第四章

第一話 帝王のピンチ

 〜ハルウララ視点〜


『帝王のバーカ、アーホ、馬たらし、どうして私だけじゃダメなのよ』


 独り言を呟きながら、私は学園の屋上から外の風景を眺めていた。


 帝王と喧嘩して数日が経った。あれから彼はまだ、レースに出走してはいないらしい。


 まぁ、次の刺客が来ていないだけかもしれない。でも、仮に現れたとしても、どうせトウカイテイオーが居れば勝ってしまうもの。私が居ても、帝王の力にはなってあげられない。スペックが高いトウカイテイオーが居れば、私のような負け馬なんて必要ないもの。


『実家に帰るって言ったけれど、どうしようかな? 霊馬界はアストンマーチャンのように、こっちの世界で死を迎えないと戻れないし、マーサーファームに行く道も分からない』


 これからどうするべきかを考える。


 私の方から出て行った以上、帝王が頭を下げて謝らない限りは、戻ってあげるつもりもないし、それにさっきも心の中で言ったけれど、大抵のレースはトウカイテイオーが居れば解決できる。


『見つけたぞ! こんなところに居たのか!』


 背後から声が聞こえて振り返る。


 すると、背後には茶褐色の毛の馬が顕現していた。


 額から鼻付近に伸びる白い模様は、額の部分はトランプのダイヤのようになっている。人間で言う膝や肘の部分にあたる腕節わんせつ部分から、おそらく人間で言うところの足首部分だろうと思われる球節きゅうせつにかけて黒色に変わり、そして左前足部分だけが、そこから白色になっている特徴の馬だ。


『トウカイテイオーじゃない。帝王の浮気相手が何の用なの?』


『詳しく話している暇はない。今直ぐにあの男の元に戻れ!』


『それってどう言う意味なの?』


 彼の焦っている感じから察するに、帝王にピンチが訪れているようね。でも、私には関係のないこと。


『なんで戻らないといけないのさ、トウカイテイオーが居れば、私なんて要らないじゃない。適正だって、アビリティで上げることだってできる。私なんて必要されない牝馬ひんばだもん』


『面倒臭い牝馬ひんばだな。時間が残されていないって言うのに……こうなったら、最初から説明をするしかないか。東海帝王とうかいていおうが、雷の頭目とか言うやつに勝負を挑まれた。高知競馬場、初夢特別のダート1400メートルのマイル戦だ! もう、出走まで残り30分しかない!』


『ふーん、そうなんだ。頑張ってね、私には関係のないことだもの。アビリティでさっさとダートとマイルの適性を上げてレースに挑めば良いよ。君のスペックなら、アビリティがなくとも勝てるでしょう。何せ、前走の弥生賞で、名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースを発動しなくとも勝てるくらいなのだから』


 私の言葉に、トウカイテイオーは一瞬言葉を失ったのか、何も言わなかった。


 それから数秒の時が経ち、再びトウカイテイオーが口を開く。


『お前の気持ちは分かった。力を貸すつもりはないんだな』


『さっきからそう言っているでしょう』


『そうか。なら今から負けて来る。ダートの適性がGの俺が、どれだけの走りができるのか分からないが、全力は出してくる』


『負けて来る? それってどう言うことなの? アビリティを使って適性を上げれば、ダートの適性をAにすることだってできるじゃない。確かにダートの適性を上げるアビリティは高額かもしれない。でも、帝王には明日屯麻茶无アストンマーチャンがいる。彼女が帝王を助けるために、ファンを利用すれば、ダート適性星3つを買ったり、譲渡したりできるじゃないか』


『確かに、危機を知った明日屯麻茶无アストンマーチャンが動いてくれた。でも、アビリティを購入するアプリがサイバー攻撃を受け、利用できない状態になっている。そして学園の生徒の持つタブレットにも、何かしらの攻撃を受けているようで、プレゼントシステムが使えない状態だ。つまり、俺は強化された状態でダートコースを走ることができないと言う訳だ。だから、ハルウララ! お前の力が必要なんだ! オレではなく、お前を帝王は必要としている!』


 次第に現状が明かされていく。


 確かにそのような状況に陥っているのであれば、私が走った方が帝王は勝てるかもしれない。でも、喧嘩をした以上、私の方から行くのは憚れる。


『帝王には良い薬だよ。たまには負けてみるのも良いんじゃないの? 負けることで、人は成長するのだから』


 つい、思ってもいない言葉が口から出てしまう。帝王が負ける? そんなことは嫌だ。でも、つい反発してしまい、あの様な言葉が出てしまった。


『あいつが負ければ、この学園に居たいと言う、あいつの夢を奪うことになるんだぞ! それでも良いのか! オレは良くない! 絶対に契約者の夢を奪わされてたまるかよ!』


 夢と言うワードを、彼は力強く口にする。


 そう言えば、トウカイテイオーは夢を奪われ続けたんだっけ?


 無敗の三冠王となった皇帝の息子として生まれたトウカイテイオーは、父親の子どもとして、同じく無敗の三冠を期待されていた。でも、2冠を取ったダービー後、骨折が発覚して、3冠をかけた菊花賞に間に合わなかった。


 クラシック3冠と呼ばれる皐月賞、日本ダービー、そして菊花賞は、3歳馬限定のレース。一生の内に1回しか走ることができないし、3歳馬となっても、出走できる権利を勝ち取らなければ、クラシック3冠に挑戦する権利すらもらえない過酷なもの。


 怪我を理由に来年挑戦することもできない厳しい世界なのだ。彼は骨折に3冠の夢を奪われ、復帰後の天皇賞・春でもメジロマックイーンに敗れて5着となり、無敗の夢も奪われた。


 彼が夢に拘るのは、そんな過去があったからなのだろう。


『くそう、オレにここまで言わせておいても帝王に協力しないのかよ。もう、時間がないな。オレはあいつのところに戻る。帝王の夢を守る自信は正直ないが、オレの出せる全力で走ってくるさ』


 捨て台詞を吐き捨てると、トウカイテイオーは私の前から姿を消した。


『帝王が負ける……この学園から去る……帝王が悲しむ……どうしよう』


 そんなにやばい状況に陥っているとは思わなかった。彼が悲しむ姿は見たくない。でも、会うのは気まずいし、きっかけが欲しい。


 お願い、私に勇気を与える何が起きて!


 心の中で叫んだその瞬間、風が吹いて一輪の花が飛んできた。


 その花を見た瞬間、私の脳が閃く。


『そうだ! 花占い!』


 目の前を通った花はいつの間にか視界から消えていた。なので、私は急いで学園の花壇へと向かい、一輪の花を口で摘む。そして一枚一枚をちぎって占った。


『帝王を助けに行く……行かない……行く……行かない……行く……行かない……行く――』


 どうしよう、最後の一枚、これを抜いたら、助けに行けられない。


『そうだ! デメリットステータス発動! この花占いに飽きちゃった!』


 ちぎっていた花を捨て、新しい花を積む。


 デメリットステータスが発動したら、仕方がないよね。だから、最初からやり直します!


 もう一度花占いを始める。今度は逆に、行かないから始めた。


『帝王を助けに……行く!』


 最後の花弁を引きちぎり、私はついでに2本ほどお花を摘み、マスクの隙間に差し込む。


 これで変装完了! 絶対に私がハルウララだってことに気付かないはず!


『待っていてね! 帝王! 今、このウララ仮面が助けに行くから!』


 私は全速力で賭け、急いでレース会場へと向かった。

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