第12話 霜月エリサ
リリ君の言葉には嫌に説得力があった。わたしなんて演技はできないと自分自身がわかっている。だからちょっとした言動が気になったんだと思う。演技のプロだから。
わたしが無理をしているのは今週の動きを見れば誰でも気付くと思う。ただそれが配信者としての限界に至ってるとまで気付いたのはリリ君だけなんじゃないだろうか。他の人はデビューしたてだから無理が祟ったとか、配信者になる前に思い描いていた理想とは違うギャップで休んだくらいに思ってると思う。
何もかもが限界だって気付いたのは、どれだけいるだろうか。多分チャンネル登録をしてくれたり、スパチャをくれた人もあまり気付いていないと思う。
だって、わたしは。誰にも何も話していないんだから。
「今の霜月さんは劇団に入ってすぐ辞めたような人と同じ声色をしています。こんなはずじゃなかったとか、そういう諦観にも似た自罰的な声です。幸いここには俺しかいません。ストレス発散のサンドバッグにしてください。打ち明ける相手がいなかったんでしょうから」
「……役者の時も、似たようなことをしてたの?」
「打算ありきですけどね。役の数は決まってます。そこになんとか潜りこまないといけない。けどそこにいかにも辞めそうな人がいて、同じレッスンをしんどそうに受けている。先生と自分の時間も失う、デメリットしかありませんから。競争相手が減れば自分にモブの役も回ってきます。そんな打算塗れの相談を受けていたのでいっぱしのメンタルケアラーを名乗れますよ。霜月さんの場合も打算が入っています。せっかく同期でデビューしたから俺とは違うリスナーを牽引したい。辞めるにしても傷が少なそうな早い方がいいっていう、自分の都合ありきです」
そう、露悪的に言うリリ君。
俳優の頃は多分本当なんだと思う。全員が等しく役をもらえるわけがない。プロになったからって駆け出しの頃は食べるのも苦労するというのはどこの業界でも同じはず。だからライバルが減るのは嬉しかったんだろうね。
でもわたしに対する発言はちょっと信じられない。
リリ君なんてわたしのリスナーを取る理由がない。だってリリ君の方が登録者は多いんだから。それにわたしのリスナーを牽引するより、夏希ちゃんのリスナーの方が数も多いから牽引できるはず。三人コラボなら三人全員に恩恵がありそうだけど、コラボも続けていたらいつかその牽引もなくなるのは自明の理。
あとはそう。
FORを結成する時にどれだけわたしと夏希ちゃんに配慮していたのか知らないわけじゃない。本当は一人でデビューだったのに立ち絵が間に合いそうだからと三人でデビューする時に、世の中の風潮的に炎上するかもしれないというのは事務所もグルになって真剣に考えたほどだ。
その後三人の設定をすり合わせたり、二人に迷惑がかからないようにと先輩方への根回しとか、絡みはどの程度にするとか緻密に相談していたのを知っている。こういうことが決まったとすぐに連絡もしてくれて、デビュー前から守ろうとしてくれてた人が今更、傷を抑えるためになんて言ったって説得力がない。
今もちょっと悲しそうにしているし。その理由がわからないけど、それも演技だったらプロの俳優さんに白旗を揚げるしかない。
騙されてもいいかな、と思った時点でわたしの負けだ。
なら、洗いざらい話しちゃおう。
「……わたしって、幼稚園の頃から幼馴染がいてね。魔女のモデルにした人。地方の会社の社長令嬢だったみたいで、わたしは小間使いみたいな扱いだったかな。要するに虐められてたんだよ。絶対服従ってやつ」
「もしかして今も?」
「ううん?高校生の時に叛逆して、本当は同じ大学に行くつもりだったけど、ゲームの専門学校に進学したの。大学に行った人とはもう関わらないようにって選んで、ゲーム会社にも入れて。そこでやっと解放されたと思ったんだけどねぇ。──魔女がわたしの会社に就職してきたの」
「え?」
わたしの告白にリリ君が呆けた声を出す。
わたしの半生はずっと魔女の言いなりで、逆らったら親の権力でわたしが怒られる。どっちに非があろうが、怒られるのはわたしだけ。たとえ手を出したのが魔女でも、やったのはわたしにされる。わたしが知らなかった悪事も、わたしのせいにされる。
小学校ならまだ可愛らしいものだった。ものを隠したとか、その程度のもの。でも中学校に上がってからは陰湿ないじめが始まって、主犯格がわたしになっていた。わたしが何を言っても教師はわたしの言葉を信じない。わたしを信じてくれたのは家族だけ。
高校だって別の高校を受けたはずなのに、彼女は第一志望を蹴ってまで地元ではない学校に入ってきた。地元の学校じゃなく、私立高校だったために親の権力は使えなかったものの、何故か学校を支配して全てを思うがままにしていた。
そういう、支配者としての才能があったんだろう。
ただ進学先だけは隠し通して専門学校に進学して。そこでゲームグラフィックを覚えて東京のゲーム会社に就職して。彼女はきっと地元に戻るだろうからと安心した二年間を過ごしていたら。
新入社員で彼女の姿を見るまで。
「長子じゃなかった、とかですか?」
「そうだね。三人兄弟の、唯一の女の子。だから大層可愛がられていたし、お兄さんが会社を継ぐからって彼女は好きにさせてもらったみたい。まあ、わたしはデザイナー部門。彼女は企画部門だから会う予定はなかったんだよ。大きな会社だったし」
「……違ったんですよね?」
「そう。可愛い人だからね。おじさんたちに人気で企画が通る通る。今やってるゲームも変な改変をして昔からのユーザーが離れたり、酷い企画を何故か上役の人たちが全部承認しちゃってね。……デスマーチと赤字経営の始まりだよね」
会社の惨状がわかったのか、リリ君は額を抑えていた。そしてデンモクを使って追加の曲を入れていき、この密室での話し合いが続行される。歌わない音の遮音壁が、わたしたちの機密を囲んでしまう。
ちょっと一息を入れるためにドリンクを取りに行った。わたしはメロンソーダを、リリ君は野菜ジュースを選んでいた。健康のために野菜ジュースを飲むようにしているらしい。部屋に戻ってゆっくり飲み物を飲んだ後、話を再開する。
「色々な部署が忙しくなって人手不足。継続業務だけの人が新規企画でのモデリングを頼まれて残業だらけの会社泊まり込みとか当たり前になってねぇ。漫画とかであるブラック企業の残業デスマーチが現実になって。……人が倒れて辞めて、他の人の仕事が回ってきての悪循環」
「……たった一人で崩れる会社の体制に問題がありそうですが……。いえ、もしかしたらその魔女によってトドメを刺されただけで、元から何か問題があったのかもしれません。……まるで傾国の美女だ」
「その話は出たよ。もう社内の女性からは上層部の男の人全員と寝たんじゃないかって、淫売女って蔑称されてたよ。……実際、凄い良いホテルから企画部の部長と出て来たのが社内リークで流れたかな?社内一斉メールで写真が流れてきたんだけど、部長は関連会社のお偉いさんと打ち合わせをしていたからとかって言ってたけど、どうだかって感じ。ホテルでする意味なんてないんだから」
あの頃の会社は本当に荒れていた。夜のホテルで他社の人との打ち合わせってなんだって話の上に、企画部の新人が都内でも有数の高級ホテルでの打ち合わせについていけるっていうのもキャリア的にどんな意味があるんだって誰もが悪態をついていたと思う。
打ち合わせなんてこっちの会社でも相手の会社の会議室でもいいわけで。社外秘の情報とかもあるんだから社外で打ち合わせる意味もわかんない。それに何で仕事を業後にやってるんだって話でもある。接待で飲みに行くこともあるだろうけど、なら接待で終わらせて部長とホテルに泊まる意味もわからない。
部長はいい大人なので家庭もある人間だったのに。気色悪い。
そしてもしこれが事実だったとしても酷い話だ。
相手様とホテルで打ち合わせて夜遅くだったためにそのまま泊まった。なら業務の一環ということで会社の経費を使っていることになる。相手様と二人分の宿泊費が経費を用いられているのだ。
わたしたちがデスマーチをしている間に一泊十万以上するホテルに行く意味は何と、それはもう荒れに荒れた。その頃には運営しているソーシャルゲームも評判が悪くなり始めて、次の新作の納期もマズイみたいな話が出ていた時期だったために嫌になって辞めた人が多数出た。
付き合いきれるかと、現場の人がどんどん辞表を出していった。わたしももちろん辞表を出して辞めようとした。
提出しようとした時にあの魔女に見付かって、糾弾されるのと同時に辞表を破られて辞められなかったけど。
「『この大変な時期に辞めるってどういう神経してるのよ!どこの部署も納期に向けて頑張ってるのに、あり得ないわ!』って言われて。もうね、乾いた笑いしか出なかったよ。わたし一人が残ってもどうにもならなかったのに。アートディレクターっていうわたしたちのチームリーダーみたいな人が一番に辞めてたからね。仕事が回るはずないのに」
「辞表って上司に提出するんでしたっけ?俺って一般企業には入ったことないのでその辺りがちょっとわからなくて……」
「そうだね。部署の上司に出すのが基本かな。もちろん辞める一ヶ月前に提出するようにとかってルールが会社ごとに規定されてるよ。まあ、出しちゃえば後は有休消化と無断欠勤で切り抜けるんだけど。泥舟に乗り続けるのはほら、アレでしょ?」
泥舟だとわかっているなら沈む前に逃げようと思うのは当たり前のこと。だからほとんどの人が別のゲーム会社や別業種へ逃げた。仕事のコネがあるかないかで進む先は違ったけど、色々な人が辞めていった。
最近ネットニュースでわたしがグラフィックを作っていたソーシャルゲームがサービス終了をすると発表していた。ネットでは当然のような書き込みが多かった。施策のあれこれが全部ユーザー目線ではないこと。難易度を上げて課金誘導してくること。月額課金システムを導入したものの、正直そこまで旨味がない内容だったこと。
明らかにキャラクターの新規追加が遅くなったことと、復刻ガチャばかり。イベントも全然発表されずやることがないというソシャゲでは致命的な状況。ユーザーが離れていくのも当たり前だった。
「よく、辞められましたね?魔女にも目をかけられたのに」
「あはは。経歴に傷が付くとかどうでも良くて社長に辞表を投げて辞めますって宣言して出てきたからね。社員として正規の手順を踏んで辞めてないんだよ。だから最後の月の給料は未払いだし、引き継ぎもしてないから社会人失格だね。着信拒否して出社拒否したから逃げただけ。一応辞表は処理されてたみたいで保険とかからは解約されてたみたい」
笑いながら言うけど、笑うしかない。特に問題のない会社だと思ってたのに、たった一年ちょっとでおかしくなって。
わたしは魔女の存在を知って、デスマーチになって会社がおかしくなっていってもすぐに辞めなかったのは会社に愛着があったとかじゃなくて。魔女が怖くて逃げられなかったとかでもなくて。
ただわたしが二年もかけて創ったキャラたちを、息子たちを捨てたくなかっただけ。
やっとわたしという自分を出して産み出したキャラクターたち。もちろんキャラデザをしたわけじゃないからわたしが一から創ったキャラはモブだけで他にはほとんど共同制作だったけど。
わたしが時間をかけて、悩みながら細部に拘って怒られながらも楽しみながら、褒められて創った子たちだ。その子たちを、わたしが捨てるのかと心が軋んで辞めるという一歩が踏み出せなかった。
わたしは自分可愛さに、子供を捨てたクズだ。たとえキャラクターは別だと主張する人がいても、あの子たちは紛れもなくわたしの子供だった。その子供を、わたしは捨てた。
わたしはその罪悪感で、鬱病一歩手前になっていたと思う。そこで病院に通いながらインターネットに浸かってわたしの子供たちがどうなったのか気になって見ていた時にちょうど配信でわたしが担当していたソシャゲをやっているエクリプスの先輩がいた。募集もしていたからそのまま応募しちゃった形だ。
そんな話を言い終わって、別の話題を出していた。
「その時だったかな。ちょうど応募用の動画を撮った後にニュースで大物男優と若手女優の不倫騒動を見たのって。芸能界には闇があるって聞いてたけど、あんなの芸能界だけの話じゃないよ。むしろ芸能人と一般人って何も変わらないんだなって思った。皆若くて可愛い子には弱いんだなあって。配信でも同じだね。夏希ちゃんの人気っぷりがすごいもん」
「まあ、男として否定できない部分はありますね。女性に弱いってことは。ただ好みはそれぞれなので若ければ良いってわけでもありませんよ?お姉さん気質の人が好きな男性もいますから」
「慰めてくれなくて良いよ。……夏希ちゃんはわたしから見ても可愛い子だもん」
「二人のことは比較しても俺には意味がないことなので脇に置きますね。……あの不倫騒動は家庭があるのに不倫した男と、家庭があるのに関係を結んだ女が悪い話です。不倫の話は芸能界には多いですけど、そのせいで事務所にどういう影響が及ぶのか考えつかないのが馬鹿というか」
「リリ君は不倫とかしなかった?枕営業とかもあるんでしょ?」
「そんなものが持ちかけられるほど有名でもなかったので。それに男だと枕営業はほとんどありませんよ。絶対にないとは言い切れないところがアレですが」
うわあ。本当にあるんだ。
リリ君も顔が良いから、きっと広報会社のお偉いさんとか、口を出せそうな女の人にそういう取引を持ちかけられたことはあるんじゃないかな。それを受けてたら軽蔑しそうだけど、多分リリ君はやってない。
でもそうしたら何でリリ君は俳優を辞めたんだろう?今の会社の社長とは知り合いだったみたいだけど。
「もしかしてあの騒動ってリリ君の俳優人生にも影響を与えたり?」
「──いいえ?俺はあの騒動の前に俳優を辞めているので。そう言えば辞めた理由を言ってませんでしたね。純粋に所属していた事務所が畳むことになって。他の事務所に移ろうと頑張ってみたんですけどまともな役ももらっていない名無しを受け入れてくれるところがなかったんですよ。フリーで食べていくのは無理ですから。そこで社長がちょうどライバーを探していたみたいで面接を受けて、って形ですね」
「へ〜。リリ君みたいに顔が整ってて演技も上手いのに売れないんだね」
「容姿と演技が良くても運が良くないとまともにデビューもできないですよ。顔はアイドルには勝てませんし、新人だと経験が足りなくて子役上がりには勝てませんし。子役上がりの
若い頃から活躍している人はたくさんいるし、俳優じゃない人もドラマとかにはたくさん出てくる。たとえ演技が上手くなくてもビジュアルが良いとそれだけで観に行くファンはいる。アイドルグループとかだとそれが顕著かな。演技なんて二の次なんてことも良くある。
素人目から見ても微妙だと思わされる人が演じていても、知名度とかで映画がヒットするんだからよくわからない世界だ。
「五年前に比べれば全然マシになったんですけどね?その頃にはもう一人の天才子役、
「競合相手がいっぱいいたんだ?」
「そんな感じです。……やっぱり霜月さんは責任感が強すぎますね。話していて思いましたけど、俺が曲を提供することに躊躇がなかったことに嫉妬したりしたのは、まだどこかで自分の産み出したキャラクターのことを想っているからでしょう?」
リリ君の言葉の通り、わたしはまだあの子たちを捨てられない。だから自分のスマホにはまだゲームアプリがインストールされたままで、イベントをするわけでもないのにログインしてキャラクターを眺めることがある。
今はわたしの手を離れてしまった子供たち。当時はカッコいいとか可愛いって評価をされる度に嬉しくて仕事が楽しかったのに。
──どうして、わたしは今、こんなことになってるんだろう。
「いいじゃないですか。愛着があるってことは好きって気持ちが大きいってことですよ。あなたが幼少期から魔女に虐められていたとしても好きを実感できている。それはきっと優しい人たちに恵まれたからだと思います。家族や、ゲーム会社での同僚とか、あとは専門学校にも友人がいるんじゃないですか?あなたは魔女を演じているサイコパスではありません。ちょっと逃げたくなる弱さを持った優しい普通の人ですよ」
「………………普通、かなぁ?」
「普通ですよ。嫌なこともたくさん経験してますけど、良い経験も確実にある。水瀬さんとも素で楽しそうに配信していますし、俺のように自分の産み出したものにまるで愛着のない人間を嫌える、普通の感覚のクリエイター気質の人ですよ。嫌いな人物の皮を被っても、人間じゃない霜月エリサというキャラクターを演じていても、
普通で特別。
どっちも言われたことない。わたしは召使いで、家族には大事にされていて、卑屈で嫉妬深くて、可愛らしくもなくて他人に縋りたくなる弱い人で。
悪い意味で特殊だと思っていた。幼少期から良いことなんて数えるばかりで悪いことばかりの人生で。新しく始めた配信者としてもちょっと失敗してナイーブになっていたのに。
良い意味で特別、と言われたのは初めてのことだった。
わたしもリリ君もお互いの本名を知らないからちょっと伝わりにくかったけど、言いたいことはわかった。
「多分霜月さんはネットの言葉を信じすぎちゃう人だと思うんですよね。もちろんネットでも褒めてくれる人はいますし、正論を言ってくれる人もいます。けど全部鵜呑みにしたってダメですよ。だってネットの言うこと全部信じたら──俺は霜月さんと水瀬さんで二股をしている最悪な浮気野郎になりますからね」
「……プッ。アハハハハ!それはそうだね!
「……もしかして水瀬さんに手を出していると思ってます?そうしたら俺は未成年淫行で捕まりますよ?」
「えー?あんな実物も可愛くて声も可愛い高校生を好きにならないのって、むしろリリ君の方がおかしくない?」
「会って二ヶ月ちょっとの高校生に手を出すようなチャラい男だと思ってたんですか?それは心外です」
「ごめんごめん。イケメンさんは女の子に困ってないんだろうなあって思っただけ。側から見るとお似合いだしね?」
夏希ちゃんは可愛らしい美少女だからリリ君と並んでいるとこっちの目の保養になる。そこにいるわたしがなんというか邪魔じゃないかなーって思ってしまう。
わたしと夏希ちゃんは身長はほとんど変わらないけど、夏希ちゃんは顔が小さいし色々なパーツがちょうど黄金比で配置されているというか。まつげとかぱっちりだし、目も大きめで可愛らしいし、髪もゆるふわでセミボブくらいの長さで女の子って感じ。
わたしは今日なんて特に最低限のメイクしかしてないし、髪もちょっと梳かしたくらいだ。前の会社のせいであまりおしゃれにも気遣えなかったから不摂生なところもあって肌にツヤとかないと思うし。
ピチピチな高校生と並ぶと、ちょっとね。
ちっぽけに残った女性としてのプライドがそう思うと、リリ君は首を傾げる。
「外見だけで恋人を決めるわけないじゃないですか。それに……ああ、そういうことですか」
「ん?どういうこと?」
「いえ。これ以上はセクハラかなと思ってやめました」
「え〜?何言おうとしてたの?お姉さん気になるなー?」
「ノーコメントで。ただやっぱりそうやって俺を弄ろうとするのは霜月さんの在り方です。最初は模倣だったかもしれませんが、霜月エリサという配信者はあなたが作り上げたキャラクターですよ」
「あ……」
そうだ。魔女は、彼女は歳下の男子なんて弄ったりしない。むしろどんな男性だろうと手玉にして魅了して利用する。弄って可愛がって終わり、なんて中途半端な真似はしないだろう。
それに夏希ちゃんっていう同僚とか友達っていうのも認めなかったと思う。彼女の周りにいた同性はあくまで下僕で召使い。自分の言うことを聞く駒でしかなかった。同じ立場になれる存在なんていなかった。
わたしはそもそも、彼女のフリをするっていう時点で破綻してたんだ。
「……バカみたい。わたし、できてないことができないからって落ち込んでたの?うわー、穴があったら入りたい……」
「失敗は全部糧ですよ。むしろこれからはやりやすいんじゃ?だって魔女のフリをしなくちゃって思考から、霜月エリサというキャラクターとして自分の素を出せるんですから。それで悪いことを書かれてもあくまで霜月エリサってキャラクターが、魔女が言われてるって責任転嫁できるんですよ?好き勝手やってあげましょうよ」
「リリ君はそんな感じでいつも配信してるの?」
「コンプライアンスだけは守って、あとはキャラ設定だけ守って好き勝手やってます。ライバーはそれくらいで良いと思いますよ?」
そんな投げやりなんだか真摯なんだかわからない言葉を投げられて。
そうすれば良いんだと、胸にストンと落ちて。
肩に貼っていた重しみたいなものが落ちた音がした。
「……リリ君は病院のお医者さんよりも凄いね。わたしの悩みを解決しちゃうんだもん」
「霜月さんがちゃんと話してくれたからですよ。俺を信頼してくれたからです」
「うん。じゃあこれからも信頼してるからね?同期さん。お腹空いちゃったからご飯頼んで良い?」
「どうぞ。むしろ昼食が遅くなってしまってすみません」
信頼。そんな重いものを仕事の同僚の男の子に向けるなんて思わなかった。専門学校の時もゲーム会社でも同僚の男の人はいたから頼ったりはしたけど、それはあくまで仕事のこと。プライベートのことも含んで信用したのは初めてかもしれない。
それでわたしの勘違いを正してくれて。こうして親身になってくれて。だからって別にわたしのことが目当てとかじゃなくてただ心配してってことだからなぁ。
面喰いのつもりはなかったんだけど。本当にまずいかもしれない。
その後は注文した期間限定の照り焼き丼を食べて、二人で時間いっぱいまでカラオケで歌った。デュエット曲をわたしが入れても仕方がないなあという風な顔をしながら一緒に歌ってくれた。
こんな普通の時間を過ごせるなんて思ってなくて。ただただ時間が過ぎるのが早くて。終わってほしくなくて。
ゲームシナリオくらいでしか見たことのなかった、少女たちのセリフを思い浮かべるなんて思いもしなかった。
この時間がずっと、続けば良いのに。
なんて。
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