第二十四話 黄金船の思い

 〜黄金船ゴールドシップ視点〜






『くそう! さっきから俺の前を走りやがって! 邪魔なんだよ! 良い加減に道を譲れ!』


『譲れと呼ばれて誰が譲るかってんだ! 生前、お前には負かされたからな。今度は俺が勝たせてもらう。そのためには、最後まで後方でいさせてもらうぜ』


 もう直ぐ第3コーナーが近付く中、目の前を走るワールドエースにブロックされ、中々前に進むことができない。


 この馬は、最終直線に入ってからの爆発的な末脚が武器だ。まだ焦る段階ではない。けれど、生前に競り合ったワールドエースがゴールドシップに執着している。前を抜かせないガードに、ゴールドシップは苛つき、冷静さを欠いてしまっている状況だ。


 このままでは、この馬本来のレースができなくなってしまう。


 俺様とゴールドシップの息が合っていない。所謂『かかった』と呼ばれる状態だ。


「ゴールドシップ! 落ち着け! 中々前に出られなくて苛つく気持ちはわかるが、お前の強みは最終直線に入ってからだろうが! 今は変に感情を掻き立てられずに、足をためることを考えろ!」


『くそう! くそう! くそう!』


 忠告して冷静になるように促すも、俺様の声は届いていないようだ。こいつはダメだな。このままでは優勝どころか5着以内入賞することも難しい。


 俺様はこんなところに負ける訳にはいかないんだ! 勝って、俺の力を親父に見せつけて、認めさせる!


 レースの最中だと言うのに、俺の思考は父親に向いていた。






 俺の親父は政治家だ。元々は優秀で現代の貧困の格差を無くそうと日本の政治を変えるために政治家を目指していたらしい。所得の低い人の味方で人々から支持を受け、見事入選して政治家になった。


 だが、政治家として活動する内に、親父は変わってしまった。


 あれだけ国民のために動いていた親父も、上からの圧力や金の力で押し止められ、己の描いた政治ができずに、政治家の闇に呑まれてしまった。


「良いか、黄金船ゴールドシップ。どんなに正義を志しても、それ以上の金と言う力の前では人は無力だ。人間は欲深き生き物。欲望こそが人の本質だ。正義は勝つと言う言葉の裏には、勝った者が正義と言う意味がある。それが政治となると圧力をかけられる程の権力や金を多く持っている者が正義だ。権力や金のない者は正義となることはない。それが今の日本だ」


 自分の描いた志のある正義の政治ができないのは、自分に権力や金が他の者に劣っているから、そう言って親父は権力や金のことばかり考える人間となってしまった。


 そんなものは間違っている。権力や金ばかりが人間の全てではない。そう思っている。


 だから俺は、親父に反抗するように小学生の頃は善意の行いをしていた。


 困っている人は助け、お金に困っている人が居れば、お小遣いを分けてあげていた。


 しかし、そんな姿を見た親父は権力や金のない者は助ける価値がない。そう吐き捨て、罰として殴る蹴るの暴行を俺に与えた。


 今では体罰となる教育的暴行、1900年台では当たり前だったらしい。


 正義とは何か、国民を救う政治家とは何か。何が親父を変えてしまったのか、当時小学生だったころの俺様には分からなかった。


 中学生に上がった頃『薬漬け走者の魔競走生活』と言うネット小説と出会った。その物語の主人公は研究者に実験動物モルモットにされ、人族最強の走者を作り出すために薬漬けの生活を送り、すさんだ心を持っていた。


 なんとなく俺様に似ているところがある。そう思って読み進めていると、主人公は悪ぶって周りからヘイトを集めるような行動をするが、必ず誰かを救っているダークヒーローだった。


 悪になりすましたヒーロー。悪でもヒーローになれることを知った俺様は、その日以来ダークヒーローを目指すようになった。ただ気に食わないところがあるとすれば、主人公の名前が大気釈迦流エアシャカールと同じでシャカールと言う名前だと言うことだ。どうしてゴールドやシップじゃない!


 その作品の影響もあり、不良になったのもそのためだ。不良たちは社会に馴染めずに己の居場所を失って彷徨っている奴らが多かった。


 しかし彼らに寄り添うと必ずしも悪い奴らではなかった。親が仕事で忙しく不在で親の愛を知らない者、親からの暴力を受けて逃げ出している者など、彼らとは共通する点が多く、親近感が沸いた。


 いつの間にかリーダー扱いをされ、俺様はこいつらのためにこの国を変えてやると言う決断をした。この国を変えるには、政治家たちを変えなければならない。その一歩として親父を変えてみせる。


 そのためにも、今回のレースで優勝しなければならない。


 強者が勢揃いしているこのレースで1着を取れれば、強敵相手でも諦めずに己の信念を貫き通すことで、夢は叶えられると言うことを親父に伝えられるはずだ。


 例え俺様が泥臭いレースを見せたとしても、最後まで諦めずに勝利を掴もうとする光景を見せれば、親父の何かを変えられるかもしれない。


 そう思って、俺様は今回の皐月賞にゴールドシップと共に出馬したんだ。






『先頭はナゾのままですが、アドバンテージがあまりない! 2番手とは1馬身差となっています。さぁ、最終コーナーを曲がって最後の直線だ!』


 実況の声が耳に入り、俺様は我に返った。


 チッ、こんな時に親父のことを思い出してしまうなんてな。だけど、お陰で今回のレースで勝たなければいけない意欲が湧き上がってきた。


 顔を上げ、コースの先を見る。すると、全ての馬たちは、大外回りで第4コーナーを曲がった。


 どうしてそんなに大外で回っている? それなら内側から入られるじゃないか? せっかくのリードを失うことになる。


 騎手たちの考えに疑問を思っていると、直ぐにその原因が分かった。


 先ほどまで降っていた雨の影響で内側には水溜りができている。あそこを走れば、馬の足が取られて速度を落とすと思ったのだろう。


 水溜りを目撃した俺様は、思わず口角を上げる。


 どうやら神様は俺様の味方をしてくれたようだ。


「生前の再現といこうじゃないか! ゴールドシップ!」


名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース! 不良馬場のコーナーリングコーナーリングオブディフェクティブバーロード


『大外を回る中、ゴールドシップだけが内回りでコーナーを曲がる! これで一気に差を縮めた!』


「よっしゃ! このまま一気に――」


「バカめ! そんなことはお見通しだ! 計算通りなんだよ!」


「何!」


 俺様たちだけが内側を走っていると思っていた。だが、俺様の隣をエアシャカールが走っていた。


 俺様たちは必殺技で使って素早くコーナーリングをしたと言うのに、こいつは普通に曲がって俺様に付いてきただと!

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