第7話

 「お父様。おかえりなさい」


 イヒニオが帰宅し、ディナーを食べる為にダイニングルームに家族が集まった。

 父親であるイヒニオは今日も上機嫌。姉のクラリサは、ムスッとしたままだ。


 「うん? どうしたクラリサ」

 「メルティがお話があるそうですわ」


 チラッと見てふんとそっぽを向くクラリサ。


 「何だ。メルティ。予言でも見たか」

 「……いえ」


 いざ言うとなると、勇気がでない。

 でも陛下にクラリサではなく、メルティですと告白するのには、聖女の祝賀会の前にしなければならない。


 (がんばれ、私)


 「あの! やっぱり、私が聖女だと正直に言った方がいいと――」

 「黙れ!」


 全部言い切る前に、イヒニオが怒鳴った。

 ほれ見た事かと、クラリサが得意げな顔でメルティを見る。


 「いいか。これが知らればただじゃすまないのだぞ」

 「騙したと言っても、お姉様か私かであって、予言は嘘ではありません」


 バン!

 イヒニオが、テーブルを叩き立ち上がった。


 「何を言っている。それでも陛下をだましたのだぞ」

 「そうしたのは、お父様達です! 別に私が予言したと仰ればよかったではありませんか。私は熱を出しこれないと。そうすればいい事だったでしょう」

 「今更だ!」


 確かに聖女を賜るなど誰も思っていなかっただろう。

 だが、そうだと聞いた時に正直に言えば済んだ事。


 「どうして、どうして。私だけ除け者なの!」

 「な、何を言う」

 「だって……」


 メルティは、ついこないだの事を思い出す。予言で見た内容だ。それは、馬車の事故より少し前の事。

 父親から何かを貰い凄く喜んでいる姉のクラリサの姿。

 その日、イヒニオはメルティとクラリサにお土産を買って着てくれた。お揃いの髪飾りだ。


 それを見た時メルティは、「え?」となった。

 クラリサが受けった物が、予言で見た品と違うからだ。

 どういう事だろうと、考えた。


 途中で買う品を変えたのだろうか。

 売り切れだったとか? でも何もなくて、買う物が変更になるだろうか。

 この『何も』とは、メルティが何かを言って事態を変えるという意味だ。そのような事が起こらない限りは、変わらない。


 (だったらこれから貰うのでは?)


 くれたのは、それ一つだった。

 その夜、寝る前にこっそりとクラリサの部屋を覗いた。

 そこには、喜ぶ姿の姉の姿が。

 お揃いで貰った髪飾りではなく、予言で見た宝石がついた高価そうな髪飾りだ。

 そう予言通りクラリサは、イヒニオから貰っていた。しかもわざわざお揃いを買っておいて、別に買い与えていたのだ。


 (どうしてお姉様だけ!)


 子供だからなのか。だとしても齢は一つしか変わらない。

 いつもドレスだってお下がりで、小柄なメルティはドレスがヨレヨレになったとしても、まだ着れるのだからと買ってもらえないのだ。

 その点、姉のクラリサは、飽きたからと着れるドレスをお下がりに回し、新しいドレスを買ってもらえていた。


 一度、ずるいと言った事があった。

 けど、同じだけのドレスの数だと言いわれ、新しいのは必要ないと結局買ってもらえなかったのだ。


 「一歳しか違わないのに、お姉様だけずるいわ!」

 「またそれか。全くどうしてそんな我がままに育ったのだろうか」

 「わがまま?」

 「そうよ、メルティ。食事だって着る物だって与えているじゃない」

 「でもお姉様のお下がりだわ」

 「一つしか離れていないのだもの、仕方がないでしょう。それに、今だけよ。あと一、二年もすれば、普通に二人とも買い与えるわ。今はね、成長期なの。わかってちょうだい」


 母親のファニタにそう言われると、言い返す言葉が思いつかない。

 成長しきってしまえば、メルティにも買い与えると言うのだから。

 メルティは、ほとんどを屋敷の中で過ごしているので、外出用のドレスを着る機会がない。室内用ならそれこそ、お下がりで十分だ。と、刷り込まれている。


 「わ、わかりました。でも、予言の事は――」

 「まだ言うか。聞き訳がない子だ」

 「だって!」

 「いいか。明日、仕立て屋が来る。聖女の祝賀会用にだ。王室御用達の所だぞ」

 「え? 本当、お父様」


 王室御用達だと聞き、クラリサが大喜び。


 「もちろん、メルティもドレスを仕立てる。好きに仕立ててかまわん」

 「ありがとう、お父様!」

 「メルティもそれでいいな」

 「……わかりました」


 あんなにドレスがと言っていたメルティだが嬉しくなかった。ドレスが欲しいわけではないからだ。クラリサと対等にして欲しいと思っているだけ。

 でも今回は、聖女と紹介されるクラリサだけではなく、家族であるメルティの分も仕立てると言う。

 わかっている。一人だけみすぼらしい格好だと外聞が悪いだけだと。


 だが本当のところは違った。

 ドレスの仕立て代は、国で持つ。

 そう、陛下の祝いとしての振舞いだった。

 いじけるメルティを丸め込む為に、そうとは言わずに、さも自分が頼んだように言ったまで。


 嘘は何も言ってないのだから、あとでメルティが何を言っても、誤解したのはそっちだと言えるが、そもそもメルティは子供だ。大人に従うものだ。

 だがへそを曲げられて、予言を言ってくれなくなれば困るのも事実。


 クラリサの機嫌も直り、三人は楽しそうに明日の仕立ての話に花を咲かせていたが、メルティは一人黙々食べるだけだった。

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