第六話 ローブデコルテ

大和鮮赤ダイワスカーレット視点〜


阪神競馬場のコースを把握したあたしは、次に対戦相手の1頭であるローブデコルテの対策に付いて考えた。


「お祭り娘、あなたの知っているローブデコルテの情報ってあるかしら?」


「そうね、ローブデコルテはアメリカ生まれの馬だよ。父親はコジーン、母親はカラーオブゴールドだね。戦績は17戦3勝で、2着が2回、3着が2回、掲示板入り入賞が合計で12回しているわ。1着の回数は少ないけれど、掲示板入り入賞を逃したのはたったの5回だから、強敵になるわね。しかも、唯一ダイワスカーレットが感冒風邪で出走できなかったオークスを勝利して、3歳牝馬限定レースの1冠を手に入れているし」


 ローブデコルテは、唯一ダイワスカーレットが取り逃した優駿牝馬オークスを勝っている。もし、ダイワスカーレットが風邪を引いて出走取り消しにしなければ、彼女は牝馬3冠という快挙を成し遂げていたでしょうね。


 と、考えてしまうのは自惚れかしら? もし、ウォッカが東京優駿日本ダービーではなく、優駿牝馬オークスに出走していたら、彼女が樫の女王になっていたかもしれない。けれど、もしそうなっていたのなら、64年ぶりの快挙と言う伝説を、ウオッカが生み出せていなかったでしょうね。


 なぞなぞ博士の言っていた勝負服のなぞなぞではないけれど、本当に未来はどうなるのかわからないわ。ちょっとしたことで人生、いえ、馬生はいくらでも変わってしまう。


「ローブデコルテは、優駿牝馬オークスを走った際に、2分25秒3を記録したこの記録は、当時のレースレコードだったエイシンサニーの2分26秒1を破り、17年振りにレースコードを更新した実力馬だよ。多分、彼女の名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースは、これに関連したものだと思う」


「もしかしたら、優駿牝馬オークス限定の必殺技かもしれないけれど、桜花賞にも発動すると思っていた方が良いかもしれないわね」


「そうだね、特定のレースのみに発動と言うよりも、特定のレースに追加効果を発揮する系の技だと思っていた方が良いかもしれないね」


「後は何か知っていることってあるの?」


 わたしは他にも情報を得ようと思って彼女に訊ねる。


「うーん、後は彼女の可哀想なエピソードくらいかな? 優駿牝馬オークスが一番彼女の輝いていたレースだったの。その後のレースはアメリカに渡って、ハリウッドパーク競馬場のアメリカンオークスに出走したけれど、レース中に鼻出血を起こしてギリギリの5着、その後日本に帰国したけれど、馬インフルエンザの影響で前走なしで秋華賞へと向かったけれど10着。この後も凡走して引退することになったわ」


 優駿牝馬オークスが、彼女の1番輝いていたレース。そう考えると、優駿牝馬オークスの方が彼女が勝つ可能性があるのに、どうして桜花賞に挑んで来たのかしら?


 まぁ、こんなことを考えても仕方がないのでしょうね。


「あ、あと。繁殖牝馬になった後は、ダイワスカーレットの父親であるアグネスタキオンと交配したって記録もあるよ」


「何ですって!」


 お祭り娘の言葉に、思わず声を上げてしまう。


 まさか、ローブデコルテがアグネスタキオンと交配していたとは知らなかったわ。


 つまり、人間で例えたら、離婚した父親の再婚相手が同級生ということになる。


 まぁ、競走馬と人間では子孫を作るルールが違うから、自然界で言えばおかしなことではないけれど、何だか複雑だわ。


 ダイワスカーレットをローブデコルテと合わせたいような、合わせたくないような。


「まぁ、私が知っている情報はこのくらいだね。多分、今回のレースは今までのレースとは違って、全国の霊馬騎手の中でも選ばれた騎手が出走するレースだから、簡単に勝てるとは思わない方が良いわよ。歴代の桜の女王が出走する可能性も高いから」


「分かっているわよ。油断は決してしないわ。札幌競馬場のメイクデビューで、ハルウララに敗れたのですもの。例えどんな相手でも、全力で勝ちに向かうわ」


 あたしは覚悟を決めると、扉へと向かう。


大和鮮赤ダイワスカーレット


「何よ?」


 背後から東海帝王トウカイテイオウに声をかけられ、あたしは振り返る。


「そのう。上手く言葉にできないが、頑張ってくれ。きっと明日屯麻茶无アストンマーチャンにも、何か考えがあって、俺たちに敵対したのだと思う。俺はどうしてもダイワスカーレットに勝ちたいと言う一心で、襟無衣装ローブデコルテの味方をしているとは思えないんだ」


「はい、はい、分かっているわよ。控室で見かけたら、ちゃんと話を聞いてみるわ」


 東海帝王トウカイテイオウの言葉に返事を返す中、あたしは内心面白くなかった。


 どうしてこんな時に敵となった明日屯麻茶无アストンマーチャンの心配をするのよ。今だけでも、あたしを応援してくれても良いのに。


 なぜかイライラとしてしまい、拳を握る。


 あーあ、ダメね。こんな時に嫉妬してしまうなんて。でも、相手がローブデコルテでも、アストンマーチャンでも、歴代の桜の女王だったとしても、絶対に勝ってみせるわ。


 あたしは心の中で決意すると、扉を開けて選手控室へと向かった。

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