第四章
第一話 帝王のピンチ
〜ハルウララ視点〜
『帝王のバーカ、アーホ、馬
独り言を呟きながら、私は学園の屋上から外の風景を眺めていた。
帝王と喧嘩して数日が経った。あれから彼はまだ、レースに出走してはいないらしい。
まぁ、次の刺客が来ていないだけかもしれない。でも、仮に現れたとしても、どうせトウカイテイオーが居れば勝ってしまうもの。私が居ても、帝王の力にはなってあげられない。スペックが高いトウカイテイオーが居れば、私のような負け馬なんて必要ないもの。
『実家に帰るって言ったけれど、どうしようかな? 霊馬界はアストンマーチャンのように、こっちの世界で死を迎えないと戻れないし、マーサーファームに行く道も分からない』
これからどうするべきかを考える。
私の方から出て行った以上、帝王が頭を下げて謝らない限りは、戻ってあげるつもりもないし、それにさっきも心の中で言ったけれど、大抵のレースはトウカイテイオーが居れば解決できる。
『見つけたぞ! こんなところに居たのか!』
背後から声が聞こえて振り返る。
すると、背後には茶褐色の毛の馬が顕現していた。
額から鼻付近に伸びる白い模様は、額の部分はトランプのダイヤのようになっている。人間で言う膝や肘の部分にあたる
『トウカイテイオーじゃない。帝王の浮気相手が何の用なの?』
『詳しく話している暇はない。今直ぐにあの男の元に戻れ!』
『それってどう言う意味なの?』
彼の焦っている感じから察するに、帝王にピンチが訪れているようね。でも、私には関係のないこと。
『なんで戻らないといけないのさ、トウカイテイオーが居れば、私なんて要らないじゃない。適正だって、アビリティで上げることだってできる。私なんて必要されない
『面倒臭い
『ふーん、そうなんだ。頑張ってね、私には関係のないことだもの。アビリティでさっさと
私の言葉に、トウカイテイオーは一瞬言葉を失ったのか、何も言わなかった。
それから数秒の時が経ち、再びトウカイテイオーが口を開く。
『お前の気持ちは分かった。力を貸すつもりはないんだな』
『さっきからそう言っているでしょう』
『そうか。なら今から負けて来る。
『負けて来る? それってどう言うことなの? アビリティを使って適性を上げれば、
『確かに、危機を知った
次第に現状が明かされていく。
確かにそのような状況に陥っているのであれば、私が走った方が帝王は勝てるかもしれない。でも、喧嘩をした以上、私の方から行くのは憚れる。
『帝王には良い薬だよ。たまには負けてみるのも良いんじゃないの? 負けることで、人は成長するのだから』
つい、思ってもいない言葉が口から出てしまう。帝王が負ける? そんなことは嫌だ。でも、つい反発してしまい、あの様な言葉が出てしまった。
『あいつが負ければ、この学園に居たいと言う、あいつの夢を奪うことになるんだぞ! それでも良いのか! オレは良くない! 絶対に契約者の夢を奪わされてたまるかよ!』
夢と言うワードを、彼は力強く口にする。
そう言えば、トウカイテイオーは夢を奪われ続けたんだっけ?
無敗の三冠王となった皇帝の息子として生まれたトウカイテイオーは、父親の子どもとして、同じく無敗の三冠を期待されていた。でも、2冠を取ったダービー後、骨折が発覚して、3冠をかけた菊花賞に間に合わなかった。
クラシック3冠と呼ばれる皐月賞、日本ダービー、そして菊花賞は、3歳馬限定のレース。一生の内に1回しか走ることができないし、3歳馬となっても、出走できる権利を勝ち取らなければ、クラシック3冠に挑戦する権利すらもらえない過酷なもの。
怪我を理由に来年挑戦することもできない厳しい世界なのだ。彼は骨折に3冠の夢を奪われ、復帰後の天皇賞・春でもメジロマックイーンに敗れて5着となり、無敗の夢も奪われた。
彼が夢に拘るのは、そんな過去があったからなのだろう。
『くそう、オレにここまで言わせておいても帝王に協力しないのかよ。もう、時間がないな。オレはあいつのところに戻る。帝王の夢を守る自信は正直ないが、オレの出せる全力で走ってくるさ』
捨て台詞を吐き捨てると、トウカイテイオーは私の前から姿を消した。
『帝王が負ける……この学園から去る……帝王が悲しむ……どうしよう』
そんなにやばい状況に陥っているとは思わなかった。彼が悲しむ姿は見たくない。でも、会うのは気まずいし、きっかけが欲しい。
お願い、私に勇気を与える何が起きて!
心の中で叫んだその瞬間、風が吹いて一輪の花が飛んできた。
その花を見た瞬間、私の脳が閃く。
『そうだ! 花占い!』
目の前を通った花はいつの間にか視界から消えていた。なので、私は急いで学園の花壇へと向かい、一輪の花を口で摘む。そして一枚一枚をちぎって占った。
『帝王を助けに行く……行かない……行く……行かない……行く……行かない……行く――』
どうしよう、最後の一枚、これを抜いたら、助けに行けられない。
『そうだ! デメリットステータス発動! この花占いに飽きちゃった!』
ちぎっていた花を捨て、新しい花を積む。
デメリットステータスが発動したら、仕方がないよね。だから、最初からやり直します!
もう一度花占いを始める。今度は逆に、行かないから始めた。
『帝王を助けに……行く!』
最後の花弁を引きちぎり、私はついでに2本ほどお花を摘み、マスクの隙間に差し込む。
これで変装完了! 絶対に私がハルウララだってことに気付かないはず!
『待っていてね! 帝王! 今、このウララ仮面が助けに行くから!』
私は全速力で賭け、急いでレース会場へと向かった。
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