第7話 収益化記念配信

 コラボから一夜明けて。エゴサをしてみたけど炎上したりはしていなかった。初コラボだったために水瀬さんと霜月さんのファンを名乗る誰かから「お言葉」をもらったけど、それは努めて無視をする。それ以外に苦情のようなものは見受けられなかった。


 つまらなかったとかそういう言葉はなかったからいいだろう。水瀬さんの枠だったからか低評価も少なかったし、気にするようなことはないと言える。


 朝は『ウルプロ』の育成配信をした。一年目が終わって二年目に突入して新入生を見て終わらせた。秋大会が結構勝てたために一年目が長引いた。春の甲子園に出られたおかげで萩風さんの育成もかなり進んだのは良かったことだろう。まさか50%の確率の春選抜に選ばれたのは運が良かった。


 甲子園に出ると練習効率が上がって能力が上がりやすくなる。試合経験値も美味しいので出るだけでお得なのが甲子園だ。その甲子園でベスト4になれたのでチーム全体の能力をかなり上げられた。まだマイナス特殊能力は目立つものの、ステータスはかなり上がってきた。


 萩風さんのミートと走力はAにできた。二年の八月末までに萩風さんの星を450以上か、星400以上にしてステータスのどれかをSにすることを目標としている。その目標を達成すれば萩風さんがもっと強くなるのでステータスを見ながら調整しているけど、正直このままなら走力をSにするのはあと四ヶ月あれば達成できる。


 それが見据えているから結構余裕を持って育成ができている。誰かと競うわけでもないからそこまで焦って育成をしていないのも良い感じに緊張感が抜けていて育成が上手くいっている感じがする。新入生でも良い転生選手が入ってきたからこれからも順調に勝てそうだ。


 朝の配信をして、お昼には次のスケジュール調整をしたり事務所からのチェック事項や提出物を確認したり、今日から収益化が通るのでそこで変わることについてマネージャーさんと電話で確認した。親サイトの方でも投げ銭の設定などのロックが外れたのでどういうことをすれば良いのかを事務所から戴いているマニュアルを見たりしていた。


 あとは今日の記念配信のための準備でSNSに寄せられたメッセージの選別をする。募集自体は昨日からしていたからか昼頃にはかなりの数のメッセージが投稿されていた。滅茶苦茶なメッセージも多かったのでそれを除外するだけで一苦労だ。


 それだけでお昼は終わってしまい、すぐに夕方になってしまう。日曜日なので枠を立てたら結構な人が待機してくれていた。


 最初は投げ銭機能をOFFにして配信を開始する。こんな同接数は初めてだ。


「秘境の里へようこそ、歓迎しますよ。絹田狸々きぬたりりです。記念配信だからか今日はたくさんですねー」


『はじまった』

『記念配信だからか初配信と同じ背景だ』

『今日はゲーム画面じゃないな、ヨシ!』

『この画面見るの久しぶりすぎる』

『何でこの画面見るのが二週間ぶりなんだ……?雑談配信は結構やってるはずなのに』

『まだスパチャ投げられないんだが?ミス?』


 コメントの流れが速い。スパチャが流れると金額によって四角いボックス型のコメントに色が着く。そのためコメントが流れると見付け易くて拾いやすくなることが利点で、そのコメントを拾ってもらうなら投げ銭をするのが一番と言われている。


 配信者さんによっては配信の最後に名前と内容の読み上げがあったりするので、自分の質問などを読んでもらうなら人によるが投げ銭が一番良い。俺も配信の最後には読み上げるつもりだし。


 そしてコメントで早くスパチャを投げさせろ的なものが多いのでそれを拾い上げる。


「今日は記念配信に来てくれてありがとう、嬉しいよ。それでコメントでたくさん流れてるけど、スパチャはまだ解禁していません。せっかく初めてのスパチャなのに待機画面で投げられたら達成感もないじゃないですか。そういうわけで僕はもう少ししたらスパチャを解禁します」


『そういうことね』

『初スパチャが待機場で流れるのもアレだしな』

『でももう良くない?』

『早く投げさせろ』


 理解してくれて何より。


 でももう配信が始まってるからか早くしろとあせらされる。クリック一つでスパチャが見られるが、まだまだらそう。


「まあまあ、スパチャはお品書きを見てからでも良いのでは?投げたい時に投げられないというのもアレですし」


『ほう?』

『まさか歌でも歌うんか?』

『それはそれでアリ。曲違えばまともに聞けるかも』

『ここは旅館か料亭にでもなったのか?』

『アレか。SNSで募集してたやつか』

『俺の奴選ばれないかなー』


 告知が昨日だったからか見てないリスナーも多いみたいだな。配信は見るけどSNSは特にチェックしていないという人もいる。俺の場合配信がほぼ時間固定だからSNSをチェックしなくても動画サイトを見たら配信をやっていることが多い。


 配信をやっていなかったらようやくSNSを見るという人もいるだろう。動画サイトの登録者数と比べてSNSの方の登録者数は少ない。俺があまり登録を促さないことと、SNSも配信の告知以外であまり呟かないから見てる人が少ないんだろう。


「今日の記念配信はSNSで募集していた『読んでほしいセリフ』を言っていきたいと思います。シチュエーションも込みで募集したら結構な数が集まりましたね。単発のセリフも多かったんですけど、シチュエーションボイスも多かったです」


『おお、ボイス読み上げ!』

『キチャー!』

『選べ選べ選べ』

『読み上げ無料配信で良いんですか⁉︎』

『記念らしくて良いじゃん!』


 ビックリマークが多いな。コメントが速すぎて見えないな。


 色々と準備をパソコンでして、セリフ読み上げの準備をする。これくらいは俳優として台本読み上げをかなりやってきたからワンボイスとかは正直読み上げやすい。


 準備を終えて、宣言をする。


「じゃあ投げ銭機能をONにしますね。そして読んでいく最初のセリフはこちら」


『何だろな』

『夢ボイス楽しみ』

『¥12000 リリ君生まれてきてくれてありがとう!』

『収益化記念ボイスとか貴重だよな』

『おいwwwフライング赤スパwww』

『まだボイス読み上げてねえよw』

『¥4848 収益化おめでとう!』

『財布の紐緩すぎない?』


「ええ……?」


 最初のセリフを画面に移した瞬間にスパチャが飛んだ。嘘でしょ。


 水瀬さんと霜月さんの収益化配信の時も最初のスパチャは唐突に飛んでたけど、まだ挨拶しただけで飛ぶなんて思ってもいなかった。しかも金額がかなり高額だし。


 一万にしても約五千円にしてもかなり良い買い物ができる金額だ。それをポンと払うなんておかしいと思うんだけど。


 結構冒険して出したこの一発目のボイス案が滑ったみたいじゃないか。


「ええと、スパチャは最後に読むので後にさせてください……。あの、皆さんお財布は紐を固くしてくださいね?これからが本番なんですから」


『FORの全員、スパチャ爆弾で段取り狂うの笑える』

『みなちぇとエリーも配信始まった瞬間に食らって驚いてたしなぁ』

『お、『熱中症をゆっくり読み上げて』なんてかなり攻めてるじゃん』

『リスナー待望のセリフキチャー‼︎』

『これは女性客大歓喜』


 さて、すぐに段取りに戻ろう。


 じゃないとまた高額スパチャで殴られてレールが爆破される。


「じゃあ早速。これをゆっくり読み上げてほしいのはそういうセリフに聞こえるからっていうのは知ってますよ。まさかタヌキの僕に来るとは思わなかったんですけど……。結構多かったんですよね、これ。やります。──ねえ?チュウ、しよう?」


『おうふ』

『キャーーーーーーー!』

『私たちを殺す気かよ……』

『¥5648 お納めください……』

『男からしてもツヤのある声出しやがって』

『エコーかけんなw』

『¥444』


 セリフだけエコーもかけるとコメントが爆増。スパチャもなんか飛ぶ。


 こんな単発のセリフにそんな金額払わないでくれ。俳優や声優のボイス収録単品のお金を稼いでしまったぞ。この投げ銭はサイトにもお金を持っていかれるし、俺は事務所所属だから事務所にも納めるから俺に直で入る金額は少ない。そういうシステムをリスナーがどれだけ知っているかわからないけど、かなりの高額を俺に払ってくれる。


 これ、リスナーの財布は保つんだろうか。


「はい。一つ目です。良いですか?一つ目ですからね?スパチャが飛んでるのは見えてますけど、まだまだこういうのを読んでいきますからね?」


『これ最初ってマジかよ』

『女性リスナーが大喜びで草生える』

『リリってこんなに女性リスナーを抱えてたのか……』

『実際男女比どうなんだろうな』

『¥1066 今日を待ってて良かったです』


 さて次だ次。


 色々用意してるんだから最初で時間を食うわけにはいかない。


 そう思ってたのに。


『水瀬夏希:¥2000 ふーん、エッチじゃん』


『霜月エリサ:¥10000 誰かここの切り抜き作って』


「ちょっと同期?君たちもお金は大事にしなさい」


『同期もよう見とる』

『切り抜き師ー。仕事してー』

『みなちぇはそのコメントでいいのか……?』


 これ、俺も今度二人の配信で投げ銭しないと。


 まだ霜月さんはいいけどさ、水瀬さんは高校生なんだから投げ銭は自重してくれないだろうか。というか振り込む用のカードとか持ってたんだ。アプリとかでも後払い方式でできるんだったか。


 何にせよ、俺の予定は全部狂っていく。


『パパ、ちゃんと家族の財布は握ってて』

『お兄ちゃん、監視してないとダメでしょ!』


「これ、僕が怒られる流れ?二人には後で説教です。さあどんどんいきましょう。次はちょっと長いですよ。はい。『人間!ここがどこだかわかってるのか?ここは僕たちの神聖な御山だ。人間如きが入っていい場所じゃないんだよ。これからどうなるか、わかってるよね……?有り金、全部置いていきなよ』。……こういう脅し系も多かったですね」


『なんか男のライバーに強面で居てもらおうとする人多いよな』

『これ書いてるのって男性女性どっちだろ?』

『男だったらやばくね?いや、こういうのは今危ないんだっけか……』


 長セリフのお題も多かったけど、束縛系とか脅迫とかも多かった。こういうのはシチュエーションボイスだからこそだよな。それに商業用のボイスでこういうのは出せないだろうし。多分チェックの段階で引っかかる。


 だからこそこういう配信の場で語らせたいんだろう。


 まあ、行きすぎるとこの配信がアーカイブ残せなかったり、サイト側からBANされたりするから本当にヤバいものは取り除いた。


 山に束縛するとか、物理的に縄とかで捕獲するとか、ヤンデレとか豹変系とか色々とSSショートストーリーが送られてきた。一日経ってないのにこういう文章はどこからやってくるんだろうか。この熱量は凄いし、文才とかもうなるものがある。


 こういう文才欲しいなとは思うけど、無い物ねだりしていても解決はしないからな。結局は自分の努力でどうにかするしかない。


「三つ目いきますよ。『今日も、僕は人間社会に潜り込む。今日僕が入り込むのは警察だ。三権分立で色々と権力が別れているみたいだ。人間はめんどくさい。でもこれだけの数がいると法律を、秩序をしっかりと定めないと管理もできないんだろうな。

 さて、どうやって警察に入り込もう。セキュリティカードとかはなさそうだ。なら変装すれば入り込める。しばらくは警察に入り込んでどんな仕事をしているか、これは人間を知るために必要な捜査だ。

 よし、変身しよう。【キャハ、わたしの名前は絹田狸々!今日からこの警察署で働くことになったの!警察学校を卒業したばかりのピチピチの二十歳、イケメン上司と良い仲になるために、仕事に合コン、クラブでパーリナイっ、頑張るぞー!】

 ……完璧に現代女子に成りきれてる。これならバレることはないはず!

 こうして僕は意気揚々と警察署に入っていき、こんなパリピがいるはずないと潜入がバレて里へ帰っていった……』。いやあ、長文の力作ですね」


『なっがw』

『どこからそのキャピ声出したwww』

『女って言われても頷く声だわ……』

『オチついてるのがさすが。起承転結がわかってるリスナーだぜ』

『霜月エリサ:あたしより可愛いのやめてよ』

『声ってそんなに変えられるもの?』


 裏声で可愛いとか言われても。逆に女の子っぽい声はこれしか出せない。


 長文だったし、女子になりきるのも珍しいから採用してみたけど、ネタとしては十分だろう。


 これの目的は長文を読んでも噛まないよというのをアピールしたかったから、俺としての目論見は成功でいい。


「声は結構変えられるよ。男だからこそ低い声は調整しやすいね。逆に高い声はさっきのが最大値でこれ以上だともう少ししかできないね」


『十分』

『演劇企画とかできそう』

『ボイス販売にも期待できそう』

『¥355 さっきのメスガキボイス、単品で出せ♡』

『メスガキボイス……?』


 何故か俺をメス化させることが多いメッセージ。性転換ってそんなにメジャーなジャンルだっただろうか。


 結構要望が多くて、一人称を変えろというのも多い。そういうボイスを送ってくる人も多かった。


 だから次のはそういう願望を叶える台本だ。


「一人称が俺になってるものも多いですね。あえてそうして欲しいのかもしれないのでやっていきましょう。『俺のタイプは料理ができて、掃除ができて、毛繕いをしてくれるオンナだ。なあ、俺のブラッシング、お前に任せていいか?』

 ブラッシングとかはいいんですけど、飼われるのは嫌だなぁ」


『一人称俺もいいじゃん』

『$40 Riri is so cute! Thank you for coming into my life!』

『海外ニキ⁉︎』

『海外にもリスナーいるんだ……』

『結構ケモナーな人から海外でも評価されてんのよね、リリ』


 うわお。


 海外にもリスナーいるのか。よく俺のこと調べられたなあ。


 ネタ系から告白紛いのセリフ、同棲とか結婚してたらよくあるセリフの「お風呂にする?ご飯にする?それとも、俺?」というアレンジがされた奴とかもあってまあ盛況だと言えるだろう。


 二時間近くボイスを読んでいて、もう終わりにしようと思っている頃に一つのスパチャが来ていた。


『ヴィクトーリア:¥20000 生まれてきてくれて、魂を注いでくれてありがとう。あなたの活動をこれからも末長く見守っていけるよう、私もイラストを描いていきたいと思います』


「ヴィクトーリアママ……。こちらこそ、素晴らしいイラストを描いてくださって、ありがとうございます。僕がVtuberになるのは突然のことで、納期はまだまだ先のはずだったのにヴィクトーリアママがすっごく早く仕上げてくださったからFORとしてデビューできました。これからもあなたの活力になれるよう、配信を頑張ります」


 ああ、全く。


 俺は周りに恵まれすぎている。


 前の事務所の社長にも、今の事務所の方々にも。同期にも絵師にもリスナーにも。


 恵まれている俺がこの人たちに何を返すことができるだろう。配信者としてできることはやっぱり配信を続けたり、グッズやボイスを出すしかできない。


 収益化は一つの区切りになった。こうして色々な人が見てくれて、投げ銭までしてくれる。俺の活動が生活の癒しになっていると言ってくれる。そんな人たちが失望しないように、俺はこれからも真面目に配信を続けよう。


 それしか俺にできることはないんだから。

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