第二話 トレインセント学園

「遂にこの時が来たか。トレイセント学園の入学式が」


 俺は両手を真上に上げ、伸びをしながら学園までの道を歩く。


「帝王から助けを求められた時は、正直驚いたけれど。まぁ、どうにか入学式までに間に合ってくれて良かったよ」


 隣を歩いている親友、クロがホッとした表情で俺の独り言に答える。


「クロの実家には本当に世話になった。まさか数ヶ月掛かるリハビリが、たったの1ヶ月で終えられるなんてな。さすが北産カンパニーの子会社の病院だ」


「たった1ヶ月で治療とリハビリを終えられたのは、帝王の努力の結果だよ。パパも驚いていたよ『こんなに早くリハビリを終えた人間は見たことがない』って相当トレイセント学園に入学したかったんだね」


「まぁな。元々は俺を霊馬騎手にさせるために育てられていたし、俺の名を帝王にしたのだってトウカイテイオーを召喚して、学園のトップに君臨させるためだったからな。親父に捨てられて目的を失ってしまったが、次の目的を見つけるまでの間は、取り敢えず学園で名を上げようと思っている」


 そんな会話をしていると、クロが俺の前に立った。そして両手を広げて俺の進行を止めたかと思うと、その場で一回転をしてみせた。


「どう? トレイセント学園の制服を来た私の格好は?」


 学園の制服を着た自分に変なところがないのかの確認をしたいのだろう。自分が身に付けているものが変ではないか気になるのは、さすが女の子と言ったところだろうか。


 頭のてっぺんから足のつま先まで見渡す。だが、特に変に思う箇所はなかった。


 黒髪のセミロングに黒い瞳のある目は二重で童顔であり、まだあどけなさが残っている顔立ちをしているのはいつものことだし、同年代の平均に比べればやや小振りな胸にも変化が起きてはいなさそうだ。


 身に付けている制服も白をベースにして清潔感があるし、ブラウスのボタンもかけ間違いはしていない。それに特に目立つ様な汚れもなさそうだ。


「安心しろ。特に変な風に制服は着ていない。いつも通りのクロだ……痛い!」


 足に痛みを感じ、そちらに視線を向ける。すると、クロが俺の足を思いっきり踏み付けていた。


「おい、クロ! 何をしやがる。この靴買ったばかりの新品だぞ!」


「だからだよ。入学早々にケガとかされたら困るから、私が踏み付けて新品ではなくしてあげたの」


 ケガ防止だと言い、クロは朗らかな笑みを浮かべる。


 理由あっての行動であるため、怒りの感情よりも呆れの方が強まった。


「お前、迷信とか、願かつぎとか好きだよな。後、祭りも」


「うん、たくさんの人が集まって賑わうから、お祭りは大好き! だから多くの人が集まって、お祭りみたいに賑わうレースも大好き! 祭りだ祭りだ! レースはお祭りだ! ワッショイ!」


 お祭りと言う大好きなワードが出て来てテンションが上がったのか、クロは声を上げて右手を上げる。


「あー、なんだか朝から楽しくなってきた。良い入学式になりそう!」


 朝からテンションが高くなったクロと一緒に登校しながら歩く。するとトレイセント学園の門が見え、教諭だと思われる男性が呼びかけをしていた。


「新入生の皆さんはお急ぎください! 入学式が始まるまで、あまり時間はないですよ!」


「うそ! もうそんな時間なの! のんびりしすぎたかな? 急ごう! 帝王」


 クロが俺の手を掴むと、急いで駆け出す。彼女に引っ張られる様な形で俺も走る。


 学園の門に向かって走る中、俺の視線はクロと繋がれた手に注いでいた。


 この年になっても、平気で俺の手を握るとはな。これが幼少期からの腐れ縁ってやつか。普通、この年齢になれば、異性の手を握ることにも抵抗があるだろうに。


 まぁ、それだけ俺のことを同年代の弟として見ているのだろう。クロは何かとお姉ちゃんポジションを取りたがる。弟と接している感覚だからこそ、平気で俺の手を掴むことができるのだろうな。


 そんなことを考えていると、俺たちはトレイセント学園の門を潜り抜ける。


「おはようございます」


「おはようございます。もうすぐ入学式が始まる時間になりますので、受付を済ましたら体育館へとお入りください」


 クロが教諭だと思われる男性に朝の挨拶をすると、彼は入学式を迎えるまでの段取りを口にした。


 直ぐに受付を済ませるために学園の体育館へと向かっていると、どこからか言い争っている声が聞こえてきた。


「良い加減にしてよ!」


「別に良いじゃないか。先輩たちと楽しく話をしようぜ」


「入学式なんてブッチしてさ、俺たちと遊ばない? 誰も来なくて静かな穴場があるんだよ」


「ああ、誰も来ないからたっぷりと楽しめるぜ」


 何やらトラブルが起きているようだな。先生の話だと、そろそろ入学式が始まるようだし、どうしようか。


 チラリとクロの方に視線を向ける。


「どうしたの? 帝王? 何かあった? 早く受付に行かないと、入学式に間に合わなくなるよ」


 どうやらクロは、入学式に間に合うかどうかのことしか考えておらず、あの声が聞こえていなかったようだ。


「悪い、先に行っていてくれ。直ぐに戻るから」


 クロに先に行くように促し、俺は急いで声が聞こえた方へと向かって行く。


「ちょっと! どうしたの! 帝王!」


 後からクロが叫ぶ声が聞こえるが、彼女の言葉に足を止めることなく、走り続ける。


 体育館の方角から離れると、人気があまりなさそうな道に4人組を見つけた。


 中央に1人の女子生徒が居り、彼女を取り囲むようにして3人の男子生徒が両手を広げていた。


「早く行かないと、入学式に遅れてしまうわ! あたしは入学式に遅れる訳にはいかないのよ。だから良い加減にしてよ」


「入学式なんかに出て何になるんだよ。つまらない学園長の話を聞かされるだけじゃないか」


「そうそう。俺たちと話していた方が絶対に楽しいって。後悔させないから、なぁ? 良いだろう?」


「最初は嫌かもしれないけれど、その内お前も楽しくなるって。俺たちが気持ちよくマッサージをしてやるから。グヘヘ」


 おそらく先輩だと思われる3人の男が、女子新入生をナンパしているみたいだ。一部危ない発言をしているやつもいるし、助けたほうが良いだろう。


「おい、お前たち、そこで何をやっている!」


 声を掛けた瞬間、4人は一斉に俺の方を見る。男たちはゲームのモブキャラの様にパッとしない容姿だが、中央で取り囲まれている女子生徒は違った。


 赤いロングの髪には軽くパーマが当てられているのか、緩くウエーブがかけられている。髪色と同じく燃えるような赤い瞳の目はまつ毛が長く、ただ立ち止まっている姿でも、どこか気品に溢れた佇まいをしている。そして、彼女の使っているシャンプーなのか香水なのかは分からないが、女の子からは薔薇ばらの匂いが漂ってきた。


 彼女の圧倒される美しさと気品に溢れるオーラの様なものに、一瞬だけ尻込むも、俺は一歩足を踏み出して近付く。


「もう一度言うぞ。彼女から離れるんだ」


「何だテメー? 新入生か?」


「入学したばかりの雑魚はあっちに行っていな。俺はG II優勝経験のある霊馬と契約しているんだぜ」


「俺はG Iを13着した経験の霊馬と契約しているんだ」


「俺は入賞を1回だけした馬と契約をしている」


「「「どうだビビったか! ビビったのならさっさと尻尾を丸めて逃げな! そうすれば見逃してやる」」」


 3人は心が通じ合っているかのように、同時に同じ言葉を放つ。


「何だ。所詮はG Iレースに勝ったことのない雑魚じゃないか。やっぱり、見た目通りに小物だったな。俺は競馬界に伝説を作った馬と霊馬契約をしている。痛い目に遭いたくなければ、お前たちが尻尾を……いや尻尾はなかったな。ムスコを丸めて逃げな!」


 俺は堂々と声を上げる。すると、男たちは1歩後退した。


「伝説を作った馬だと! まさか、3冠王や牝馬3冠の霊馬と契約しているのか!」


「そんなやつに目をつけられたら、俺たちの学園生活に支障が起きる」


「ち、仕方がない。ここはずらかるしかない。変に騒いで、あの風紀委員長にでも目をつけられたら、それこそ学園生活終了だ」


 男たちは、俺の言葉を鵜呑みにして勝手に妄想し始める。すると女の子から距離を起き、後ずさってこの場から離れて行った。


 ふぅ、賭けだったとは言え、俺の言葉を間に受けてくれたようで助かった。


 俺の契約している霊馬は確かに伝説を作った。しかし、その伝説は強者ではなく、弱者としての伝説だ。競馬界最弱馬、それが俺の契約している馬だ。


 もし、霊馬競争なんかの勝負を挑まれていたら、俺の方が負けていた。


「助けてくれてありがとう。助かったわ」


 トラブルを避けることができて安堵していると、女の子が礼を言ってきた。


「いや、偶然にも言い争っている声が聞こえたから、こっちに来ただけだ。特にケガとかはしていなさそうだな」


「お陰様でね。それじゃ、あたしは早く体育館の方に行かないといけないから、それじゃ」


 急いで体育館へと向かうと言い、女の子は俺の横を通り過ぎる。


 なぜだろう。どうしてか、彼女ともっと話してみたいと思ってしまった。


「待ってくれ!」


 思わず声を上げて呼び止める。すると俺の声に驚いたのか、女の子はビクッとすると、ゆっくりと振り返る。


「びっくりした。何? まだ何か用でもある訳?」


「俺、東海帝王って言うんだ。君の名前は?」


 彼女の名前が知りたい。そう思って自分から名を告げる。


「トウカイ……テイオウ?」


 自身の名前を告げると、彼女は驚いたかのように大きく目を見開く。そしてこちらに向き直ると、俺のところへと戻ってきた。


 名前を告げるだけなら、その場でも良いはず。なのに、わざわざ戻って来ることに違和感を覚えていると、女の子は目の前で足を止める。


 そして赤い瞳のある目で俺を睨み付けると、大きく口を開けた。


「あんたバカ!」


 そして第一声で俺のことを罵倒してきた。

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