第4話

 「おはようございます」

 「おはようメルティ。体調はどうだ?」

 「はい。もう大丈夫です」

 「よかったわ。とにかく食べてしまいしょう」

 「そうね。お父様の時間がありませんからね」


 セッティングが終わると、すぐに使用人達を下がらせた。


 「で、どうだったのだ」


 食べ終わってから聞くものだと思っていたが、一口水を飲んだ後、イヒニオがせかすように聞いた。

 食べようと口を開いたメルティだが、口に入れてしまうと話せなくなるので、フォークを一旦下げる。


 「見た事は見たのですが、陛下にお伝えするような事ではないのですが」

 「それはこっちで判断する。だから言いなさい」


 イヒニオがそう言うと、ファニタとクラリサの二人もそうだと、うんうんと頷いた。


 「では、使用人のゲンダが火傷をするのを見ました」

 「っは?」

 「ですから、使用人のゲン……」

 「もういい」


 話せと言ったのに、本当に関係ないとなると邪険にされ悲しくなる。

 ゲンダは、料理見習いとして雇った新人の料理人だ。まだ20代と若い。


 (あ、そうだわ。火傷をしないように言ってもらわないと)


 「あの、今の事を伝えても宜しいでしょうか」

 「今の事?」


 もぐもぐと食べながら、今の事とは何だと言う顔をイヒニオがして、メルティを見た。


 「使用人が怪我をする事を防ぐ為に、伝えていいですかという事です。私が伝えてもいいですか?」

 「いや、クラリサが伝えなさい」

 「え~。面倒くさい」


 イヒニオに伝える様に言われると、嫌そうな顔でクラリサは返す。


 「練習だと思えばいい」

 「練習になるかしら?」

 「何か聞かれるかもしれないだろう。その受け答えの練習だ」

 「え!? それってただ伝えて終わりじゃないって事?」

 「言葉だけで伝えるのは、結構難しいものだ」

 「わかったわ。もう、どうせなら為になるのを見てくれればいいのに」


 となぜか、メルティが文句を言われる。

 見たいものを見れるわけではないと文句を言いたいが、それよりもまずは詳細をつたえなければと、口を開く。


 「お姉様、ゲンダはお湯を――」

 「別にそこまで詳細でなくていいわよ。火傷でしょう? 今日晩餐会だから忙しくて、へまをするって事でしょう? いい迷惑だわ」

 「………」


 (ダメだわ。お姉様は舞い上がってる。後で私からも言っておかないと)


 その後、少しの会話の後、食べ終わったイヒニオは仕事へと向かった。


 「そうそう、忘れていたわ。今日のお勉強はお休みよ」

 「やったぁ」


 メルティを置いて、ダイニングルームを二人は出て行く。その後ろ姿をジッと見つめる。

 ふとこの頃思う。母親のファニタは、姉であるクラリサの方が可愛いみたいだと。


 「髪色かな……」


 自分の黒っぽい髪をひと房掴み、メルティは呟いた。

 メルティは、ダイニングルームを出ると、キッチンへと向かう。


 「おはようございます。朝食、大変おいしかったです」

 「まあ、お嬢様。ありがとうございます。そう言っていただけると、作り甲斐があります」

 「えーと、ゲンダは?」


 辺りを見渡したが、キッチンにはいない。


 「あぁ、ゲンダは今、買い出しリスト作っているよ。今日は、晩餐会だからな。しかし、昔はメルティお嬢様の方が言い当てていたのにな。わからないもんだ」


 ここでもかと、メルティは思う。

 不思議だとは思うけど、クラリサが聖女と言われて納得しているのだ。


 「で、ゲンダに何かようですか?」

 「えーと。お姉様に聞いたのだけど、ゲンダが火傷を負うって」

 「何だって!?」

 「そうか。火の扱いには気を付けさせるよ」

 「はい。ですが、火傷の原因はお湯を被る事によってです」

 「そうなのか。そこまでわかるのか。わかったありがとう。あとで、クラリサお嬢様にもお礼を言っておくよ」

 「はい……」


 キッチンを出ると、しょんぼりとして自室へと向かう。

 やるせない気持ちになったのだ。

 前は伝えても、伝わらない。今度は、伝えたら姉のクラリサが称賛される。

 別に褒められたいわけではないが、どうしてこうなったのだろうと、力が抜けた。


 そして夜になり、晩餐会を迎える。

 晩餐会と言っても、家族と使用人だけだ。

 こうして、一緒に稀にでも食事を共にするだけで、使用人からの株が上がるのをイヒニオは知っていた。食費は、費用で落とせる。


 「おめでとうございます。クラリサお嬢様」


 メルティは、使用人全員から祝福を受ける姉のクラリサを見ていると、虚しさがこみあげて来た。

 本当は、思っていなくてもメルティもおめでとうと言わないと変に思われるだろう。

 しかし、その言葉が喉に突っかかった様に出て来ない。

 メルティ一人だけ、何も言わずにその光景を見つめていた。


 「そうでした。クラリサお嬢様のお陰で火傷をしなくてすみました。ありがとうございます」

 「え……? あぁ、えぇ。よかったわ」


 すっかり忘れていたのだろう。ゲンダにお礼を言われて思い出したクラリサは、にっこり微笑む。


 (よかったわ。回避できたのね)


 「ちょっと。何勝手に言ってるのよ」


 近づいてきたと思ったらクラリサがメルティに、抗議を耳打ちする。

 言わなければ今頃、ゲンダは大やけどを負っていただろう。もしかしたら晩餐会どころではなくなっていたかもしれない。

 なにせ、大きな鍋の中身を全身に被る映像だったのだから。

 それを見ていないクラリサにしてみれば、ちょっとした火傷ぐらいと思っていたのだ。

 言い返したいメルティだが、せっかくの晩餐会が嫌な雰囲気になるのを避ける為、グッと堪えるのだった。

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