第5話

 「いやぁ。昨日は飲み過ぎたな」

 「まあ、二日酔いですか、あなた」


 ファニタが「薬を用意させますね」と言うと、イヒニオは「ありがとう」と頷いている。そこに、クラリサも加わり家族の会話が弾む。

 メルティもそれに加わればいいのだが、彼女はすねていた。


 昨日と同じく、今日見た予言を聞かれたが、これまた昨日と同じく使用人の予言だったので、「見ておりません」と答える。


 「あら、見ない事もあるの?」

 「夢みたいなものですから」


 ファニタの問いにそう答えれば、「やっぱり夢じゃないの」とクラリサに言われてしまう。

 見て当然。見なければ、役立たずと言いたげな態度。

 予言でありがとうと言ってもらえたのは、イヒニオに馬車の事故の事を告げた時だけで、その後は感謝も労いの言葉もない。


 しかも、昨日は余計な事をしてと文句を言っていたクラリサだが、もうどうせだからと、使用人の予言はクラリサが言っていたとメルティ自身が伝える事になった。

 もちろん褒めて欲しくて告げているわけではないが、どちらかと言うと責められている感じがして納得がいかないのだ。


 (えーと、アールはどこ? あ、いたいた)


 食事を終え、部屋に戻る前に一仕事。予言を伝えに行く。

 今日は、はしごが立てかけてある床に寝転がるアールの姿を見た。たぶん、はしごから落ちたのではないかと推測し、告げる為に探していたのだ。


 「アール、ちょっと伝えたい事があるの」

 「おや、なんでございましょう」

 「今日は、はしごを使わないでほしいの」

 「はしごでございますか。またなぜ」

 「はしごの所にアールが倒れているのをお姉様が見たって」

 「なんと! 知らせて下さりありがとうございます。で、どこのはしごかわかりますか?」

 「え……」


 見た予言を思い浮かべる。

 薄暗い場所で、はしごはたぶん木製。


 (ダメだわ。きっと私の知らない場所よ。暗いからはしご以外、よくわからないし)


 「そこまでは、おわかりになりませんか」

 「はい。すみません」

 「いえ、お嬢様が謝る事ではありません」


 そうだった。クラリサから聞いた事になっているのだったと。メルティは、慌てて頷いた。


 「わかりました」

 「あ、ただ、はしごは木製みたいだと」

 「木製でございますか。なるほど。良いヒントになりました」


 そう言って、軽く会釈してアールは仕事へと戻っていった。


 (お父様の言う通り、言葉だけで伝えるのって大変ね。そうよね。だから今まで伝わらなかったのだから)


 今は、聖女の言葉として相手が捉えるので、真剣に聞いてくれるだけの事だ。

 そして、夕方になり、突然侍女のセーラに尋ねられる。


 「執事長を見ませんでしか?」

 「え? いないの?」

 「はい。午後から見当たらないようなのです」


 (うそ。教えたけど何か起きたのね)


 ちゃんと伝わったとしても、必ず防げるものではない。それに、はしごから落ちたと言うのは、メルティの推測だ。

 それ以外の原因で、たまたまはしごの横で倒れただけかもしれない。


 「あの、木製のはしごがある場所ってわかる?」

 「木製ですか?」

 「えっと、本当に木で作った様な、ちょっと粗雑な感じの」

 「そんなはしごが、この屋敷にありますか?」


 (そうなのよね)


 うーんと、考えるが思い当たらない。

 そもそもはしごなど、ほどんど見た事がないぐらいだ。


 「とりあえず、聞いてみますね」

 「うん。お願い」


 その後、アールは無事発見された。

 離れの一角に、小屋みたいな場所があり、そこにアールは必要な物を取りに行ったそうだ。そこのドアは、内側が壊れていて閉まってしまうと中からは開かない。

 そのドアが風で閉まってしまった。


 慌ててドアを開けようとするも開かない。

 ここに行くとは告げていなかったので、ここまで探しに来るかどうかわからない。さてどうしようとなったところで、ふとはしごが目に入った。

 窓ははしごがないと届かない位置にあり、メルティから話を聞いていなければ登っていただろう。


 怪我をしては困ると、助けを待つ事にした。

 使用人の中に、ここに古いはしごがあるのを知っている者もいる。その者が、予言を聞けばここに助けに来てくれると信じて。

 その期待通りに、はしごの事を聞いた使用人がアールの場所を探し当て、無事に救出されてのだった。


 「よかったわ。もう、なぜあんな場所へ行ったのですか」

 「少し用事がありまして。ご迷惑を掛けて申し訳ありません」

 「でも、クラリサお嬢様のお陰で執事長が無事見つかって、よかった」

 「そ、そうね。以後、気を付けてちょうだい」


 ファニタに言われたアールは、面目ありませんと、深々と頭を下げる。

 クラリサもチラッとメルティを見てから、その場を去っていく。


 「よかったわ。無事で。ところで何か探していたの?」

 「はい。これを」


 ほこりが被った木箱だ。


 「これは、メルティ様の物です。あ、奥様方にはないしょでお願いしますね」

 「え……」


 どういう事と、メルティは首を傾げる。


 「聖女の祝賀会があるとお聞きいたしました。その会場にぜひつけて行って下さい」

 「わかったけど、なぜお母様達にないしょなの?」

 「それはもちろん、サプライズですから」


 サプライズ? 驚かせるって事だろうけど、意味がわからなかった。

 だが、もしかしたら危ない目に遭うかもしれないとわかっていて、取りにいってくれたのかもしれない。

 だったらアールの言う通りつけて行こう。

 メルティは、ありがとうと木箱を受け取るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る