好き系銀狐の水瀬夏希です!エリーの同期のFORのF担当です」


「こんばんは。FORのR担当、絹田狸々です」


「二人とも来てくれてありがとー!ということで同期の二人です」


「エリー、誕生日おめでとう!本当なら直接会って渡したかったんだけど、今日はスタジオが空いてなかったから事務所に郵送しておいたからね」


「わざわざありがとう」


 誕生日の凸待ち配信でスタジオを取るのもどうかと思ったから普通に自宅で配信している。けど他の皆さんも誕生日プレゼントを買ってくださったみたいで事務所に送り届けているみたい。生物はないから今度来た時に回収してくださいとマネージャーさんから言われている。あまりにも多かったら自宅に配送するとも言われている。


 夏希ちゃんは学校もあるからわたしが受け取れるかわからなくて事務所に送ってくれたんだろう。電車を使えば一時間くらいで会えなくはないんだけど、たくさんの荷物を持ったまま出掛けるのも微妙なので事務所に送ったんだろう。


 大体の家の場所は教えているけど、細かい住所までは教えてなかったからわたしに直接郵送するのは無理だし。


「霜月さん、誕生日おめでとうございます。僕も事務所に郵送しておいたので後で確認しておいてください」


「リリくんもありがとー。二人は何を用意してくれたの?」


「私は『おやすみ抱っこラッコ』と、高性能ヘッドホンだよ。なんか寝る時に抱き締めてると良い感じの呼吸音を出してくれるぬいぐるみと、純粋にお高いヘッドホン」


「へ〜。どっちも持ってなかったなぁ。今もイヤホンで配信してるからヘッドホンも嬉しいや。ありがと」


 ラッコの人形もヘッドホンもかなり高価そう。通話アプリのチャット欄に画像が貼られてるからそれを配信画面に載せるとコメント欄で大体の値段のあたりをつけてくれた。どっちも二万円くらいするみたい。


 夏希ちゃんはバイトとかもしたことがなくてライバーとしての給料が初めてのお小遣い以外のお金だって言ってたのにお金遣いが荒くないかと心配になっちゃった。お金は大事だよとリリくんが言ってたのに、守ってないみたい。


 稼げていて生活に支障がないならあんまりうるさく言わないけどね。


「僕も今画像を送りました。一つずつ出していただけると」


「一枚目は、箱?このピンクの箱は?」


「デッキケースになります。カードを入れるためのものですね」


「ということは中身は〜?」


「ご察しの通りかと」


 リリくんから一つずつ画像が送られてくる。


 今度はカードが積み重なっているみたいな画像。だけどカードの絵柄がなんというか変。この前見させてもらったウィザーズ&モンスターズの裏側は魔法使いとドラゴンが戦っているような裏面だったはず。


 今見えるのは金髪碧眼の少年『世界樹の守護者フレスト・オーダーナクス』と茶髪で茶色い瞳の少女『世界樹の守護者フレスト・オーダーミナ』が手を前に突き出して白い光を出しているイラストだ。


「これ、ウィザーズ&モンスターズ?裏面が違くない?」


「これもスリーブの一種なんですよ。透明なもの以外にもこうやって既存カードがスリーブになっていることがあります。『世界樹の守護者フレスト・オーダー』でスリーブになっているものって少なかったのでそれにしました」


『『否定と調和の双璧』ってカードのイラストだね。デッキには一枚入れておきたい魔法カード』

『相手のカードを除外しつつマジックかモンスターをサーチできるカード。ナクスかミナ、フィロの誰かがいないと発動できないけど』

『同名カード扱いするカードも多いから割と使えるんだよな』


 コメントも見つつ、このカードイラストのことを知る。透明なカバーじゃ味気ないってことだろうか。お気に入りのカードを示すという意味では良いかもしれない。


 次に送られてきた画像にはカードがいっぱい並んでて、いくつかはカードが重なっている。三枚くらい重なってるものもあれば一枚だけに見えるものもある。


「これはデッキの中身かな?」


「そうですね。純正『世界樹の守護者フレスト・オーダー』デッキになります。この前の開封動画で霜月さんが当てた25周年のカードを主軸にしたデッキです。ナクスとミナ、フィロも必要な枚数を揃えておいたのでそのまま使ってください」


「じゃあこれですぐバトルできるんだ!ありがとう!……ん?純正ってなに?」


「『世界樹の守護者フレスト・オーダー』のカードだけで組んでいるデッキです。ちょっとだけ汎用カードも入ってますが、他のカード群は入れてないってことですね。他のカード群と組んでも強いんですが、初心者ということでわかりやすいアニメのラスボスのデッキにしました」


 ストラクチャーデッキという構築済みデッキをベースにして足りないカードは集めてくれたみたい。正直夏希ちゃんのプレゼントが高すぎるだけでこれくらいが妥当なんだと思う。


 好きな人から貰えるプレゼントだったら何でも嬉しかったりする。これで二人で対戦デートとかもして良いんだし?マンツーマンで教えてもらうっていうのも良いんじゃないかな。


 えへへ。


 実は一万円くらいしていると知るのは後の話。


「じゃあ、物のプレゼントはここまでね」


「ん?物じゃないプレゼントもあるの?メッセージとか?」


「リリちゃん、送っちゃって!」


「動画を送るので再生してください」


「動画?まさかハッピーバースデーソングだったり?」


 二人のデュエット動画でも送られてくるのかと思って聞いてみたら二人とも何も返してくれなかった。どういうことだろう。


 送られてきた動画を配信画面に映す。二分くらいの短い動画だから本当にバースデーソングかも。もしかしていきなり当たりを言い当てちゃって困っちゃったのかな。


 動画を再生させて現れるのは一枚絵。というかこれ、わたしの立ち絵じゃ?


 てっきり二人が撮った動画だと思ったのに。


 バラードのようなメロディが流れる。ゆっくりとしたテンポで、どこかノスタルジックな。いや、クラシックかな。音楽のジャンルはよくわからないから当てられない。


 とにかくゆったりとした音楽が、流れた。一枚絵は動かない。


黒月こくげつを残念に思う。寂しくなるから。

 まだ明るいうちに森を出よう。首輪もガラスの靴もないんだよ」


 歌ってるのは夏希ちゃん。知らない曲だ。カバーとかじゃないはず。


 もしかしてこれって……。


「飛び方も忘れたままじゃいられない、そっと樹から足を離して。

 息白く。寒くて。この目はちょっと遠くが見え過ぎるね。

 とばりが落ちてどれくらい?ステラが降りてどれくらい?

 息荒く、暑くて。一人はちょっと周りが暗過ぎるね。

 足元がおぼつかなくて。ただ羽を広げて」


 上手い。バラードのようなゆっくりしたテンポの歌は歌唱力が出ると言われている。ロングトーンも高音もしっかりと出ていて、歌が上手い夏希ちゃんの良さが出ている。


 けど字幕で出ているこの歌詞。どうも夏希ちゃんのキャラらしくない。彼女は銀狐だもん。


 これって、わたし……?


「ああ、月が遠くなるけども。星に手が伸ばせそう。

 ただ一つの光に吸い寄せられて、巣を抜けきった。

 どこまでも行けそうだ。だんだん近づいていく白。

 いいじゃないか一つくらい。ソラにはたくさんあるんだから。

 どこまでも飛べそうだ。だんだん遠退いていく黒。

 いいじゃないか、これくらい。ボクにはこれしかないんだから」


 サビに入ってもゆったりとしたまま。


 でもこれは間違いなく、わたしをイメージした曲だ。


 歌詞を書けない、なんて言ってたのに。これを書いたのは誰なんだろうね。嘘つきさん。こんな短時間でこなすとなったら学生の夏希ちゃんには相当厳しいだろうに。


 多分これに手を付けたのは今月の上旬。なのに音声を録音して一枚絵を作って、MIXと字幕を付けて。


 どんな突貫工事だったんだろう。


 そこまでして二人が頑張ってくれたことに、わたしは声にならずに画面が滲んで見えた。


O-Zoneオゾンも飛び抜けて辿り着いたのは。

 人間のイミテーション・住処レジデンス

 星も月も覆い隠した、栄華の街」


 同じテンポのまま、唐突に終わった。最後に歌のタイトルである「polar night/Luna」と表示されて動画が終わる。


 わたしが魔女の手から逃れた話。そして辿り着いたこの「月蝕エクリプス」という事務所を表すような歌詞。


 これは、本当にズルい。


「わー!ぱふぱふ!ということで改めて誕生日おめでとう、エリー!リリちゃんと協力してこの曲をプレゼント!でもこれまだ未完成だからね。私とデュエットしてもらうし、二番以降はまだ完成してないんだから一緒に完成させようね」


「イラストと歌唱は水瀬さんに、作詞作曲は僕が。編曲をJJニックさんという方に。MIXは事務所のスタッフがやってくださいました。というわけで、これが僕たちからの誕生日プレゼントです。せーの」


「「エリー、誕生日おめでとう!」」


 二人が声を合わせて祝福してくれる。この歌も、その言葉も。何もかもが眩しすぎて。


 わたしを見てくれる人がいるんだと改めて確認できたことに、わたしは。


「あれ?エリー?」


「霜月さん?」


「……これ、はっ!卑怯、だよ!」


「ええっ⁉︎純粋に喜んで欲しかったのに、卑怯って言われるのはおかしくない⁉︎」


「いやいや、水瀬さん。額縁通りに受け取っちゃダメだから」


「二人とも、ダイスキぃ……‼︎」


 ボロボロ泣きながら誕生日配信を、うまく終わらせることができなくなった。


 わたしは本当に、幸せ者だ。



 三月になって。


 いつも通りに朝は『ウルプロ』の配信を終えたところで最後にスーパーチャットを読み上げる。


 今日の配信は何やら高額の赤やらオレンジやらが見えたので戦々恐々としながら名前を読み上げてありがとうございますと伝える。全部の言葉に反応するわけでもなかったけど、今日は反応しないとダメなやつだ。


『エリーへの粋なプレゼントナイスぅ!でも距離は適度に保ってくれよな!』

『最近エリーが楽しそうなんだよ。その一因にはリリがいると思う。だから、別に感謝とかそういうんじゃないけど、ありがとっ!』

『やーい、同期泣かせ。エリサ様の泣き声が性癖に刺さりました。感謝感激雨あられ!』

『作曲代。作詞はなんかエリサっぽくないとも思ったので金は払わん』

『いつになったらあの曲出すの?ダウンロードとかできんの?』


 ネタっぽいやつからちょっとヤバいやつや答えられないものまで。

 だから今のところダウンロードとかの予定はないことは伝えておく。


「昨日の霜月さんの誕生日配信に関するものが多いですね。距離は同期としてのラインは守りますよ。ウィザーズ&モンスターズは事務所でも人気なので女性の先輩が教えてくれるみたいですし」


『あ、登録者数霜月さんに抜かれてるんだよな。FORの三人とも増えてたけど、一番増えたのは霜月さんで昨日だけで1万人増えてた』

『1万⁉︎どこからそんな人数が湧いてきた⁉︎』

『俺は昨日登録した。リリは登録してたけど、他の二人は登録してなかったんよ。女性ライバーに苦手意識があったというか……。でも昨日二人がいい子だとわかって登録してきた』

『みなちぇは登録してたけどエリーは登録してなかった。だから登録してきたわ』

『最近徐々に登録者増えてて、昨日とうとう逆転したんだよな』

『リリちゃんのことはもちろん好きだよ?』


 そんな、なんとも反応に困るコメントがたくさん流れる。


 霜月さんが認知されてきたのは嬉しいことだ。というか、売れる要素はあってそれが認められるまで時間がかかっただけ。


 それにしても登録者数がすごいことになってるな。もうすぐで水瀬さんが10万人に行きそうだ。デビューして一ヶ月ちょっとしか経ってないのに。


 スケジュールには案件とか企画の文字が増えてきたから力のある事務所なんだなって実感する。先輩には登録者数が50万人を超えてる化け物配信者もいるから事務所と先輩方が凄いんだろうな。


『リリがFORで良かったよ。ありがとう』


 配信者って面白いよな。こうやって直接お礼を言われるんだから。


 俳優の時には経験しなかったことだ。俺が全然有名じゃなかったこともあってファンレターとかはもらったことがなかったし、あなたの演技で感動しました、とか言われたことがない。


 けど顔も知らない人から、感謝される。


 ここにいていい・・・・・・・と、望まれる。


 これがどうにも嬉しくてたまらない。タバコみたいな中毒性がある。タバコは吸ったことがないからわからないけど。


 そんなに喜んでくれたのなら俳優時代の伝手を使ってJJニックさんに編曲してもらって良かったと思える。


 依頼費も安くしてもらえたから俺のポケットマネーでどうにかなった。本当ならめちゃくちゃお金がかかる。具体的な数字は言わないけど。言ったら霜月さんとかに鳩行為されて困惑させかねない。


「今日は夕方にまた配信しますね。来週にはまた男性の先輩とコラボがあるのでそれもお楽しみに」


『まったね〜』

『おつー』


 一ヶ月もやってみて、配信が楽しいと実感してきたのは霜月さんに限らず俺もだ。事務所の方々も先輩も雰囲気が良いし、俳優のように競争もない。登録者数とかで目に見える指標はあるもののノルマとかないし、誰が売れてるからってやっかみとかもないし、理想的な職場だ。


 それに今回は炎上しなかった。もう少し叩かれるかもと思ってたけどそんなこともなかった。


 今日の夜にやる内容も決まっているのでサムネだけ作ってゆっくりしようかと思ったら電話が鳴る。配信用のスマホからだったので仕事関係だと思ったら、霜月さんからだった。


「もしもし?どうかしましたか?」


「あ、リリくん起きてるね!ちょっと助けて!ホラーゲームが進められないの!」


「ホラーゲーム?もしかして配信してます?」


「昨日の配信から寝られなかったからさっきホラーゲームを始めて、恐怖で寝られるかなと思ったんだけどダメだった!」


「逆効果な気が……。今配信画面を見ますね」


 ちゃんと寝れてないのは気になるし、この後も寝られないんじゃないだろうか。


 そう心配しながらも配信画面を見に行く。アドバイスできることなら良いんだけど。


 歳上の人から頼られるのは新鮮だなあと思いながら、通話を続けていった。今までとは違う同期という関係性。これに慣れる日はもうちょっとかかるかもしれない。せめて男子がもう一人いればなぁ。

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