第五話 帝王は苫小牧からは逃げられない
観光大使から苫小牧のパンフレットなどを貰い、俺は教室に入った。
「帝王、おはよう」
「クロ、おはよう」
幼馴染と朝の挨拶を交わすと、彼女は俺の持っているパンフレットに視線を向けていることに気付く。
「あ、これか? さっきティッシュ配りをしている人から貰ったんだよ」
「あ、あの霊馬学園の? 私の時は貰えなかったけど?」
「どうやら、俺が苫小牧のことをあまり認知していないことに対してあまり良く思っていないようでな。強制的に渡されたんだ」
「へぇーそうなんだ? 苫小牧に行くの?」
「何でそうなる?」
突然のクロの言葉に困惑する。
どうしてパンフレットを貰っただけで、わざわざ北海道にまで行って、旅行をする発想になる?
「だって、そのパンフレット、お得な割引券が付いているじゃない」
クロに指摘され、初めてこのパンフレットに割引券が付いていることに気付く。
飛行機代、新幹線代などの移動費、宿泊先の旅館、苫小牧の観光スポットなどのお店などが、全て半額の値段になると言うものだ。
そして『半額で旅行ができるのに、苫小牧に行かないなんて選択肢はないよね!』と文字が書かれている。そして『差額の金は国からの補助金です。雇用保険料を使っている訳ですから、この機会に苫小牧に行かないなんてあり得ないですよね。このパンフレットにもお金がかかっています』と書かれている。
圧力が凄い。まるで強制的に苫小牧を観光させようとしているじゃないか。
確かに企業で働いている人が払っているお金を使わせてもらっていることになる。
でも、やり方が汚い。これでは人質を取られているようなものだ。
「と言ってもな。期限はゴールデンウィーク中じゃないか。今から予定を立てても急だし、それに1人で旅行って寂しいじゃないか」
苫小牧に行く気になれなかった俺は、適当な理由を
『1人じゃないよ。私も居るじゃない。ヌイグルミならお金がかからない。タダで旅行することができる』
「いや、お前と一緒に居るくらいなら1人で観光した方がマシだ」
『何でだよ! 私と一緒じゃ不満なの!』
ハルウララが怒り口調で言ってくるが、彼女のことだ。勝手にどこかにほつき歩いて探し回ることになって、観光を楽しめないのが目に見えている。
「だったら、私も帝王と一緒に苫小牧に行ってあげるよ」
俺が1人で旅行をしたくないと言うと、クロが自分も付いてくると言い出す。
だけど、彼女は連休に予定があったはず。
「クロは、ゴールデンウイークに予定があるんじゃなかったのか?」
「あ、あれね。偶然にも数分前にキャンセルすることになったのよ」
「そ、そうか」
偶然にも数分前に予定がなくなるとは災難だな。それにしても困ったな。クロが行く気になっているのに、どうやって断ろうか。
「話しは聞かせてもらったわ。苫小牧への旅行、わたしも参加させてもらうわ」
どうやって断ろうかと考えを巡らしていると、
いや、何を言っているんだよ。確か連休は、
「
「そうだけど、つい数分前に事情が変わって、あたしだけが残ることになったのよ。だから連休はフリーな訳」
自分だけが残ることになったと告げると、彼女はタブレットを取り出し、何かを操作し始める。
そしてブツブツと独り言を言い出すが、声が小さかったので俺には聞こえなかった。
「これでよし……疑うと言うのなら、兄さんに聞いてもらっても良いわよ」
「いや、わざわざそんなことはしないって」
そんなことを思っていると、脳裏にあるアイディアが思い浮かんだ。
「そんなに行きたいのなら、2人で行って来れば? そうすれば、この割引券も無駄にならないし、苫小牧に貢献することもできる」
我ながら何て良いアイディアだ。これなら、割引券やパンフレットを無駄にしないし、苫小牧の経済発展にも貢献ができる。
「それはダメよ。だって、これは帝王が貰ったのだから、その責任は果たすべき」
「お祭り娘の言う通りだわ。どうしてあの人がこのパンフレットをあなたに渡したと思うの? あなたに苫小牧の良さを知ってもらいたいからでしょう? なら、あなたが行かないでどうするの?」
正論を述べられ、俺は反論することができなくなる。
『前門の虎、後門の狼にならぬ、前門のクロ、後門の
今の俺に降り掛かっている状況を楽しんでいるのか、ハルウララが突然実況を始める。
「いや、どう見たって俺の負けだろう。分かったよ。俺も行けば良いのだろう」
小さく息を吐き、連休は彼女たちと旅行をすることになった。
余談だが、その後に
偶然って意外にも続くものなんだな。
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