追放騎手の霊馬召喚〜トウカイテイオーを召喚できずに勘当された俺は、伝説の負け馬と共に霊馬競馬界で成り上がる!

仁徳

第一章

第一話 追放から始まる騎手生活

『札幌競馬場、メイクデビュー戦も残り500メートルを切りました。以前先頭はダイワスカーレット、続いて2馬身差でビキニボーイ。その後方にシェラルーム、ナゾが続いています。それから今コクオーがナゾに並んだ! そして更に2馬身離れてヘキラクとカナディアンフェクターが競い合っています。そしてそこから5馬身ほど離れてポツンと居るのが伝説の負け馬ことハルウララですが、以前距離を保ったままだ! やはり伝説の負け馬は、現代に蘇っても負けを更新するだけか!』


 実況担当の中山の言葉が耳に入って来る。


 そんな訳ない。こいつは本当は強いってことを、そして今までが本気ではなかったことを、世間に知らしめる!


「行くぞ! ハルウララ! 負け馬根性を見せてみろ!」


 俺は鞭をハルウララに当て、合図を送る。


『おっと! 最後尾を走っていたハルウララが動いた! 驚異的な走りだ! その走りは、まるでゴールドシップを彷彿とさせる程の凄まじい追い上げ! 残り300メートル! ハルウララが観客席側ホームストレッチに入り、観客たちが熱い声援を送っています!』


「まさか、あのハルウララがここまでの走りを見せるなんて」


「これは案外、ワンチャンあるんじゃないのか。あの負け馬が、とうとう1位を取る日が」


「行け! ハルウララ!」


 観客席側ホームストレッチに入り、観客たちの声援が聞こえて来た。


『みんな、私のことを応援してくれている。この感じ、懐かしいな。最後に走った高知競馬場を思い出したよ。やっぱり負けたくない。私だって、競走馬で活躍したご先祖様の血を受け継いでいるんだもの! みんなその目に焼き付けておいて! これが負け馬根性の走りだ!』


 ハルウララが叫ぶ。その瞬間、コース内に変化が起きた。芝がダートに変化して行く。


「これは……霊馬の必殺技であるハルウララの名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホース! 負け馬の最後の走りザ・ラストランオブアルーシングホース!」


『ここでハルウララの名馬の伝説レジェンドオブアフェイマスホースが発動! ぐんぐん加速して行く! 今、ハルウララがカナディアンファクターを抜いた! 続いてヘキラク、ナゾを抜いてもなお、加速力は衰えを知らないかのようにぐんぐん伸びて行くぞ!』


 実況者の中山の言葉に、観客たちは更に歓声を強める。


 どうやら加速していると勘違いをしているようだが、実は違う。芝からダートへと変わったことで、適正が合わなくなり、馬たちが減速しているだけだ。俺の愛馬は加速してはいない。


 だけど、このままでは1着を取るのは難しい。そろそろ、残しておいた最後のアビリティを発動するか。


「アビリティ発動! スピードスター!」


 アビリティを発動後、俺の愛馬は加速力を上げ、更に前進を始める。


『残り200メートルのところでハルウララが、外から追い上げて来た! ビキニボーイを抜いて、今、ダイワスカーレットに追いつこうとしている! 3馬身差……2馬身差……1馬身差……半馬身差……クビ! とうとうハルウララがダイワスカーレットに並んだ!』


「嘘でしょう! ハルウララが! 負け続けることで逆に伝説となった最弱馬が、ダイワスカーレットに追い付くなんて!」


 俺たちが追い付いたことで、ダイワスカーレットの騎手である大和鮮赤ダイワスカーレットが声を上げる。


「俺たちは絶対に勝つ! こいつに初勝利を与えてやるんだ! 行け! ハルウララ! 優勝は目の前だ!」


 愛馬に声を上げ、鞭を叩く。そして加速の合図を出すと、愛馬は更に己の力だけで加速力を上げた。


 速度を上げたハルウララはダイワスカーレットに距離を縮められることなく、そのままゴール板を駆け抜ける。


「ハルウララがダイワスカーレットを抜いた! そして1馬身差をつけて今ゴール! ハルウララ! 114戦113敗、現世に蘇って遂に念願の初勝利を手に入れた!」


 レースが終わり、多くの観客の歓声を受けながら、俺は右手を上げて勝利をアピールする。


 どうして俺が、霊馬騎手としてレースに出ているのかと言うと、今から数ヶ月前に遡る。






「帝王、遂にこの時が来た。今宵、貴様はトウカイテイオーを霊馬召喚し、己の愛馬にするのだ。良いか!」


「わかっている。ここまで育ててもらった恩を返すためにも、必ずトウカイテイーを召喚してみせる」


 義父に意気込みを語り、俺は一度深呼吸をした。そして精神を落ち着かせると、召喚するために必要な呪文を唱える。


「我名は東海帝王トウカイテイオウ! この名と同じ名馬、トウカイテイオーよ! 名の縁に従い、我元へ姿を表せ! 顕現せよ! 競馬界の名馬よ!」


 言葉を連ねると、床にある霊馬召喚システムの魔法陣が淡色に光出す。そしてその光は徐々に強まり、目を開けていられないほどの強力な光を放ち始める。


 一度瞼を閉じ、しばらくして閉じていた瞼を開ける。すると、そこには俺の契約に応えた馬が魔法陣の中央に立っていた。


『問うよ? 君が私の騎手で合っているかい?』


 馬の言葉が耳に入る。あの世から召喚した馬は、騎手には聞こえるのだ。


 しかし馬の姿を見た俺は、思わず絶句してしまう。


 なんてことだ。トウカイテイオーではない。この馬は、競馬会で伝説を作ったあの負け馬じゃないか。


 予想していなかった展開に、一時的に言葉を失う。しかし、このままではいけない。早く返事をしなければ、契約ができなくなってしまう。


「あ、ああ。そうだ」


 どうにか声を振り絞って、馬の問いに返事をする。


「そう、ならこれから宜しく。一緒に霊馬競馬界を盛り上げようよ」


 馬の額から青白い線のようなものが伸び、俺の肉体へと突き刺さる。


「これで契約は完了した。私の名は――」


「ふざけるな! どうしてこうなってしまった! 俺は負け馬なんかと契約させるために、貴様を引き取った訳ではないのだぞ!」


 馬が自分の名を告げようとした瞬間、義父が怒鳴り声を上げた。


「帝王! どうしてくれる! こんな負け馬と契約を結んだなんてことが世間に知らされれば、一族の恥だ! 俺はトウカイテイオーと契約を結ばせるために、わざわざ苗字を変えずに、お前に帝王の名を付けたのだ。それなのに、この親不孝者め!」


 感情剥き出しで声を上げる義父に、俺は申し訳ない気持ちになった。彼は俺のことをこれまで大事に育ててくれた。本当の子どものように接してくれたのだ。だから俺も、どうにかしてその恩に報いたいと思った。だから過酷な訓練にも耐えてきた。


 でも、これが縁と言うやつだ。きっとこの馬が俺の目の前に現れたと言うことは、何かしらの意味があるはず。それを伝えれば、きっと義父も納得してくれるはずだ。


 今は思い通りに行かずに、感情が乱れているだけに過ぎない。


「親父、これにはきっと――」


「もう良い! 貴様を養子として迎え入れたのは、トウカイテイオーを召喚させるためだ! その願いが叶わないと言うのであれば、貴様は用済みだ! 存在する意味のない帝王ゴミは、この屋敷から出て行け! 勘当だ!」


 分かってもらおうと言葉を投げかけようとした瞬間、義父は俺に向かって屋敷から出て行くように告げる。


 トウカイテイオーを召喚できなかった俺は存在価値がない。だから出て行けだって? そんなこと嘘だろう?


「なぁ、いくら感情的になっているからと言って、冗談はやめてくれよ。それに息子をゴミ扱いだなんて、いくら血が繋がっていなくとも、酷いじゃないか。親父」


「貴様に父と呼ばれたくはない! 俺には契約もまともにできないようなクズな子どもなんていない。さっさと出て行け!」


 怒りが感情を支配してしまっている。このまま何を言っても、彼は聞いてはくれないだろう。でも、ここを追い出されたら、俺には行く場所がなくなる。


「親父、一度話し合おうぜ。今は気が動転しているだけだ。一度落ち着いて話し合おう」


「そんな時間なんてものは必要ない! 出ていかないと言うのであれば、追い出すまでだ! 来い! 俺の愛馬!」


 義父が叫ぶと、何もない空間から馬が現れる。


『久しぶりに現世に来られたな。久しぶりじゃないか。今回はどんなレースで、俺を楽しませてくれるんだ?』


 現れた馬は、首を曲げて義父の方を見ると問う。


「今回はレースではない。あの男を追い出せ! そしてこの屋敷に近付こうと思えないほど、痛めつけろ!」


『皇帝と呼ばれたこの俺に、そんなことをさせるために召喚したのか。まぁ、良いだろう。せっかく再びこの世に現界できたのだ。拒絶して消されては叶わない』


 馬は俺の方を見ると、瞬く間に接近する。そして前足で蹴り上げられ、俺の体は後方に吹き飛ばされた。


 霊馬召喚システムにより、素粒子にヒッグス粒子を纏わりつかせ、質量を生み出す。その素粒子たちを集めて物質を構成し、馬の形を型取って再現することで、仮初の肉体を作る。そしてそこに名馬の魂を入れることで、霊馬を顕現させることを可能にした。だから触れることができるし、蹴られればちゃんと痛みも生じる。


「ガハッ!」


 まるで車にでも轢かれたのかと思うほどの衝撃が走り、一瞬息が止まる。


 馬の蹴りはヤバい。下手をすれば、簡単に人の命が奪われる程の威力がある。


 吹き飛ばされた際の勢いは次第に弱まり、俺の体は床を転がる。だが、肉体には相当なダメージを受けていたようで、まともに呼吸をすることができなかった。


 例えるのなら、男の急所を思いっきり蹴られた際に、まともに呼吸ができなくなるあの様な状態に近いだろう。


『殺しはしない。俺が受けた指示は、お前を痛め付けることだからな』


 自称皇帝を名乗る馬が俺の背に足を乗せ、力を入れる。


 その瞬間、今まで出したくても出せなかった言葉が、悲鳴となって出てきた。


「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 断末魔の叫びとも言える悲鳴を上げ、苦痛で顔を歪める。


「アハハハハ! 良い悲鳴をあげるじゃないか。良い憂さ晴らしになったぜ。だが、そろそろ良いだろう。戻ってこい。そして帝王よ。さっさとここから出て行け」


 義父が指示を出したその瞬間、皇帝は俺の背から一度足を離すと、こちらに背を向けた。


 正直、納得なんかできない。だけど、このままこの男を説得したところで、聞く耳を持ってもらえないのは事実。ここはこれ以上ケガをしないためにも、一度引いた方が良い。


 実家を出ることを決めると、痛みに堪えながらもゆっくりと立つ。


「なんてな! 俺は言ったよな! 皇帝が追い出せと! 皇帝よ、最後は貴様の渾身の一撃で追い出せ! 皇帝に足蹴りされるなんて、騎手として光栄だろう。なぁ? 帝王? じゃな。その面、二度と俺に見せるなよ。やれ、皇帝!」


 立ち上がった瞬間、皇帝と呼ばれた馬は後足を上げて蹴りを放つ。


 痛め付けられ、頭がぼーっとする状態であった俺は、判断力が鈍っていたこともあり、馬の蹴りをまともに受けてしまう。


 1回目の蹴り同様の足蹴りを受け、俺の体はそのまま建物の外へと放り出される。


 ダメだ。このままでは俺、死ぬかもしれない。霊馬とは言え、仮初の肉体を得た馬の蹴りを2回も受けたのだ。このままではヤバい。


「助け……を……求め……なければ」


 残っている力を振り絞り、ポケットに入れていた通信端末を取り出す。


 そして、連絡先から親友のボタンを押し、彼女に助けを求める。すると直ぐに応答があった様で、空中ディスプレイに親友の姿が映った。


「ヤッホー! 帝王から連絡をくれるなって珍しい……ね。って、どうしたの! 帝王! ボロボロじゃない!」


「ク……ロ……救急隊……を――」


「帝王何があったの! しっかりしてよ! 帝王!」


 親友に連絡したことで気が緩んでしまったのか、俺の意識は次第に薄れていった。この時に最後に聞いた言葉は、親友の叫ぶ声だったこと以外はあまり覚えていない。

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