雪秘め

新星エビマヨネーズ

◇序

 深い雪山を、二人の木こりが彷徨さまよっていた。

 先に立つのは親方の茂作もさくといい、後に続く若いのは巳之吉みのきちといった。

 滅多に人の踏み入れる場所ではない。この辺りには、雪女が出るという噂がある。それでなくとも陽の届かぬ暗い山道は心細く、若い巳之吉は恐ろしかった。

「なに、どうということもない。もう少しいけば、もっといい木がある」

 茂作は巳之吉の不安をよそに、さらに奥へと分け入った。

 突然、それまでの穏やかな天気が嘘のように吹雪き始めた。二人は慌てて引き返そうとしたが、来た道はすでに雪に覆われている。辺りの景色は一変していた。どこを見回しても雪が激しく吹きすさぶばかりだ。それでも茂作は老練の鼻を効かせて巳之吉を先導した。

「向こうに山小屋があるはずじゃ」

 果たして二人は、命からがら破れ屋に転がり込んだ。囲炉裏に火をべると、ようやくひと心地ついた。

「ははは、案ずるな巳之吉よ。お前もいずれわしのように、肝の据わった一廉ひとかどの木こりになる」

 茂作はそう言って笑うと、ひっくり返ってさっさと寝てしまった。巳之吉の方はとてもそう容易たやすく眠れたものではない。だが、しばらく囲炉裏に薪を焚べているうちに、とうとう疲れからかいつの間にか巳之吉も眠りに落ちた。


 ——どれくらい経っただろうか。

 巳之吉は妙な気配に目を覚ました。

 おかしい。閉めていたはずの戸が開き、小屋に吹雪が吹き込んでいる。咄嗟とっさに立ち上がろうとしたが体が動かない。目だけを動かして辺りを見やると、白い着物を着た髪の長い女が覆いかぶさるように茂作の顔を覗き込んでいる。

「何者だ!」そう叫ぼうとしたが、声も出ぬ。

 女がそっと白い息を吹きかけると、年老いた木こりの顔からみるみる血の気が引いていく。茂作はたちまち凍りついてしまった。

 雪女に違いない。気が遠のくほどの恐怖が走った。

 女がゆっくり巳之吉を振り返る。長い髪の隙間で目の玉が青白く光った。女はズルリズルリとすぐそばへ這い寄り、やがて巳之吉に覆いかぶさるようにして顔を覗き込んだ。巳之吉は思わず息を飲んだ。女の顔から目を逸らすことができなかった。

 女が恐ろしいものだったからではない。あまりに美しかったからだ。

 深い闇夜のような長い髪、その下に覗く雪よりも白い肌。青く透き通った瞳はまるで氷のようで、ただ唇だけが火を灯したように赤かった。

 あやかしとは、かくも美しいものか。

 女は瞬きひとつせず、真っ直ぐに巳之吉を見つめた。青い光が巳之吉の瞳にも映った。

 ——物の怪に魅入られて、俺は狂ったのか。

「美しい……」

 この女になら、殺されてもよいとさえ思った。

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