第14話

 クラリサは、青ざめ俯いていた。

 このままだと、聖女ではないとバレる。口を挟む事が出来ない以上、メルティが意見する事を止められない。


 「ルイス、相違ないか」

 「はい。父上。状況を聞いたとたん、クラリサ嬢が池に飛び込みました。確かに聖女がどうとか叫んでいたかと。現状を把握する前に起きた事で、私も止める事ができませんでした」


 クラリサは、膝に置いた両手をギュッと握るとドレスに皺が出来る。池に飛び込もうとした事が裏目に出てしまったと気が付いたのだ。


 「うむ。そうか。さて、二人がこう言っているが、クラリサ嬢はなぜ池に飛び込もうなどと思ったのだ。事情を話してくれないか」

 「はい」


 メルティより先に意見を聞かれ、チャンスだとクラリサは意気込む。


 「妹のメルティには、虚言癖がありまして、あの時も自分が聖女だと言い出し、自分でも驚く行動に出てしまいました。突き飛ばす気など全くなく……」


 (虚言癖ですって)


 それを信じてしまわれれば、メルティが聖女だと主張しても信じてもらえない。違うと声を上げたいが、メルティは自分の意見を聞いてもらう時までグッと我慢した。


 「そこへルイス殿下が訪れて、私はパニックに陥りました。どうしていいかわからなくなり、自分の身の潔白を証明しなくてはと思い、池に身を投げようとしてしまったのです。ごめんなさい」


 いじらしい雰囲気を醸し出し、悲劇が起きただけと主張する。

 チラッとクラリサは、周りを見れば、なぜかジッと見られていた。


 「身の潔白と申すが、クラリサ嬢は何を疑われていたのだ?」

 「え? それは、聖女ではないと疑われたと……」

 「そうなのか、マクシム」

 「いいえ。僕はそんな発言はしておりません」

 「ルイスはどうだ」

 「どうだと問われましても、現地に着いた時にはそのような状況でしたので……」


 クラリサは、疑われていなかった事に驚いた。メルティが自分が聖女だと言ったと思い込んでいたが、彼女は「聖女は」としか言葉に出来ていなかった。

 後ろめたい事があるクラリサが一人で勘違いをし、慌てていただけだ。


 「メルティ嬢はどうだ」

 「私が話を言う前に突き飛ばされましたので、お姉様が勝手に勘違いしたのだと……思います」


 クラリサは、どうしようと震えだす。

 過剰に反応した結果、逆に疑われる行動を取ったのだ。


 「では、メルティ嬢は何を話そうとしていたのだ。彼女が言う通り、クラリサ嬢は聖女ではないと言おうとしていたのか」


 その問いに、クラリサはビクッと体を震わす。


 「はい。お姉様は……聖女では……ありません……」

 「何を言い出すのよ!」

 「メルティ嬢!?」


 クラリサがつい隣にいるメルティの腕を掴んで抗議すると、フラッとメルティが倒れ込み、驚いたマクシムが声を上げた。


 「君、熱があるじゃないか」

 「メルティ、大丈夫? 妹は体が弱いのです。お願いです。休ませてあげてください」


 クラリサは、これ幸いとそう陛下に懇願する。


 「わかった。彼女を医務室へ」

 「っは。失礼します」


 メルティは、後ろに立っていた兵士にまたお姫様抱っこで抱きかかえられた。

 クラリサは、これでうやむやできると密かにニヤリをする。

 まだメルティが、予言を行っているとは知られていない。彼女が回復する前に、自分が聖女だと発表されれば、もうメルティも何も言わないだろう。そう思っていた。


 「審問は閉廷する。レドゼンツ伯爵の下へ向かうので、クラリサ嬢も一緒に行こう」

 「はい。陛下」


 クラリサは、にっこりとほほ笑んだ。

 その姿をマクシムとルイスが冷ややかに見ているとは気づかずに。


 「まあ、陛下もご一緒に……」

 「待たせたな」


 ファニタは、クラリサと一緒に陛下が訪れた事で、このまま祝賀会の会場に行くのだと思い、ドアへと近づく。

 それをなぜか、陛下は手で制す。目で兵士に合図を送ると、ドアが閉まった。


 「話がある」


 陛下のその言葉に、三人は嫌な予感を感じる。


 「まず、ルイスとの婚約は一旦白紙に戻す」

 「なんですと! いえ、どうしてそのような……」

 「それと、彼女の聖女祝賀会も中止とする」

 「え!」


 祝賀会の延期ではなく、中止と聞いて三人は更に驚いた。


 「クラリサ嬢には、素養に問題があるようだ。このままでは発表できない」

 「お待ちください。メルティが言った事は……」

 「私は、彼女に問題があると言っているのだ。メルティ嬢が何か述べたからではない。それと、メルティ嬢は体調を崩し今、医務室にいる。医師に診てもらっている」

 「はい。ご迷惑をお掛けしました」

 「では、失礼する」


 陛下が出て行ったあと、三人は何も語らずソファーに腰を下ろす。

 一体全体何が起きたのか。把握しきれていないのだ。

 どうしてメルティの言う事を関係なしに、クラリサの婚約と聖女祝賀会が白紙になったのか、わからなかった。



 「マクシム、よくやった」


 後ろに手を組み窓の外を見つめ、アーセンが言う。


 「僕は何も。彼女が自滅したのです」

 「で、どう思う」

 「彼の報告は正しいかと」

 「そうか。なら何とかしなければな」

 「そうですね。で、父上――」


 と、そこでドアがノックされた。

 部屋へ入って来たのは、陛下だ。


 「陛下。どうなりました」

 「ルイスの婚約は白紙、祝賀会は中止とした」

 「賢明な判断かと」

 「しかし、あの出来事は偶然で、予言ではなかったのか……」


 馬車の細工の事件の後、予言は行われてはいない。

 陛下は、それを疑っていたのだった。

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