第十四話 倍率の歪み
俺に紹介したい人がいるって言っていたけれど、いったい誰なのだろうか?
『観客席からレースを見るの、初めて! どんなドラマが見られるのかワクワク!』
俺の肩に後ろ足を乗せ、頭に前足を乗せているハルウララが興奮気味で言葉を連ねる。
「そんなところに居たら、後の席の人の邪魔になるだろう」
『はーい。帝王の膝の上に座るのも、これはこれで悪くないね』
膝の上に座ったハルウララが、嬉しそうに声を発した。
レースの開催を待っていると、
どうやら観客席ではないようだな。そうなると、騎手の紹介なのだろうか。
胸ポケットからタブレットを取り出し、この時間に開催されるレースを確かめる。
もう直ぐ始まるレースは、 G IIスプリングステークス。中央競馬場で行われる1800メートルの中距離戦だ。そして今回の出走馬は16頭。
その16頭の名前を確認していると、ある馬の名前に目が止まった。
ダイワメジャー。ダイワスカーレットの種違いの兄だ。
もしかして、彼女が紹介したいと言うのは、この名馬に騎乗する騎手なのだろうか。
「この
推し馬の人気順に納得がいかないのか、
「まぁ、賭け事をしている以上、ある程度は儲けを出さないといけないから、多少の確率操作はあるだろうよ」
競馬には、
例えば、霊馬競馬の番組やネットの記事で『この馬が最近来ている。今回のレースでもきっと勝つ!』などが言われたり、書かれたりしていたとしよう。そしたら、馬や騎手の実力を把握していない人が噂を聞き付け、その馬に関係する馬券を購入してしまう。
すると自然と
そうして実際にレースが始まると、1番人気であるにも関わらず負けてしまい、馬券がただの紙切れになってしまう。
これが
まぁ、実力通りに1番人気が1着になるケースもあるから、他人の言うことは参考程度にとどめ、最終的には自分が調べた知識で最終決断をするのが良い。それが勝っても負けても、納得できる解決策だ。
競馬にはジンクスなどもあり、そのジンクス通りになることもある。
それに、
さて、せっかく観戦に来たことだし、俺も今回のレースで何かかけてみようかな。
『帝王、せっかくなら賭けようよ。フンコロガシをしてみない?』
「フンコロガシ? ああ、複勝転がしのことな」
複勝転がしとは、複勝のみを購入してどんどん所持金を増やす戦法だ。
複勝は、3着までに入る馬を当てる馬券だ。払い戻しは
例えば、俺が前々回走った弥生賞を参考にした場合、安定の3着はナイスネイチャだ。あの時の
これが複勝転がしと言われる戦法だ。
絶対に3着以内に入ると言う自信のある馬が居た場合は、安定の複勝を勝ってチャレンジしてみるのも良いだろうな。
でも、3着以内に入らなければ複勝転がしは失敗することになる。だから馬や騎手の見極めが重要となってくる。
さて、どの馬の馬券を買うか。
もしかしたら、このレース後にダイワスカーレットは席を外すかもしれない。そうなると、複勝転がしをする意味はあまりないかもしれないな。
「悪いが、複勝転がしはまた今度だ」
『えー、なんでさ』
ハルウララの言葉を無視して、俺はタブレットの画面を凝視する。
一攫千金を狙うなら、3連単か。でも、3連単を当てるのは難しい。なら、両方の効果を持つ応援馬券の方が良いだろうか。
どの馬券を購入するのか悩んでいると、いつの間にかタブレットには『このレースの馬券販売は終了しました』と言う表示が現れる。
悩みまくった挙句、時間に間に合わずに馬券を購入できないで終わる。馬券を購入している競馬ファンには、1回くらいはおそらく経験したことがあるだろう、あるあるを体験してしまった。
しまった。悩みすぎたか。だいたいこう言うのって、買い逃した馬券が当たることが多いんだよな。
一応、心の中では、ダイワメジャーの単勝ってことにするか。
レースの出走時間となったようで、馬と騎手たちが次々とゲート入りを始める。
『さぁ、全ての馬がゲート入りを済ませました。スプリンングステークス、まもなく開始です』
中山の言葉が終わった瞬間、ゲートが開き、一斉に馬たちが走る。しかし、その後すぐに、俺は目を大きく見開く出来事を目撃してしまう。
『ゲートが開きました。みんな一斉に……おっと! ここでダイワメジャーの騎手が落馬だ! 騎手を落としたまま、ダイワメジャーが突っ走る!』
騎手の落馬を目の当たりにした観客たちからは、
横に座っている
「うそでしょう。どうして兄さんが落馬なんて」
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