第5話


   7


 龍一は司の唇に自分の唇を重ね合わせた。

 これが生まれて初めて好きな女の子とするキスだった。

 少し触れ合うだけの軽いキス。それだけでも十分幸せだったけれど、龍一の中の箍が外れた。腕の中に制服姿の司を抱き寄せると、何度もその淡い唇に噛みついた。見よう見まねで大人がするようなキスもしてみた。司は少し苦しそうにしていたけれど、決して嫌がっている様子はなかった。そのまま龍一は衝動を制御できなくなってきて、司の制服の中に手を差し入れると、その滑らかな背中を撫でた。プリーツスカートの裾の下から太ももを撫で上げる。司の口から吐息の様なものが漏れ始めた。もう龍一は我慢できなかった。自分の制服のズボンのチャックを開け、司の下半身に押し付ける。

「ひぁっ」

 司は一瞬驚いて見せたが、すぐに龍一の首に腕を回してキスを落とした。どろどろになるほど唇を交わらせながら、龍一は司の履いていた下着を脱がす。そしてスカートの下から自身の手を差し入れた。

「あぁっ」

 濡れている秘部へ指を這わせると、司から快感の声が漏れ出す。気を良くして龍一はどんどん指を奥の方へ進め、中指を膣の中に挿入させる。そして濡れそぼったそこを何度も指を動かして撫でる。

「やだっ……りゅういち……」

 もう一本指を勢いよく挿入させると、司から強い悲鳴が上がる。

「つかさ?」

「やだ……痛いの……」

 泣きそうになっている司をこれ以上酷くさせたくなくて、龍一は「わかった、大丈夫」と人差し指を抜いた。

「じゃあ俺のも触ってくれる?」

 司に自分の張りつめたペニスをそっと触らせると、司は顔を赤らめながらそれを握った。

「司、好きだよ」

 もう一度キスを交わして、司の手から与えられるとてつもない快感に龍一は身を委ねていった。


 龍一はベッドの上で十五歳のときの思い出に耽る。

「絶対に女だった……」

 そうだ、あの時確実に司には膣があった。そして昨夜出会った司の股間にあったものが十五歳の司には無かったのだ。当時は目では確認していなかったが、手で、触感で確認した。

 本当の事を話したら大橋には「Bまでじゃねえだろ」と突っ込まれるだろうし、霧子にも軽蔑されるだろう。挿入するのがセックスだと定義するなら、龍一は司とやっていないことになるが、挿入の有無がセックスの定義にならないのであれば、龍一は司とやったことになるのかもしれない。

(あぁ、くそっ。こんなに悩むぐらいならあの時に最後までやってしまえば良かった……いやいやいやそういうことじゃあない)

 龍一はベッドの上で唸りながら体を回転させた。

 それから年が明け、龍一は毎年恒例の家族総出での初詣に、霧子の両親を含めた親戚の集まり、そして会社のお偉いさん方の挨拶回りに付き合わされ、あっという間に正月の三が日を過ごしていた。誠二は三日の夜にさっさと東京へ帰り、霧子も両親と共に小野里家へと帰って行った。

 ようやく四日目にして平穏な休日が訪れるかと思いきや、事件は夜に起きた。夕食もとっくに終えて勝蔵や仁、邦子らが就寝した頃に、リビングで一人、正月のお笑い特番を見ていた龍一は、家政婦の一人に来客が来たと呼び出される。こんな遅い時間に誰が? と玄関へ向かってみると、そこには黒いコートを羽織った司の姿があった。

 驚いて足を止める龍一に、彼は優しく微笑んで

「あけましておめでとう」と声をかけた。

「あぁ……おめでとう」

 龍一は応接室の隣の小部屋に彼を通すと、家政婦にお茶と菓子を用意するように伝えた。司は黒いコートの下には薄手のネイビーのニットとジーンズを着ていて、決して寒さを感じない体質なわけではないのだと龍一は思った。

「ずっとこっちにいたのか?」

 花柄のカップにティーポッド入れられたアッサムを注ぐ司に尋ねる。

「そうだよ」

 司は龍一の分までカップを引き寄せると、そこにミルクを入れてから茶漉しをカップの淵にかざして紅茶を注ぎ入れた。それは十五の時に龍一が司に見せたやり方だった。

「いつまでこっちにいるんだ? ていうか今はどこに住んでるんだ? F県か?」

「ふふ、質問攻めだね」

 司は華奢なスプーンで龍一のカップの中身を混ぜると、そっとカップを龍一の前に置いた。いただきます、と言ってから司は紅茶を一口飲み込む。

「やっぱりここの紅茶は美味しいね」

「あぁ……」

 龍一も司に入れてもらったアッサムを口にする。いつもと変わらない茶葉とミルクのはずなのに、どこか味が違った気がしたのは気のせいだろうか。

「今は東京に住んでるんだ。年末にこっちに戻ってきて、再来週ぐらいまではいようかと思ってる。母さんの命日だし」

「東京で何をしてるんだ? 働いてるのか?」

 その質問には困ったように司は何も答えなかった。

「一人暮らし……なんだよな?」

 司の両親は他界している。ならば彼はずっと一人で生活をしているはずだ。

「今は……ある人と一緒に暮らしてる」

 あまり司の表情は浮かない様子だ。

「恋人か? それともルームメイト?」

「恋人じゃあないよ……けど」

 何かを言いかけて司はやめた。その続きを聞いてもいいのかどうか、龍一は顔色を窺う。

「龍一、俺の家族の事知ってるだろ?」

 ややあって司が口を開いた。

「この間大橋の奴から軽くは聞いた……親父さんも震災で亡くなったって」

 司は頷く。

「父さんはたまたまこっちに戻ってきてたんだ。母さんの月命日が近かったから。それでその時は浜の近くにいたらしくて、それで……」

 俯きながら話す司の横顔が何とも寂し気で、龍一はその肩を引き寄せたい気持ちになったが、それは押しとどめた。

「それは……残念だったな。大変だっただろう」

 司は龍一に向かって微笑んで見せた。その目の下の二本のしわが愛おしかった。

「母さんが自殺だってことは聞いたか?」

 司の問いかけに、龍一はただ「あぁ」と返答する。

「バスタブで手首を切ってたんだ。父さんが最初に発見した」

「司、もうそれ以上は言わなくてもいい」

 龍一はカップに添えられていた司の白い手の甲を軽く握り、そしてすぐに離した。

「龍一」

 司は龍一の目をじっと見つめるとこう言った。

「母さんはオスになったから自殺したんだ」

「……え?」

 思わず漏れた声は大分かすれたものだった。

「母さんも俺と同じ血を継いでた。たいていはもっと早い時期にオス化するんだけど、たまにそうじゃないケースも出てくる。それが母さんだ。母さんは自分の家系の事を父さんには黙って結婚して、俺を産んだ。そしてその十五年後に、オス化してしまったんだ。そのことを悔いた母さんは自分を受け入れることが出来なくて命を落とした」

 龍一は黙って耳を傾けるしか出来なかった。

「父さんは他の皆と同じように最初はこんな話全然信じていなかった。けど、目の前の母さんは確かに男になっていたし……それから父さんは壊れていった。母さんが眠るこの町で暮らすのは酷だったから、二人で父さんの地元へ引っ越したんだけど、今度は俺がオス化した。父さんは男になった俺を受け入れられなくて、ずっと何かの病気だと信じて疑わなかった。いっぱい病院へ連れて行かれたけど、どこもまともに父さんの話に取りあう医者はいなかった。そのうちに、医者の方が父さんのことを精神的な疾患があると疑い出して……父さんは心を壊して長い間入院していたんだ」

 大橋が噂していた話はここから来ていたのか。

「俺は高校を中退して、一人で生きて行かなきゃいけなくなった。でも俺には何の取り柄もないし、出来ることと言ったら……」

 司は黙って紅茶を飲み込んだ。その言葉にしなかった部分に、司の傷ついた部分が詰められているのだと龍一は気付いていた。

「見た目が良いのだけが取り柄だったから……それに俺には他の男に出来ないこともある。誰よりも女心が理解できるし、女性がどうしてほしいのかも手に取るようにわかる。だからそう言うのを求めてる人の所に転がり込んで……今までずっとやってきた……どうしようもないよな」

 そうやって泣きそうに微笑む司の顔をどうにか明るいものに変えたい。どうにか彼を暗く冷たい海の中から引っ張り出すことは出来ないかと思案した。

「でも龍一がこんなに大人っぽくなってて嬉しいよ。さすが宝泉家の跡取りだな」

「バカ言うなよ、俺は子供の時からイケてただろうが」

 龍一の言葉に司が「そうだね」と笑った。

「何か暗い話になっちゃってごめん……ねぇ、懐かしいゲームやらない?」

「ゲーム?」

「ブックゲームだよ、覚えてる?」

 当たり前だ。それは龍一が司に教えたのだから。

「司、お前酒は飲めるか?」

「うん……どうして?」

「すごいのがあるんだよ」

 そう言って龍一は家政婦を呼びつける。家政婦はティーセットを片付けると、しばらくしてからデンキブランのボトルと小さなグラスをテーブルの上に置き、龍一の手に一冊の本を渡した。

「これ何?」

 子供の様な顔で司がボトルのラベルを見た。中身は半分ほどに減っていたのは、大みそかから三が日に掛けて誠二や栄太郎と飲み比べたせいだ。

「デンキブランだよ。知らないか? アルコール度数三十%だ」

 司はぎょっとした表情を見せて再度ラベルに目を通した。

「俺、弱くはないけどそんなに強いわけでもないのに」

「大丈夫、ちょっとずつ飲めばいい」

 龍一は得意げに二人分のグラスにほんの少しだけ酒を注ぐ。

「んで、今日の本はこれな」

 そういって見せたのは霧子が置いて行った『ニューヨーカーの作り方』だ。

「こんな本読んでるのか?」

「ちげえよ、これはいとこの本だ」

 司の表情が少し曇る。

「いとこって……婚約したって噂の?」

 ハッと龍一が目を丸くする。

「あの、それはその誤解なんだ」

 どうしてか口がうまく回らない。

「婚約はしてない……いやしてはいるんだけど形だけというか、ジジイが勝手に決めた話で俺も霧子も承諾はしていないしそれにまだ俺ら学生だし婚約だなんてその、とりあえず違うんだ」

 司は黙ってじっと龍一の顔を見る。

「とりあえず乾杯する?」

「あ、あぁ」

 そうやって二人はグラスを合わせると、龍一はもやっとした気持ちを吹き飛ばすべく一気に酒を飲み込んだ。

「んぐっ」

 思わず顔をしかめて喉を抑える。びりびりと焼けるような熱さとアルコールが舌と喉と胃の中を襲った。そんな龍一の様子を見て、司も一気にグラスの中の酒を飲み込んだ。

「うわっ」

 司も目を細めて参った様な顔をする。

「すごい強いねこれ」

 そう言いながら、司はボトルの酒を再び二人のグラスについだ。

「でもちょっと病みつきになるかも」

「マジかよ」

 悪いけどもう俺はこれ以上飲めないからな、と釘を差しつつ龍一は本を開いた。

「じゃあ司から。何が知りたい?」

「えっと、じゃあ……龍一がいつ結婚するか」

 龍一は少し間を置くと、

「自分についての質問にしろよ」と目を細める。

「じゃあ、いつ結婚できるか」

「お前がな」

 そして龍一が「前から? 後ろから?」と尋ねると、司は「前から」と答え、司のストップの掛け声で止まったページでの「右? 左?」との問いには「左」と答えた。

「それじゃあ、十九にする」

「ええっと……水曜の夜にもかかわらず、土曜の夜のような気分でパーティーで騒ぐ」

 答えを聞いて、しばし二人は顔を見合わせて考えた。

「自分が思ってるよりも早めに結婚するってことかな?」

「水曜の夜にどんちゃん騒ぎしてな」

「パーティーってあんまり好きじゃないんだ。何かみんなバカみたいに騒がしい音楽流して、踊りながら引っ付いてきてベタベタ触ってくるし」

 一体どんなパーティーに行っていたのだろうと龍一は不安になる。

「本当はするべきときじゃないのに、してしまうってことかな? 先走って失敗するパターンだ」

「先走ってるなら俺の婚約話の方がよっぽど先走ってるよ」

 ところで、司が結婚するとしたらその相手は男なのだろうか? それとも女なのだろうか? 今の司は当然男の姿なのだから、女性と結婚するのが妥当だろうが、戸籍上はどうなっている? まだ女のままだとしたら、男と結婚することになるのか?

 龍一の疑問は司に伝わっていたようで、

「俺は結婚だなんて今まで考えたこともないよ。自分が出来るなんて思ってもいないから」と言った。

「次は龍一の番だよ」

 そして司が本を手に取った。

「何が知りたい?」

 本当に知りたいものは目の前にあったが、まさかここで聞けるはずがない。

「じゃあ、無事に院を卒業できるかどうか……」

「つまらないよ。もっと面白い質問にしたら? 例えば、自分のセックスは女性にとって上手いのかそうでないのか、とかね」

「な……」

 酔っているのだろうか。司は上機嫌で笑っている。彼の薄い唇から「セックス」という単語が出てきただけで鼓動が早まった。

「よ、よしじゃあそれにする」

 そしてゲームの結果出てきた答えは、

「憎き遺伝子に逆らおう。そのためにはスポーツジムに行くしかない」

 司は自分で読んでケラケラと笑った。

「ふざけんなよ、俺がデブだって言いたいのか?」

「デブとまではいかないけど……痩せろってことなんじゃない?」

 女性にとっては重い体なのかもよ、と司が座っている龍一の下っ腹を黒いセーターの上からつついた。

「おいやめろよ、誰だって座ったらここに肉が乗るだろ」

 司はきょとんとした素振りで首をかしげる。

「まさか」

 龍一が手を伸ばし、司の腹に触れるとそこはがっちりとした筋肉に覆われていた。

「何でだよっ、俺七年間も空手やってたのに」

「ふふ、贅沢なものばっかり食べてるからじゃない?」

 龍一も少し酔いが回ってきたのかもしれない。数日前には触れることすら恐ろしかった彼の体に今は躊躇なく触っているのだから。

「じゃあ次は俺の番だね。俺も龍一と同じ質問にする」

 俺のセックスは上手いかどうか。

 ふと彼の言葉に、龍一は一瞬真顔になって本をめくる手の動きを止めた。

「その……聞いてもいいか?」

「なに?」

「お前はその……どっちと……」

「両方」

 どさっと龍一が本を太ももの上に落とした。

「両方だよ」

 微笑んで、司はデンキブランをまた一口飲む。

 平静を装って、「そうか」と落ちた本を持ちなおす。

(何を動揺しているんだ俺は)

 そして司が出した答えは、

「『そうか、そう考えると悪くないかもね』」

 本の中のニューヨーカーが呟いたセリフだった。ドンピシャな答えに二人は堰を切ったように声を上げて笑った。

「悪くないってよ」

「これ喜んでいいところかな」

 笑う司の白い喉仏がひくひくと上下に動く。その動きに目を取られた龍一は、何も考えずに手を伸ばしてそこに触れた。

 司は一瞬驚いたようだったが、

「本物でしょ?」と微笑む。

「あぁ……」

 本当に酔いが回っているんだろう。こんな風に彼の肌に触れるなんて。触れた指先から彼の体温が伝わってきて、それが妙に心地よい。

「はい次は龍一だよ」

 司が龍一の手から本を奪い取ると、龍一も彼から手を放した。

「えぇ……何にするかな、別にねえな、知りたいこと」

 腕を組みながら天井を見上げる。

「じゃあ、将来の結婚相手のタイプを調べてみよう」

「見た目は男になっても中身は女子みたいなこと言うなお前」

「まぁね」

 そして龍一が選んだ答えは、

「赤ワインのコルクを抜く。急がないと、彼がまた眠ってしまう」

 二人はまたも顔を見合わせて考え込む。

「良く寝るタイプってことかな?」

 司が冗談めいて微笑む。

「急いで迎えに行かないと、相手は遠い所に行ってしまうって意味だろ」

 龍一は真顔で答える。

「何か意味深だね。思い当たる節でもあるの?」 

「別にねえけど」

 そう言いつつも、龍一は胸の中がチクリと痛んだ。

「急がないと、他の男にとられるって意味かもね」

 そして司は続けた。

「龍一は浮気されたことある?」

 急な質問に少し驚きながらも、「ねえよ」と答えた。

「じゃあ浮気したことは?」

「あるわけないだろ……そういうお前は?」

「肉体的にはないけど、精神的にはどうかな」

「どういう意味だよ?」

「これはよく聞く話だけどさ、セックスしてるときに別の人の事を考えたりとか……龍一は経験ない?」

「……ないな」

 正直セックスしている時に何かをごちゃごちゃ考えたこともないし、ただその時が楽しめればそれでいいと感じていた。でも、唯一の例外としては、初めての相手との時は、司の事を思い出した。

「でもまぁ、よく女どもは話してるよな。彼氏じゃなくて理想のアイドルだったり実は浮気相手のことを考えてたり、だろ?」

「女の子に限らず男だってそういう人はいるよ。それに俺が言ってるのはそういう意味じゃない」

 司はどこか遠い目をするような顔つきで、

「いつどこの誰が相手のセックスだろうと、いつも同じ他の相手のことを考えてるって意味だよ」と言った。

「それは……」

 龍一は考える。

「浮気……かもな」

「じゃあ……俺は浮気したことになるね」

 司は手元のグラスに視線を落とした。グラスの中はまだ少し酒が残っていた。

「誰の事を……」

 考えてたんだ?

 そう聞きたかった。だけれども、怖くて声にならない。

 ふと司は顔を上げて龍一と目を合わせた。その黒く艶のある瞳が、真っすぐに龍一の瞳を見つめている。何かを訴える様に。そして龍一は気付いた。その透き通った瞳は、女性だった頃の司のものと何一つ変わりないことに。

 グラスを持つ手がわずかに震える。意を決して何か口にしようとしたその時、鳴き声と共にジロウが龍一の肩の上に乗った。

「うおっ」

 龍一が驚いたのはジロウだけではない。その瞬間、隣にいた司が飛び跳ねる様に立ち上がり龍一から離れたのだ。目を見開く龍一に、司は

「ダメなんだ、猫は……」と後ずさりして壁際に退いた。

「そうなのか」

 犬は飼っていたのだから動物は平気なのかと思っていた。

「猫アレルギーか?」

「違う、でも苦手なんだ」

 司は怯えて背を丸める。しかしそんな司を気にすることもなく、ジロウは龍一の肩から降りると、ゆっくりと司の方に近づいて行った。

「りゅ、龍一、何とかしてっ」

 ジロウは司の足元まで来ると、匂いを嗅ぐような仕草で足の周りをうろうろしている。

「どうやらジロウはお前の事気に入ったみたいだけどな」

 少なくとも栄太郎よりは好かれているようだ。

 龍一は椅子から立ち上がると、司の元へ近づいて乱暴に足で「ほら、あっち行け」とジロウを隣の応接室へ押しやった。

「どうもこの部屋に住みついてるみたいなんだよなぁ。それに隙をついては俺の肩に乗りやがる」

 くるりと振り返って司の様子を窺うと、司は安堵した様にごくりと唾を飲み込んだ。その喉の動きに、龍一の中の何かが外れたような気がした。そっと手を伸ばしてその白い喉仏に撫でる様に触れると、司が驚いて体を硬直させた。すぐ目の前にある司の体からは香水の様な甘い匂いがする。司が龍一の行動に戸惑いながらも、再びごくりと唾を飲み込む。触れていた指先がその動きを感じたとき、龍一は司の顔を引き寄せ、その唇を奪った。

 驚いた司が一瞬怯むが、龍一がぐいっと腰を抱き寄せる。それからは司も抵抗をすることもなく、ひたすらに龍一と唇を交ぜ合わせた。舌を絡ませ合いながら龍一は何も考えられなくなっていた。ただこの痺れは何から来るものなのだろうか、決してデンキブランのせいではないと頭の中のどこかで知っていた。


 二人は龍一の部屋になだれ込むと、ベッドの上で何度も唇を合わせた。奪い取るようにお互いの服をはぎ取って、熱を持った肉体を擦り合わせながら舌を絡める。仄暗いライトの下で見る司の体はあの夜海で見た時と同じ男性のものだったが、そんなこと今はどうでもよくなっていた。ただ目の前の白く滑らかな肉体を欲している。それだけだ。

 十五の時とは訳が違う。反応を見せているのは龍一だけではない。司のそれも同じだ。抱きしながら互いの体に擦り付け合うと、どちらからともなく快感の息が漏れた。司がどう感じているのかが分かる。こうされたら、どんな風に感じるのか。

 司が龍一の上になると、

「ねぇ、あの時と同じじゃ嫌だ」と泣きそうな声で訴えた。

「繋がりたい」

 そう言って龍一のペニスを手に取ると、自らの後ろに擦り付けた。彼の腰を前後させる動きに、龍一はたまらずに声を漏らす。そしてにじみ出てきた液体を司が自らの蕾に塗りつけ、自分の指でほぐし始める。その圧倒的な色気に、龍一は心臓が全身にあるのではないかと錯覚するほど興奮していた。

 龍一は当然、今まで男性と肉体関係を持った経験などない。想像もしたことが無いし、実際に自分と同じ造りをした体を目の当たりにしたとき、それまでの幻想に近い欲望は消え去るだろうと考えていたのだ。けれどこの男は違う。

 龍一の上で繋がりながら腰を振る男は、妖気の様な色気を放ちながら一秒ごとに龍一の心を引き付けていく。司は快感に身を委ねながら龍一の両手を取ると、自らのそこを握らせた。そして自分の手を合わせて愛撫を与える。

「あぁっ」

 ひと際大きな嬌声が漏れると、司は自分の手のひらの中に白い液を吐き出していた。淫らにも、指の隙間からその液体が漏れ出てくる。龍一は息を切らす司のその手を取ると、自分の顔の前に持ってきて指を開かせた。

「やだ……どうして……」

 恥ずかしいのか、司は戸惑った表情を見せる。

 龍一は反論を気にも留めずに、その指を舐めた。

「龍一……」

 我に返ったらどうしてあの時自分は他人の男が出した精液を舐めていたんだろうと呆れかえるかもしれない。けれどきっともうこの先我に返ることはないだろう。ただ、彼が体内から放出した物質を舐めてみたくなっただけだ。

「ふん、こんなもんか」

 決して美味いものではない。この状況下でどこか冷静に判断している自分がいる。

 龍一は上体を起き上がらせ、美しい筋肉に包まれた司を抱きとめた。引き締まった細い腰に腕を回し、しなやかな筋肉を手で辿る。

 ふと司の背中に目を落とすと、奇怪なものが視界に入る。よくよく目を凝らしてみてみると、それはどうやらタトゥーのようだ。奇怪なのはその模様だ。何故か魚の鱗のようなものが司の左脇の腰の辺りに一部描かれている。

「これは?」

 指でなぞる。

「タトゥーだよ」

 十五の時の司は体に刺青などいれようとするタイプではなかった。自分の知らない間に、この男に何があったのだろうと考えると胸がざわつく。

 白い首筋に噛みついて、その体はまるで自分のものだと刻みつけるようにきつく抱き、下から突き上げた。嬌声を上げながら必死に龍一の体にしがみつく司の熱を感じる。冷えていた彼の体は今、熱を放ちながら尚且つしゃぶりつきたくなるような匂いを放っている。

 一体何なんだこの匂いは? 甘くて淫靡で、口から飲み込んでしまってもいいとさえ感じる魅惑的な香り。

 龍一は何度も司と唇を合わせた。その薄い唇が腫れあがってしまうのではと思うほどに。そしてどんどん吸い寄せられるように司から甘い香りが漂ってくる。

(待てよ……この匂いは……)

 龍一は司から一度自身を引き抜くと、彼の体をベッドの上に横にさせ、上から覆い被さると、再度彼の中に挿入した。

「んぁっ……あつい……」

 まるで動物のように司を求め、砂糖にたかる虫のように彼の顔をしゃぶりつくす。司と交わっている部分が熱い。そして全身の血管にはデンキブランが流れているのではないかと思うほどにその肉体の全てが痺れていた。

 この快感に全てを委ねて溺れてしまいたかった。  




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