第6話
部屋に戻ったメルティは、木箱を開けた。
古びた木箱には、煌びやかなメルティの瞳と同じアクアマリン色の宝石がついた首飾りが入っている。
「凄く、高そう。それに……」
自分には似合わなそう。そう思えた。
見た目が幼いので、もう少し大人っぽくならないと。これは、大人の淑女がつけるものだろうと思い蓋をする。そうっと、引き出しにしまう。
「クラリサだけど」
ノックの音と共に、クラリサの声が聞こえた。
「おります。なんでしょう」
ドアを開けると、不機嫌そうなクラリサが立っている。
そして、何も言わず部屋に入ると、ドアをバタンと閉めた。
「あなたねぇ。予言を見ていないと言ったじゃない!」
「だって。使用人の事を伝えても仕方がないでしょう。それにお姉様、私に告げろっておっしゃたじゃない」
「確かにね。でも私が何も把握していなければ、対処できないでしょう。アールがいなくなったって、使用人が私の所に来たのよ。はしごがどうのって!」
「あ……」
何も聞いていないクラリサは、はじめ何を言われているのかわからなかった。予言にはしごが出てきて、それをメルティが使用人に告げたのだと知る。
なので、メルティに告げた事以外はわからないと言って難を逃れたのだ。
メルティも、こんな事態になるとは思っていなかったので、クラリサには結局言っていなかった。
本人にさえ言えば、解決すると思い込んでいたが、こういう事態も発生するんだと気が付く。
「ごめんなさい。こんな事態になるなんて予想もつかなくて……」
「ふん。予言も大したことないわよね。アールもはしごの件を聞いたならそのはしごがある場所へ行かなければいいのに!」
確かにそうだと心の中で頷くも、そうまでして持って来たかったのかとも思った。
「明日からは、使用人の事だったら使用人だと言って。私に誰がどうなるかぐらいは報告してよ」
「わかったわ」
「わかっていないわよ。責任は私に降りかかるのよ!」
「責任?」
「そうよ。予言して外れたら何を言われるやら。かと言って、当たってもいい事でなければ、また何か言われるものよ」
「………」
まさにそれを自分がしていると、クラリサ自体気づいていない。
ムッとした顔をすれば、クラリサの不機嫌さが増す。
「何よその顔。感謝しなさいよね」
「感謝? なぜ」
「だから言ったじゃない。私が責任を負うからよ」
「だったら最初から私が聖女になるわよ! ちゃんと自分で責任を取るわ。だったら問題ないでしょう」
今まで黙っていたが、堪忍の緒が切れた。
聖女になったと喜んでいたのは誰だ。まるで自分が称賛されたが如く語っていたのは誰だ。
おいしいところは当たり前で、責任は負いたくない。そう聞こえる。
「何を言っているの? 今更言えるわけないでしょう」
「まだ大丈夫よ! 寝込んでいた私の代わりに軽い気持ちで行ったら、聖女になってしまって言い出せなかったと言えばいいわ。その後、数日して嘘をつきそう通すのは無理だと気が付いて、ごめんなさいと謝ればいいわよ。妹の代わりに登城しただけだったと」
「な! 私に恥をかかせる気?」
「恥? どうして恥になるのよ。お礼を言われて、聖女になってくださいと言われて帰って来ただけなのよね? 後々の事を考えればやっぱり、替え玉なんて無理よ」
使用人に対しても、色々と不都合が生じた。これがずっと続けば、気づくかもしれない。
「替え玉ですって! 何を言っているのよ」
「え? 替え玉でしょう?」
「ち、違うわよ。代理よ」
「それを替え玉って言うのでしょう? 言い方じゃない」
「とにかく、そんな事したら家を追い出されるわよ!」
「………」
聖女であるメルティが追い出されるわけがないと思うが、イヒニオは面目丸つぶれだとか、顔に泥を塗ったとか。激怒するだろうことは、予想出来る。
だがバレるのと、自分で告白するのでは、全然違うだろう。
「私、夕食時にお父様を説得するわ」
「何を言い出すのよ! あ、王子様と結婚したいわけ?」
「王子様? 会った事もないのに? 王子様と結婚したいのはお姉様でしょう」
「そ、そうよ」
「え……」
「だから協力しなさいよ。きっと謝礼金みたいなの貰えるわよ。それはあなたがもらえばいいわ」
開き直ったクラリサがいい案だと頷くが、そんなお金は全てイヒニオの懐に入るだろう。この国は16歳で大人と認められる。14歳の子供に管理できるわけがないと、親である自分が管理すると言って。
はっきり言って、クラリサが替え玉をする事にメルティに何の利益はないのだ。
「いい? 我がまま言わないで、大人しく従っていなさいよ」
「我がままって……どっちが」
「まあ、姉に向かってなんて言う口の利き方なのかしら?」
「今、姉かどうかって意味あります?」
「もういいわよ! お父様に言ったら叱られるのはあなたなのだからね!」
ぷんぷんと怒りながらクラリサが部屋を出て行った。
記憶がある中で、喧嘩など初めてかもしれない。
でも、さも当たり前の態度に納得がいかなかったのだった。
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