第20話

 リンアールペ侯爵夫人が訪ねて来た翌日の朝食から、前の様に一緒に食べなくなった。


 「どうせ予言を聞いても使用人の事ばかりだから、もう必要ない」

 「あなたがクラリサに勝っているから夫人が教えて下さるわけではないのよ。クラリサが恥をかかない様に、デビュタントさせる為よ。ラボランジュ公爵夫人から頼まれたから仕方なく受けて下さったのよ」


 自慢げに言っていたリンアールペ侯爵夫人の授業をメルティが受ける事になると、掌を返した様に言い出した。


 (よほど納得いかないのね。それにしてもどうして私なのかしら? もしかしてお母様が言う様に、聖女の妹が14歳にもなってデビュタントが出来ないからなのかしら?)


 そう考えるも、それこそファニタが言っていた様に、教える相手を選んでいた。クラリサは、教えるのに値しないと言い切ったのだ。

 リンアールペ侯爵夫人の授業は、週に三日。訪ねた来た日は、顔合わせに来ただけで授業はなかったが、課題を出して行った。


 いい機会だからと、聖女の事について調べる様にいわれたのだ。

 だが家に、そんな資料になるような本はない。

 かと言って、イヒニオに頼んだところで、本など買ってきてくれないだろう。


 「メルティお嬢様、お届け物です」

 「これは一体……」

 「プレゼントの様です」

 「え……」


 アールが持ってきたそれは一冊の本だった。タイムリーな事に、聖女に関する本。カードが添えられていた。


 『立派な淑女になる事を願って。あなたを応援する叔母より』


 そう書かれていた。


 「これって……」

 「メルティお嬢様を応援している方がいるという事です」

 「そうね。頑張って勉強するわ」


 アールが出て行ったあと、聖女の本を見つめる。


 (きっと、アールは叔母様が誰か知っているのよね。三か月後、デビュタントすれば立派なレディーとして認められる。そこには、叔母様も来ているに違いないわ)


 本をくれた叔母にもお礼を言いたい。だから頑張らねばと、ページをめくる。


 『聖女。それは、国を導く能力を持った者。能力はその時々で様々』と書かれていた。

 本によれば、実りが豊富になったり、治癒の能力があったりと、その時に必要な能力を持ち国を助け導く者。

 その能力は、その者が存在している間続くと言う。


 こうも書かれていた。

 『間違った使い方をすれば、逆に国を亡ぼすだろう』と。


 「間違った使い方。悪用するって事かしら。やっぱり、お父様達の言う事を聞いてはいけないわね。でもどうすればいいかしら」


 聖女だと証明するのは、難しい。

 何せ、見たい予言を見るわけではないのだから。内容もこれは! というモノでもない。

 イヒニオの時が、一大事になる内容だっただけだ。

 もしかすると、こういう予言しか見れないのであれば、聖女として認められないかもしれない。


 だとしても、誰かの役に立つ能力ではある。

 今までだって、使用人の怪我など未然に防いだ。


 「それに、何が起きるか伝えるのも難しいのよね」


 一場面を切り取った場面が見えるだけ。なので、どのような場面か推測するしかない。それが外れれば、予言ではなくなる。


 「まあいいわ。私は聖女になりたいわけではないもの。だけど、発表されてしまった以上、お姉様が聖女ではないとなれば、どうなるか……」


 憎いとは思うけど、肉親だ。死んでほしいとは思っていない。ただ自分だけの力では、彼らの思惑を止められないのだ。

 デビュタントで出会うであろう叔母に相談できれば、もっと深刻な事になる前に何とかなるかもしれない。そう思い、授業は真剣に取り組む。


 何かと邪魔してくるかと思ったが、クラリサとは顔を合わせていない。ランチ時やディナー時にダイニングルームに行っても、誰にも会わなかった。

 避けられている。そう思うと、悲しく思うも何か言われるよりはいいと割り切る事にした。




 「聖女の事は、きちんと調べられたようですわね」


 リンアールペ侯爵夫人の最初の授業の日が訪れた。

 にっこりと微笑褒めてくれたのは、その時だけで、後は手厳しかった。


 「もっと自信を持って。自信のなさが態度に出ておりますわよ」


 叱咤を受けつつ、怒涛の一週間が過ぎ去る。




 「どう? 少しはましになったかしら?」


 ファニタがそう言って、三回目の授業が終わった日の夜、部屋に訪ねて来た。


 「……はい。たぶん」


 自分では、よくわからない。


 「そう。では明日、クラリサと一緒にルイス殿下とお会いになって、実証して頂きましょう」

 「え!? あの話、無くなったのではないのですか」

 「何を言います。言ったではありませんか。聖女であるクラリサの為の授業だと。ルイス殿下が二人を案内して下さるそうです。明日、迎えの馬車が来ますので、それで行きなさい。いいですね」


 にっこり微笑むファニタ。

 朝食も一緒に食べなくなったし、前に言っていた作戦は流れたと思っていた。

 気が進まないが、迎えに来るのなら行かなくてはならないだろう。

 ファニタが出て行ったあと、メルティは大きなため息をつくのだった。

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