第三十四話 優駿牝馬の後で
〜
ゴール板を駆け抜けた瞬間、実況担当の中山が、あたしが勝ったことを告げる言葉が耳に入ってくる。
でも、自覚はなかった。全力でダイワスカーレットと共に走り、強豪たちとのギリギリの戦いをしていた中、優勝したいと言う思いが脳内に作られて幻聴として聞こえてしまったのではないのかと考えてしまう。
「どうやらあなたの勝ちのようですわね。おめでとうございます」
「おめでとう。まさかメジロラモーヌが負けてしまうとは……いや、彼女の力を最大限に発揮させられなかった私の責任か」
ゴール板を駆け抜けた後に、カワカミプリンセスに騎乗した騎手とメジロラモーヌに騎乗した騎手があたしたちが勝ったことを告げてくる。
あたしたちが勝ったの?
半信半疑の中、あたしはターフビジョンの方に顔を向ける。すると、画面にはダイワスカーレットの文字と共に、騎乗したあたしの顔が映し出されていた。
嘘じゃない。あたしは彼女を勝たせることができたんだ。
現役時代、ダイワスカーレットは病気に罹って
本当は叫びたい気持ちを我慢して、小さく拳を握ってガッツポーズを作った。そして、その拳を突き上げて人差し指と中指を伸ばして、二冠達成したことを告げる勝利のVサインを示した。
『ダイワスカーレット、現役時代に成し遂げられなかった
「おめでとう! ダイワスカーレット」
「秋華賞も勝って、今年度の霊馬牝馬三冠馬になってくれよ!」
「次のレースも応援しているわ!」
観客たちがあたしたちに賞賛の声や、次のレースへの期待が入り混じった声が飛んでくる。
観客たちの声援を受けながら、ダイワスカーレットをウイニングランさせてファンサービスを行った後、あたしは勝利騎手インタビューを受けることになる。
「本年度の霊馬競馬、
「ありがとうございます」
「今、どのような気持ちなのでしょうか?」
「正直に言って嬉しいです。ゴール板を駆け抜けた後は、勝ったことが信じられなかったのですが、こうしてインタビューを受けることによって、本当に勝ったと言うことを自覚することができました」
「最後の直線では、メジロラモーヌやカワカミプリンセスに追い抜かれて危ない状況ではありましたが、最後に差し返すことができましたが、あの時はどのように考えていたのでしょうか?」
「そうですね。あの時は本当にダメだと思ってしました。あたしの技術不足でダイワスカーレットを勝たせてあげられないと半諦めていたのですが、スタンドから聞こえるファンの皆様が応援している言葉が耳に入り、最後まで諦める訳にはいかないと思いました。せめて優勝はできなくとも、2着以内には入ってみせる。そのように考えていましたね」
「桜花賞に続き、
「秋華賞では、今回以上に強敵とも言えるような名馬たちが更に集まると思っています。ですが、ダイワスカーレットも現役時代は秋華賞を勝っていますので、引けを取らないかと思います。秋華賞も勝って、今年度のクラシック牝馬三冠を目指しますので、ファンの皆様は引き続き応援の程をよろしくお願いします」
「ありがとうございます。これにてインタビューを終わりとさせていただきます。お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
インタビューをしてくれた方に一言礼を言ってその場を去ろうとしたところで、カメラマンの方にサインを求められた。
そこで、カメラのレンズにあたしのサインを書く。
きっと中継されている画面では、あたしのサインが反転した状態で写っているでしょうね。
勝利者としてやるべきことを全てやり終えた後、あたしは控え室へと向かって歩いて行く。
すると、通路の壁に背中を預ける形で銀髪ゆるふわロングヘアーの女の子が立っていた。
「
彼女の名前を口にしつつ、ゆっくりとした足取りで彼女に近付く。
「
「ありがとう。でも、その顔を見る限り、心の底から賞賛はしていないようね」
あたしの言葉に今の自分がどのような顔をしているのかを知ったのか、
「ごめんなさい。別にあなたの優勝を恨んでいるって訳ではないわ。今回のレースではっきりした。ローブデコルテはダイワスカーレットには勝てない。それは認める。でも、今回負けたからと言って次も負けるつもりはないわ。次のレースで共に走ることになった場合、全力で勝ちに行くわ。あなたを不快にさせるような表情になっていたのは、別件よ」
「別件?」
思わず首を傾げる。
「あなたが優勝していなければ、優勝していたのはカワカミプリンセスだったわ。彼女が優勝した場合、私だけではなく、他の人にも迷惑をかけることになっていたわ。本来であれば私が勝ってあの女のやろうとしていたことを止めたかったけれど、私の代わりにあなたが止めてくれた。だから複雑な気分になってさっきのような表情になっていたのよ」
彼女の言っている言葉の意味が良く分からない。きっとあたしの与り知れないところで彼女には何かがあったのでしょうね。
そんなことを考えていると、
「改めてもう一度言うわ。
今度は先ほどのような顔をせずに、
「ありがとう。あなたもお疲れ様、でも、次に競うようなことになっても、またあたしが勝つわ」
そんな彼女の手を握り、あたしも次も負けないことを告げる。
きっと彼女とは時にはライバル、時には仲間と言った関係になるはず。そんな予感をあたしはこの時に感じていた。
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