第十六話 実家に帰らせてもらいます

 弥生賞を走り終え、会場は歓声に包まれた。


『テイオー! 優勝おめでとう! やっぱり君は強いや』


 走り終えた俺たちのところに、シャコーグレイドがやって来ると、トウカイテイオーに語りかけてきた。


『当たり前だ。俺は負ける訳にはいかない。こんなところでお前に負けては、勝ったお前は目標を失うことになる。目指すものを失った者が、どんな末路を辿るのか、俺はそれを嫌と言う程体験してきたからな』


『そうか、君はお父さんを……いや、こんなところで言うセリフではないね。でも、きっとテイオーなら大丈夫だよ。霊馬として復活した君なら、きっと三冠の夢を叶えられる。僕には、天地がひっくり返ったとしても無理だろうけれど。じゃね、僕はそろそろ行くよ。これ以上君の凱旋の邪魔をする訳にはいかない。次に君と競う日があれば、今度は君に認められるようになってみせるから』


「奇跡の名馬、やっぱり君は強いね。ハルウララに続いて3連勝おめでとう。愛馬のシャコーグレイド同様に、次は俺たちが勝ってやる。それじゃ、行こうか」


 手綱を操り、シャコーグレイドの騎手は愛馬と共に俺たちから離れて行く。


『誰か! 助けて! どうしてレースが終わったのに、俺を必要以上に追いかけて来るんだよ!』


『それはあなたが話さないからでしょうが! どうして他の牝馬ひんばにちょっかいをかけるのよ! あなた、セイントネイチャーの教育に悪いわよ。私たちの子が、あなたのような性格に育ったら、どう責任を取ってくれるのよ!』


『子孫を残そうとするのは、生物だから仕方がないじゃないか! それに未来の記録記憶があっても、今の俺は全盛期の状態だ! 子どもの話をされても困るって! それにお前って意外とタフだな! そんなにスタミナがあるのに、どうして生前はあまり勝てなかったんだよ!』


 レースが終わっても、ナイスネイチャとラシアンジュディの追いかけっこは未だに続いている。まぁ、これに懲りたら、無闇に虜にする魅力プレイボーイを使おうとはしなくなるだろう。


「よし、俺たちは観客席側ホームストレッチに向かうとするか!」


 手綱を操作して、俺たちは観客席側ホームストレッチに向かう。そして観客たちからの声援を浴び、共にこの勝利を喜びあった。


 その後、俺はトウカイテイオーに礼を言って彼から降りると、トウカイテイオーの姿が消える。


「優勝おめでとう。やっぱりあなたは強いわね。初めてのコンビなのに、強敵揃いのあのレースを勝ち抜くなんて」


 会場の外に出ようとすると、軽くパーマを当てられ、ウェーブのかかった赤いロングの髪の女の子が声をかけてきた。彼女は気品に溢れた佇まいをしながらも、燃えるような赤い瞳で俺のことを見て来る。


大和鮮赤ダイワスカーレット


 ポツリと彼女の名前を言う。


 俺はハルウララとしか契約できていないのに、トウカイテイオーとも契約をしていると嘯いた。もちろん、それは作戦の内だったのだが、大和鮮赤ダイワスカーレットはショックを受けてしまったのだ。そして俺との距離を起きたいと言って、彼女は俺の目の前から姿を消した。


 それなのに、どうして大和鮮赤ダイワスカーレットがこの場にいるのだろうか。


 このままここに居辛い雰囲気が醸し出してくる。でも、彼女を避けてここから離れることもできそうにない。


 どうしようか。


 悩んでいると、大和鮮赤ダイワスカーレットの方から近付く。そして勢い良く頭を下げてきた。


「ごめんなさい!」


「え?」


 突然の謝罪に、困惑する。


 どうして彼女が謝るんだ。


「あなたはこの学園で生き残るために、必死になって策を講じていただけなのに、あたしの勝ってな思い込みのせいで、あなたを傷付けてしまったわ。だから、ごめんなさい!」


 頭を下げて謝罪の言葉を述べる大和鮮赤ダイワスカーレットだが、彼女の態度に俺は安堵した。


 良かった。嫌われなくって。同じクラスメートなのに、仲が悪いままでは教室でも居づらいものな。


「頭を上げてくれ。俺は別に気にしてはいない。それよりも俺の方こそごめん。君は俺のことを信頼してくれたのに、その気持ちを踏み躙るようなことをしてしまった」


「何を言っているのよ。それはあなたの策であって、謝る必要は――」


 彼女の言葉を遮るようにして、俺は右手を差し出した。


「仲直りの握手をしよう。もう、俺は君に嘘はつかないし、困ったことがあれば相談する。俺は大和鮮赤ダイワスカーレットのことが好きだからな。好きなやつと、これ以上仲違いはしたくない」


 俺は思ったことを正直に述べる。すると、何故か彼女の頬が赤く染まった。若干戸惑いを見せながらも、大和鮮赤ダイワスカーレットは俺の手を握り返す。


「ひとつ聞きたいのだけど、その好きってライクよね?」


「当たり前じゃないか。俺はクラスメートとして、大和鮮赤ダイワスカーレットのことが好きだからな。それが何か?」


「べ、別に! なんでもないわよ。どうせそんなことだろうと思っていたわよ。あたしをお祭り娘なんかと一緒にしないで!」


 若干語気を強めながら、大和鮮赤ダイワスカーレットは言葉を捲し立てる。


 どうして、そこでクロが出て来るんだ? 何かの関連性でもあるのだろうか?


 そんなことを思っていると、疲労感によるものか、体が少し重く感じた。


 今日は早く休んだ方が良いかもしれないな。


「それじゃ、無事に仲直りもできたことだし、俺は自室に帰るよ」


「そうね。なら、あたしも一緒に帰るわ。相当疲れているようだし、途中で倒れても困るから、寮の前までは付き添ってあげる」


 こうして俺と大和鮮赤ダイワスカーレットは、途中まで一緒に帰った。


 男子寮の前で別れると、俺は寮の中に入って自室へと向う。


 そして扉を開けて部屋の中に入ったが、その瞬間ハルウララの人形が飛び出し、俺の体を上って肩に後ろ足を乗せると、前足で俺の頭をポカポカ殴ってきた。


『この浮気者! 私と言う者がありながら、他の馬を侍らせるなんて! お前はナイスネイチャか!』


 いきなりハルウララから浮気者扱いをされ、勝手にナイスネイチャと同じ扱いをされてしまう。


『私とは遊びだったの! 帝王はやっぱりトウカイテイオーが良いの! それはそうだよね! 私と違ってあの馬は強いし早いし、2冠覇者だし! 私が勝てる要素なんてひとつもないもの!』


 俺の頭をポカポカ殴りながら、ハルウララは言葉を捲し立てた後、俺の肩から飛び降りる。


『私、実家に帰らせていただきます』


 ハルウララの発言に、ため息を吐きたくなった。


 何が実家に帰らせてもらうだよ。マーサーファームにでも行くのか。


「あのな。霊馬騎手として、複数の馬と契約をするのは当たり前だ。レース会場がランダムである以上、どのレースでも対応できるようにしておかないといけない。それに数百年前の競馬だって騎手は色んな馬に乗って走っているんだぞ。それを二股、三股と言うのなら、騎手全員がナンパ野郎ってことになるじゃないか」


『それはそうだけど! 私は帝王と走りたい! 帝王とじゃなきゃ嫌! この先だってもっと、もっと帝王と走りたい!』


 必死に訴えてくるハルウララの気持ちに、俺は胸を打たれる。


 俺だって、初めて縁を結んだハルウララと一緒に走りたいさ。この縁を一生大事にしたい。でも、俺は負けることは許されないんだ。


 だから、どんなレースでも勝てるようにしなければならない。


「分かってくれとは言えない。でも、俺は負ける訳にはいかないんだ。ハルウララでは、どう頑張っても中距離、長距離は走れない。だから、トウカイテイオーの力がどうしても必要なんだ。でも、トウカイテイオーでは無理な短距離やマイルのレースでは、ハルウララ、君の力が必要だ。その時には、君の力を貸してほしい」


『それって、都合の良い女扱いじゃない! 私は帝王の1番になりたいんだよ! もう良いよ! 実家に帰らせてもらいます! 帝王はトウカイテイオーといちゃついとけば!』


「おい、待ってよハルウララ!」


 俺は彼女を呼び止めるも、ハルウララは開いている窓から飛び降り、どこかへと走って行く。


 たく、大和鮮赤ダイワスカーレットと仲直りができたと思ったら、今度はハルウララと仲違いかよ。


 俺だって、ハルウララと色々なレースに出たいさ。でも、システム上、それは不可能なんだ。

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