第8話
「まあ、素晴らしいですわ。こんな素晴らしい生地でドレスを仕立てる事が出来る時がくるなんて!」
次の日、屋敷に仕立て屋が来た。女性三人が訪れ、デザインブックやら生地やらを部屋に広げた。
上機嫌でファニタが仕立て屋と話している。
「聖女様はどうなさいますか? 主役ですのでこちらの生地などいかかでしょう」
「わぁ。綺麗な色。それに可愛いわ」
ラメが入った白地の生地に、ピンクのレースを乗せて仕立て屋が見せた。
「この白地の生地に、金か銀で簡単な刺繍を施す事が可能です。あまり時間がありませんので、凝ったものはできませんが」
「うんうん。そうするわ」
メルティは、大喜びするクラリサを羨ましく思い見つめる。本来なら自分が着るドレス。彼女も着たいと思った。
「メルティ様はいかがされますか。こちらの生地などは……」
「私もあの生地に、違う色のレースがいいわ」
「それは……」
「ダメなの? 姉妹だしお揃いでもおかしくないわよね」
「メルティ。先ほど言っていたでしょう。クラリサは主役なのよ。主役とは同じドレスは着れないの」
本来なら自分が主役だ。それなのに、さも当たり前の様にファニタが言った。
「そうよ。これは聖女である私が着るの。あなたまで目立ってどうするのよ」
クラリサも自分が着るのが当たり前だと言う。
自由に選んでいいと言ったのに、結局は選べない。
「何で? だったら祝賀会なんて出ない!」
「まあ、メルティ。我がままを言わないの。違う生地にレースの組み合わせを考えましょう」
「そうですね。こちらの生地などどうでしょうか」
「あら似合うじゃない」
勝ち誇ったように、クラリサが言う。
勧められたのは、クラリサが着る生地とは真逆の色の灰色。ラメも入っていない。
「酷い。お姉様より目立つな? おかしいじゃない。お姉様は代わりじゃないの。なんでそんなに偉そうなの? ずるいの?」
「やめなさい! メルティ!」
このままだと、自分が聖女だ。クラリサは、聖女だと偽っていると叫びそうだと、ファニタは慌てた。
陛下の耳にでも入ったら大変だ。
もし疑われて、どちらが本物かなどと調べられたらバレてしまう。
「ほら、キラキラした生地がいいのよね? これなんてどう?」
ファニタは、傍にあったラメが入っている生地を手に掴んで見せた。
黄土色にラメが入っている生地だ。まるで金が霞んだような色。
「そんな色いや!」
「では何色がいいでしょうか。白以外で」
そう問われ、生地を見渡す。
「あれが良い」
メルティが指さしたのは、ベビーピンク色の生地に雪の結晶が白色で散りばめられた可愛いデザインだ。これにレースを組み合わせれば、キュートで可愛いドレスになる事間違いなし。
「まあ、いいわね! 私、それにするわ」
「え?」
メルティが選んだものをクラリサが着ると言い出した。
「いえ、聖女様は白系で……」
「それだって白系でしょう。ちょっとピンクぽいだけで。私がそれがいいって言っているのよ。主役が選んで――」
「やめなさい、クラ――」
「何が主役よ! 偽物のクセに!! ほん――」
メルティは、泣きながら叫んだ。本来ならそのセリフは私が言うセリフだ。
そう叫ぼうとすると、抱き着いたファニタに口を塞がれた。
「うーうー」
「あなたは何を言っているのよ!」
「伯爵夫人! お嬢様が息ができません。落ち着いてください」
慌てたファニタは、手で鼻まで覆っていた。
苦しくてもがくメルティは、段々と朦朧としてくる。
「メルティ!」
指摘されて、慌てて手を離すもメルティはぐったりしているが、息はしていた。
(あの映像は、お母様の手だったんだ……)
今日見た映像は、自分の口を塞ぐ誰かの手だ。自分の顔がズームアップされた映像だったので、それしかわからなかった。
「本当に今日は、見ていないのね?」
「毎回見るわけでなないわ」
昨日の事もあったので、クラリサに再度確認されるもそう返す。
今回は、使用人ではないので誰にも言わなくていい。なので見た事はバレる事はない。ただ、どういう場面でこうなるか見当もつかないのだ。
それがまさか、仕立ての最中の出来事だなんて思いもよらなかった。
「メルティ。目が覚めてよかったわ。本当にごめんなさい」
青白い顔でファニタが、目を覚ましたメルティに謝った。
「………」
チラッとファニタを見るも、プイっとメルティは横を向く。
「ねえ、メルティ。私とお揃いの生地にしない? ね?」
「お揃い?」
「そう。色違いのお揃い」
「うん! する!」
「よかったわ。色は私が選んでいいかしら?」
「うん」
「では、そのように伝えておくわね。もう体は大丈夫?」
「うん。お母様、今日はごめんなさい」
「いいのよ。私も焦ってしまって……」
そう言って優しく頭を撫でる。
採寸は取り終わっていたので、後はドレスが出来上がって来るのを待つだけだ。
「ドレス、出来上がってくるの楽しみね」
「うん」
母親のファニタとお揃いなど初めてかもしれない。
そう思うと、メルティは嬉しく思う。
もう癇癪を起さないで欲しいと思いつつ、彼女をなだめたファニタは、部屋を出て行くのだった。
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