第32話

 「今日はよろしくお願いします」

 「お待ちしていたわ。成功させましょうね」

 「はい!」


 案内された部屋には、侍女が数名待っていた。

 そして、部屋に掛けられている素敵なドレスが目に入った。

 白を基調としたすっきりとしたデザインで、赤い模様が入っている。


 「まあ、どうしたの」


 目を潤ませ今にも泣きそうなメルティにリンアールペ侯爵夫人が慌てて聞いた。


 「ドレスを見て、感極まってしまいました」

 「あなたのドレスよ。サイズはぴったりのはず」


 聖女の祝賀会に行くために測ったサイズで作ったのだ。


 「ありがとうございます」

 「うふふ。お礼なら後でラボランジュ公爵夫人に言うのね」

 「はい。必ず」


 本当にラボランジュ公爵夫人が用意してくれたんだと、嬉しくなる。


 「そうでした。これを」


 木箱を手渡す。アクアマリンの首飾りが入った木箱だ。


 「まあ素敵。ラボランジュ公爵夫人が首周りのアクセサリーは、アクアマリンって言っていたけど、これなのね」

 「え?」


 この首飾りは、アールがぜひつけて下さい。と言うので、見つからない様に持ってきたのだ。それを侯爵夫人が知っていた。不思議に思うも、今はデビュタントの用意が先だ。

 順調に身支度が終わり、姿見に映るメルティは今までにないぐらいに大人っぽい。

 あのアクアマリンの首飾りに負けていなかった。


 「素敵よ」

 「ありがとうございます」


 (予言と同じドレス。そういう事は――)


 メルティが今日見た予言は、このドレスを着てデビュタントに出る姿だ。

 ドキドキと胸を高まらせるメルティ。


 「どう? まあ素敵」


 ノックと共にラボランジュ公爵夫人が入って来る。


 「素敵なドレスをありがとうございます」

 「えぇ。素敵ね。そうだ。入っていいわよ」


 ドア越しにラボランジュ公爵夫人が声を掛けると、二人の男性が入って来た。

 一人は、ラボランジュ公爵夫人の息子マクシム。

 そしてもう一人が、ルイスだ。彼は、白のタキシードを着ている。


 「もうお分かりだと思うけど、今日のあなたのパートナーはルイス殿下よ」

 「メルティ嬢。君の門出を祝う事が出来て光栄です。宜しくお願いしますね」

 「あ、ありがとうございます。でも宜しいのですか?」

 「ダンスを成功させるのには、私と踊るのが一番だと思うのだが」


 あの短期間でかなり上達したとはいえ、ルイス以外とは踊っていない。彼が言う通り、違う者と踊ると上手く踊れない可能性もある。


 「もっともらしい事いっちゃって」


 にやにやしながらマクシムが言えば、ごほんと咳払いをするルイス。


 「何から何までありがとうございます」

 「大丈夫。いつも通り踊ろう」

 「はい」


 メルティは、嬉しそうにほほ笑む。


 「想像以上だ」

 「え、何か」

 「いや何でも。とってもきれいだなって」

 「あ、ありがとうございます。殿下も凄く素敵です」


 メルティが照れて顔を真っ赤にして言えば、伝染したようにルイスも顔を赤く染めた。


 パーティーは、リンアールペ侯爵の挨拶から始まった。

 メルティは、紹介があるまでルイスと控室で順番を待つ。もちろん侍女が傍に居るので二人きりではない。


 「ねえ。今日のパーティーが終わったら少し時間を貰えないかな。大事な話があるんだ」

 「あ、はい。わかりました」


 何だろうとドキドキする。それでなくても先ほどから、心臓の音がうるさいのだ。


 とうとう、メルティ達が入場する場面となった。リンアールペ侯爵夫人がデビュタントの令嬢を紹介する。


 「今日、デビュタントをするのは、私が手塩にかけて磨き上げた令嬢です。レドゼンツ伯爵家の娘、メルティ嬢です」


 拍手の中、ルイスのエスコートで二人は会場へと入場する。

 会場がざわついた。メルティのエスコートがルイスだからだ。

 家族や親族ではない者がエスコートする場合は、婚約者がエスコートするのが一般的で、まだ公開されていない場合は、その予定という事を意味する。なので、皆驚いた。

 レドゼンツ伯爵家の娘は、聖女だと偽ったと噂が流れていたが違ったのだ。デビュタントを行っていない事が発覚し延期したのだと、この場に居るレドゼンツ伯爵家の三人以外は、そう受け取った。


 「な……うううう」


 咄嗟にイヒニオがクラリサの口を塞いだ。あと一歩遅ければ、大声を上げていただろあう。


 「今は耐えろ。この場で騒げば追い出されるぞ」


 イヒニオは、クラリサにそう言ってなだめる。

 まさかリンアールペ侯爵夫人が、ルイスにエスコート役を頼むなど思いもしなかった。そして、彼がそれを受けるとは信じられない。

 聖女は、クラリサだ。この前、乗馬でいい雰囲気だと言っていたのに、どういう事だとイヒニオは焦る。

 このままだと、計画は水の泡となる。けど、今はどうする事もできないのだった。

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