第31話
高鳴る胸を左手で抑え、メルティは深呼吸する。
今日はとうとう、待ちに待ったデビュタントの日なのだ。
どうせドレスは着替えるだろうと、いつもと同じ着古したドレスを着たメルティは、迎えの馬車を待つ。
そして、迎えに来た馬車を出迎えた。
いつしかの事を思い出す。初めてのダンスの練習の日、クラリサも連れて行ってとお願いした日だ。
四人揃ってお出迎えをしたが、リンアールペ侯爵夫人は忙しいらしく御者が一人で迎えに来た。
「さあ、行きましょう」
さも、自分も馬車に乗るが当然と言う風にクラリサが乗り込もうとする。
「申し訳ありませんが、メルティ嬢お一人だけお連れするように、申し使っておりますので、ご遠慮願います」
「え? どうせ、そちらに伺うのよ。一緒に行っても同じでしょう」
クラリサが抗議するも、申し訳ありませんと乗車を拒否される。
「もういいわよ!」
「お騒がせしました。お願いします」
つらっとしてメルティが言う。
馬車が出発するのを三人は、複雑な思いで見送った。特にクラリサは、ムッとした顔つきだ。
「お父様、さっさと行きましょう」
「いや、まだ行かない。パーティーは、夜だ」
「な、何をいっているのよ。エスコートするのなら揃えた衣装でしょう? メルティの衣装をリンアールペ侯爵夫人がご用意なさっておられるのなら、お父様の衣装も一緒にご用意してくれているでしょう」
リンアールペ侯爵夫人だ。両親をよく思っていないとしても、彼らみたいな事はしない。メルティの為にも、ちゃんとエスコートするイヒニオの分も用意しているはずだ。だったら着替える為にも、悠長に夜になど言っていられないはず。
「中に入って話そう」
そう言ってイヒニオは踵を返し玄関へと入って行く。
どういう事とチラッと母親のファニタを見るも、目を逸らしイヒニオについて行く。
何かを隠している。そう思ったクラリサは、それを聞く為について行った。
「もしかして衣装は届けられているのですか?」
着替えにいかないとなればそうだろうと聞けば、首を横に振る。
「いいや。衣装は届いていない」
「どういう事ですの? まさか! お父様がエスコートなさらないのですか!?」
そうだとイヒニオが頷けば、クラリサは驚愕の顔つきになった。
「そんな事が許されるのですか」
「落ち着けクラリサ。契約書に書かれていたんだ……」
バツが悪そうにイヒニオが言う。
「エスコート役を他の人にするとでも書いてあったのですか?」
「具体的にそうは書いていない。私もリンアールペ侯爵夫人が招待状を手渡しするので楽しみにしていて欲しいと言われ、エスコートするものだと思っていたのだ」
そうだからこそ、いい恥さらしになるなぁなどメルティに言ったのだ。
だが、授業の最後の日に約束通り渡された招待状は、ただの招待状だった。デビュタントの件には一切触れてはいなかったのだ。
まさかと思い、契約書を読み直してみると『デビュタントはミリィ・リンアールペが後見人として全て行う』と書いてあった。
「それってエスコート役もリンアールペ侯爵夫人が決めるという事なの?」
「そうなるな。誰かはわからないが、私ではないのは確かだ」
「何よそれ! なぜそんなのんきな事を言っていられるのよ! メルティが私より煌びやかにデビュタントをするのよ!」
癇癪を起し、クラリサは叫ぶ。
「仕方がないだろう!」
「でもお父様は、メルティが養女だとはいえ父親ではないですか!」
「まあ、そうかもしれないな。と、とにかく、無理なんだ。もしお前が行きたくないというのなら、私達だけで……」
「行かないとは言っていないわ!」
クラリサは悔しくてたまらない。
自分のドレスは用意されていないだろうと、この前買ったドレスを着こんで意気込んでいたのだ。一緒に行って、姉のクラリサだと売り込もうと思っていた。
もちろん、両親もメルティの親だと紹介して回ると思っていたのだ。
「今回は我慢してくれ」
イヒニオに言われ、悔しそうにクラリサは部屋へ戻って行った。
「あなた」
「わかっている。メルティの16歳までに何とかする為に、デビュタントを先延ばししようと思ったが、それが叶わなくなった今、何としてもクラリサをルイス殿下と婚約させないとな」
「そうね。婚約さえ漕ぎ着ければこのまま……」
イヒニオとファニタは、頷き合う。
ルイスとメルティが知らない所で会っており、クラリサより仲良くなっているなど思っていない二人は、デビュタントさえ終わればリンアールペ侯爵夫人がメルティから離れる。
そうなれば、自信を失ってメルティをまた丸め込めると思っているのだ。
「今日は、クラリサが余計な事をしないように見張ろう」
「そうね。あの子の評判を落とすわけにはいかないわ」
今日行く場所は、今までとは違う。お呼ばれしている人達も伯爵以上だろう。その中で、デビュタントをする一人として紹介されるのだ。
クラリサがメルティの姉とさえ、覚えて貰えばいい。そうすれば、クラリサが聖女として発表された時に、連鎖的に思い出されるだろう。
なので好印象を与えるだけでいいのだ。そう思い身支度をするのだった。
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